第67話:宮本玲奈
高瀬さんからの中継映像が、タブレット越しに映し出されていた。
会場に漂う張り詰めた空気、議長の圧、そして特別ゲストの知事。
――その瞬間だった。
「GAIALINQというプロジェクト……まだ二十四歳の“坊や”が責任者なんですって? そんな坊やに、本当に大役が務まるのかしらねぇ〜」
知事のオネェ言葉に合わせて、会場の一部から追従する笑いが漏れた。
私は息を呑み、そして胸が焼けるように熱くなった。
「……直也を、“坊や”なんて」
今にも立ち上がって反論したい衝動。
けれど、映像の中でただ静かに席を正す亜紀さんの姿が目に入った。
怒りも、苛立ちも表に出さない。
決して怯まず、毅然として自己紹介を丁寧に行い、私たちが大雪のため、到着が遅れている点を丁寧に謝罪し、そして最後に
「よろしくお願いいたします」
そう深々と頭を下げていた。
――涙が、溢れてきた。
理不尽な侮辱を浴びても、声を荒げることなく。
本来なら、誰よりも直也を守ろうとする人が。
その怒りを押し殺し、少しでも時間を稼ぐために、耐えている。
隣で麻里さんも同じだった。
両手で口元を押さえ、嗚咽を漏らしながら画面を見つめている。
私も堪えきれず、悔し涙をこぼしていた。
※※※
議長が口火を切り、再び攻め手を放つ。
「太陽光パネルは設置すれば、地代や補助金の形で地域住民に還元できる。なぜ、それを無視するのか」
別の首長も追従する。
「東京の大企業が、地熱だけを独占的に利用して儲けようとしているんじゃないのか。利益を分け合う発想が足りないのではないか」
理屈ではなく――印象操作。
会場の空気を掌握するための、定型句ばかりだった。
だが、亜紀さんは一つひとつ丁寧に応じていく。
「ご指摘ありがとうございます。GAIALINQが目指すのは“独占”ではございません。むしろ、地域の方々と共に運営し、共に価値を生み出す仕組みをつくることです」
「ではなぜ、地熱にこだわる?」
すかさず声が飛ぶ。
「こだわりではなく、適材適所です。八幡平の地熱資源は、世界的に見ても優れた安定性を誇ります。積雪や気象の変動に左右されず、地域の基盤として長期にわたり使える。だからこそ、AIデータセンターという“止まらない電力”が必要な施設に適しているのです」
亜紀さんの声は穏やかだ。
けれど、その奥に確かな信念が込められているのが伝わってきた。
「地域への利益還元についても、すでに八幡平市と協力し、観光や教育分野と連動した施策を検討しています。単なる“地代”以上の仕組みで、地域に長く利益を残していきたいと考えています」
その言葉に、一部の首長が顔を見合わせた。
揺らぐ人もいる。
だが、それ以上に攻め立てようとする者も多い。
「言葉ではきれいに言える。しかし、実際に住民にとっての“見返り”が曖昧だ!」
「地熱にだけ頼るのはリスクが大きすぎる!」
矢継ぎ早に浴びせられる声。
私は思わず拳を握りしめた。
(こんなの、ただの論点ずらしじゃない……!)
それでも、亜紀さんは崩れない。
淡々と、冷静に、時間を稼ぎ続けている。
「確かに、地熱にも課題はございます。だからこそ、我々は最新のAI技術で効率的に管理・制御する仕組みを導入し、従来の問題を克服しようとしています」
「――AIなんて夢物語だ」
再エネ部門の本部長が、吐き捨てるように笑った。
胸がえぐられるように痛んだ。
けれど、映像の中で凛と座る亜紀さんの姿が、それ以上に強く私を震わせた。
(……直也。早く来て。亜紀さんは、あなたを信じて戦ってる)
涙で滲む画面の向こう。
亜紀さんは孤独ではなかった。
彼女の背中には――確かな信頼が繋がっているのだ。
※※※
新幹線がようやく盛岡駅に到着する。
もう11時近くだ。
会議が開始されて既に30分近く。
亜紀さん一人でサンドバックになりながら防戦してくれている。
――急げ!
私と麻里は涙を拭ってドアが開くと走りはじめた。
雪だろうが関係ない。
もうすぐ着くから。だからそれまで亜紀さん頑張って!