第2話:佐川直美
――24歳。
雑誌を閉じて、しばらく私は呆然とした。
『ニューズデイズ』の表紙に映る一ノ瀬直也。
世界を変える三十歳未満の三十人。
会議でも毎回のように出てくるし、テレビやネットにも頻繁に登場する。
けれど、改めて「24」という数字を突きつけられると、さすがに驚きを隠せなかった。
――あの人、そんなに若かったんだ。
確かに頭は切れる。資料のまとめ方や話の進め方は、他の誰とも違う。
でも、あまりにも若すぎる。
しかも、こういう記事が出れば出るほど……現場で汗をかいているメンバーたちからの反発は強まる一方だろう。
私は深くため息をついた。
八幡平。私の地元。
プロジェクトの一角を担う温泉街もその中にある。
何度も足を運び、女将や住民と話をしてきた。
けれど、話はそう簡単には進まない。観光需要の低迷、若い世代の流出、後継ぎ不足。町全体が疲弊している。
「データセンター? AI? そんなの東京の人間の夢物語でしょ」
耳にタコができるほど、そう言われてきた。
現場はそんな簡単じゃない。
私たちが毎回どれだけ頭を下げ、どれだけ説明しても、答えは「時間が欲しい」の繰り返し。
直属の高村チーフは、会議のたびにこの厳しい状況を報告してきた。
でも――。
SPV設置、米国JV立ち上げ、そして例のフェリシテ問題。上の人たちはあまりに多忙で、私たちが直面している泥臭い現実に向き合う余裕なんてなかった。
そんな状況で、これだ。
国際誌の表紙。世界を変える若きリーダー。
確かに立派なことだろう。でも現場から見れば、「若造をスターにして、こっちの苦労を無視するのか」と、火に油を注ぐだけだ。
――やっぱり、直也くん自身が視察しないとダメだ。
地元の住民の厳しい声に、彼自身の耳で触れるべきだ。
記事に書かれた未来のビジョンじゃなく、現場の汗と泥を感じてほしい。
それをしないまま「世界を変える」と言われても……私たちは、どう現場を説得すればいいんだろう。
次の定例ミーティング。
そこで言うしかない。
たとえ煙たがられても、はっきり伝える。
「現場を見てください」――そう。
それが、私の役目だと思った。