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第69話:佐川直美

(……悔しい。どうして、こんな理不尽な進行になるの)


次から次へと浴びせられる偏った質問。

知事のあからさまな挑発。

議長の言葉の端々に込められた悪意。


――涙がこみ上げてくる。


でも、泣いてはいけない。

すぐ隣で毅然と座り、ひとつひとつ冷静に受け止めて答える亜紀さんがいるのに。

彼女が耐えているのに、自分が涙を流すなど、絶対に許されない。


(私は……強くならなきゃ)


歯を食いしばり、両手をぎゅっと膝の上に重ねて耐えた。


※※※


ようやく扉が開き、玲奈さんと麻里さんが駆け込んできた。

二人の姿を見た瞬間、胸が熱くなる。


「……来てくれた」


麻里さんが席につき、冷静にAIの説明を始める。

玲奈さんも隣に腰を下ろし、亜紀さんに寄り添う。


これで少なくとも、私たちには「対応できる布陣」が整った。

AIロボティクスについて、十分な知見を持つ二人がいてくれる。


――でも。


肝心の直也くんが、まだ来ない。


(どうか……どうか、間に合って)


心の中で祈り続ける。

会場の空気は依然として敵意に満ちていて、少しでも隙を見せれば押し潰される。

ハラハラとした時が過ぎていく。


※※※


その時だった。


「オニーさん、こっちですよ!」


澄んだ若い声とともに、扉が勢いよく開いた。

見知らぬ若い、すごく美しい女性が堂々と現れ、その背後には――銀色の人影。

人のように歩く汎用人形ロボット。


――会場全体がざわめきに包まれた。


そして。


「――お待たせして申し訳ありません」


低く、落ち着いた声がホールに響いた。直也くんだ。


その姿が現れた瞬間、全身の力が抜けそうになった。

張り詰めていた糸が切れ、目の奥が熱くなる。


「……っ」


堪えていた涙が、視界を滲ませる。


直也くんは笑みを浮かべて壇上に歩み出ると、知事の挑発を逆手に取るユーモアで空気を変え、そして――オニーさんを使った鮮烈なデモンストレーションで、すべてをひっくり返してしまった。


ほんの数分。

それだけで攻守が入れ替わり、理不尽に押し潰されそうだった場が、まるで別の舞台に変わっていた。


(……やっぱり、この人なんだ)


胸の奥で強く思う。

直也くんが来てくれる――それだけで。

すべてが逆転する。


 黙り込んだ知事の代わりに、横に座る再エネ統括取締役が立ち上がった。

 「……一ノ瀬くん。このAIロボティクスは製造コストがどの程度なのだろう? 一体が数千万円もかかるようでは到底実用に耐えないよ。大体、製造はどうするんだ? もちろん中国なら対応可能かもしれないがね」


 その言葉に、会場がざわつく。

 (……やはり“中国製しかない”と印象付けたいんだ)

 直感的に、そう思った。


 しかし直也くんは、まったく動じなかった。

 穏やかな笑みを浮かべ、落ち着いた声で返す。


 「さすが五井物産の取締役です。ご指摘の通り、販売価格がどうなるかは大変重要です。ですが、そのご心配には及びません。そして――もちろん中国で製造する必要も全くありません」


 「……なに?」

 取締役の眉がぴくりと動いた。


 直也くんは会場全体に向けて、はっきりと告げた。

 「何故なら、本日ご覧いただいているプロトタイプを量産するのは――“世界のクリタ”こと、栗田自動車だからです」


 会場にどよめきが走った。

 取締役も、本部長も、目を見開いている。


 「ご紹介します。このオニーさんを設計・開発されたArchetype Robotics社の桐生社長、そして――元五井物産社員にして、本日付でArchetype Robotics社の執行役員経営企画室長に就任された、小松原沙織さんです」


 隣にいた亜紀さんが、驚きに言葉を失っていた。

 五井物産に在籍していたエリートが、わざわざ辞めてベンチャーに参画したの?


 さらに直也くんの声が重なる。

 「そして、ようやく今ご到着されました。環境省の地球環境局事務官・柊遥さん。それから――その環境省の特命広報大使に就任された、アーティストのRICOさんです」


 扉が開き、冷たい外気と共に二人の姿が現れる。

 会場のフラッシュが一斉にたかれ、誰もが息を呑んで振り返った。


 ――揃った。


 理不尽な攻め立てに晒され続けていたこの場に、ようやく全ての仲間が集結したのだ。


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