第66話:新堂亜紀
議場の視線が一斉にこちらへと向けられる。
冷たい圧力が空気を重くしていた。
まずは自己紹介を行った。
「今回、このような席にお招き頂き、心より御礼申し上げます。私は五井物産株式会社のGAIALINQプロジェクトにおける最高執行責任者である一ノ瀬直也を補佐しております、新堂亜紀と申します。本日、私と共に、GAIALINQプロジェクトの実施の為に日本に設置されているJVのメンバーである高瀬と佐川がこちらにいます。
本来ならば、GAIALINQプロジェクトの幹部揃って対応させていただくべきところですが、本日の大雪により新幹線のダイヤが大幅に乱れており、私共三名での対応となりました事を先ず深くお詫び申し上げます。
ただ、日常的に連携して一ノ瀬と私は仕事を進めておりますので、一ノ瀬に代わりご質問に対して回答をさせて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします」
そして、深く頭を下げた。
議長がわざとらしく問いを投げる。
「なぜ、メガソーラーを併用しないんですか? 我々地域の住民にとっても利益還元ができるはずでしょう。メリットばかりでデメリットはないのに、GAIALINQはそのことを隠して地域住民を“騙している”のではないですか?」
ざわりと周囲が揺れた。追従するように別の首長も声を上げる。
「再生可能エネルギーとして既に実績のあるメガソーラーを無視する理由は何ですか? なぜ地熱“だけ”に固執するのですか?」
次々と矢のように飛んでくる質問。
だが、私は深呼吸をひとつして、ゆっくりと口を開いた。
「――まず誤解のないように申し上げます」
声はできる限り落ち着かせ、穏やかに響かせる。
「GAIALINQは太陽光発電そのものを否定しているわけではございません。地域に合った形での再生可能エネルギーの活用は重要です。しかし、八幡平という地域の気候条件・地形条件を考えたとき、メガソーラーは必ずしも合理的ではないと考えております」
数人の首長が眉をひそめる。
私は一呼吸おき、言葉を継いだ。
「例えば、日照時間。八幡平地域は豪雪地帯であり、年間を通じて積雪や曇天が続く日が多い。太陽光発電の稼働率は日本国内でも平均して12〜14%程度。八幡平地域ではもう少し低くなる可能性が高いでしょう。一方で地熱は、気象条件に左右されず、稼働率は80%を超えます。AIデータセンターのように24時間365日安定稼働が求められる施設にとって――“止まらない電力”こそが最優先なのです」
ざわめきが小さく広がる。
私はさらに丁寧に重ねる。
「また、メリットばかりとおっしゃいましたが、メガソーラーにも課題はあります。設置に伴う森林伐採、景観の破壊、これらは全国で既に顕在化しています。特に関東圏や東海圏では、一部のメガソーラー設置エリアで、集中豪雨における土砂崩れ等を招いた可能性が指摘されています。もちろん、それがメガソーラー設置によるものかどうかは、明確に証明されている訳ではありませんが、近年増えている線状降水帯による短期間の集中豪雨リスクを考えますと、地域住民に利益還元どころか、むしろ災害の原因を作ってしまう可能性も考慮いただく必要があると思います」
鋭い視線が突き刺さるのを感じる。
だが私は、あえて声の調子を柔らかくした。
「八幡平においては――“持続可能性”を最優先にしています。
短期的な利益よりも、地域が50年後も誇れる資源利用であること。GAIALINQは、その点を重視して地熱を基軸に据えているのです」
沈黙。
だがすぐに別の声が飛んだ。
「では、住民への利益還元はどうするつもりだ? メガソーラーは地代収入や雇用も生む。GAIALINQはそこをどう考えているのか」
私は頷き、微笑を浮かべた。
「確かに、太陽光発電事業者からの地代収入は住民に直接還元されやすい構造です。しかしGAIALINQは、AIデータセンターを地域と共に運営し、観光・教育・農業分野と結びつける仕組みを準備しています。すでに八幡平市と協力して、観光資源との連動プランを検討しており、単なる地代以上の“地域ブランド価値”を創出する構想です」
私は少し身を乗り出した。
「――つまり、短期的な金銭還元ではなく、地域そのものの価値を高め、持続的にその地域に利益をもたらす仕組み。
それがGAIALINQが目指す“地域還元”です」
会場の空気がわずかに揺れる。
反発の色もある。だが、その中に――耳を傾けようとする視線も見え始めていた。
(……時間を稼ぐ。直也くんが来るまで)
胸の奥に静かな決意を抱きながら、私は再び姿勢を正した。