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第73話:谷川莉子

 ――大雪。


 朝からニュース速報を見て、思わず声を上げてしまった。

 「ウソでしょ……このタイミングで」


 慌てて高田さんと連絡を取り合い、私たちは東京駅に駆け込んだ。早い時間の新幹線に乗り込んだものの、雪に阻まれ、車内は遅延と運休のアナウンスが繰り返されるばかり。

 揺れる車内でタブレットを開くと、中継されている首長会議の様子が飛び込んできた。


 (なにこれ……!)


 理不尽。悪意。

 知事の挑発、議長の偏った進行。

 その矢面に立たされているのは――亜紀さんだった。


 本来なら、私にとって彼女は“ライバル”のはずだ。

 直也を巡って、常に意識してしまう存在。

 けれど今は違った。


 (可哀想……こんなの会議じゃないよ)


 声を荒げることもなく、涙を隠して毅然と受け答えを続ける亜紀さん。

 あの理不尽を相手に、一人で時間を稼いでいる姿は、胸が締め付けられるほど痛々しかった。

 怒りで手が震えた。

 (この雪じゃ、直也くんは間に合わない……)


※※※


 盛岡に近づいた頃だった。

 タブレットの画面の中、会場がざわめいた。

 そこに――直也くんが現れた。


 (えっ……!? どうして……)


 私たちより後に出発しているはずなのに。

 どうやって移動したのか、理解できない。

 けれど、そんな疑問よりも強烈だったのは、その瞬間に会場の空気が一変してしまったことだった。


 知事の挑発をユーモアで受け流し、

 “オニーさん”のデモンストレーションで度肝を抜き、

 そして――メガソーラーの欺瞞を、遥さんとのやり取りを通じて暴き出していく。


 画面の中で拍手が広がっていく。

 松川の人々から、八幡平市長へ、そして首長たちへ。

 あの理不尽に満ちた場が、劇的に塗り替えられていく。


 (すごい……直也くん……)


 息を呑む。

 怒りに震えていた胸が、熱に変わるのを感じた。


 やがて盛岡駅に到着し、私は急いで降り立った。

 高田さんと顔を見合わせ、走り出す。

 そうしたら、会場の手前で環境省の遥さんと一緒になった。


 会場の扉を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは――完全に逆転した空気だった。

 直也くんが壇上に立ち、Archetype Roboticsの人たち、そして環境省の遥さんとのやり取りを重ねている。


 ほんの少し前まで、中継越しに見ていた理不尽で息苦しい空気は、もうどこにもなかった。

 地域住民が立ち上がり、松川の人々が拍手を広げ、八幡平市長も力強く応じている。

 首長たちの多くが、その流れに乗って支持を表明していた。


 (……信じられない。あの場を、ここまで変えてしまうなんて)


 胸の奥が熱くなる。

 やはり直也くんは、ただの責任者なんかじゃない。

 場そのものを掌握してしまう、特別な力を持っているんだ。


 そして直也くんは、落ち着いた声で次の言葉を発した。


 「地熱発電プラントの能力拡張も、AIデータセンターもまだ時間がかかります。

 けれども、GAIALINQはその完成を待たずに地域振興に向けて動き出します。

 既に松川では加納屋さん――廃業されていた旅館のご協力を得て、五井物産グループの関係者を対象とする療養所として再稼働する準備に入りました。

 先ほどご覧頂いたAIロボティクスもそこで実証実験を進めます。

 五井物産グループメンバー自体が利用者として実証実験に参加し、言ってみればモルモット役にもなって、そこで獲得されたデータに基づき、更に機能改善を進めます」


 静まり返っていた会場に、ざわめきが広がる。

 それだけではなかった。直也くんはさらに言葉を重ねる。


 「でも、それだけじゃなくて――」

 壇上で視線を巡らせながら、彼ははっきりと宣言した。


 「GAIALINQが主催して、八幡平を舞台に、“本当のエコ”をテーマとして掲げる音楽フェスの開催を来年から定期的に実施する方向で検討を進めさせていただきます。

 今日、この会場に来てくれた、環境省の特命広報大使に就任されたアーティストのRICOさんは、このフェスに参加してくださいます。

 五井物産グループの総力をあげてこのフェスを成功させ、多くの若い方に盛岡から八幡平にかけて訪れていただく機会を作ってまいります」


 ――一瞬の沈黙のあと、どっと拍手が湧いた。

 この場にいる全ての人が、未来を見せられていた。


 私はその場に立ち尽くし、直也くんの顔を見つめ続けていた。


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