プロローグ4:神宮寺麻里
――やっぱり、そうだ。
私は雑誌を握りしめながら、胸の奥に生まれるざわつきを抑えきれなかった。
『ニューズデイズ』の特集号。世界を変える三十歳未満の三十人。その表紙を飾ったのは、他でもない直也。
GAIALINQフロアは熱狂に包まれていた。
サインを求める女子社員の列。広報が整理券を配って、もはや学園祭のような騒ぎだ。
その列の最後尾から視線を逸らしながら、私はひとり、心の中でため息をつく。
焦り。
その二文字が、頭の中をぐるぐると回り続けていた。
私が恐れているのは、莉子。そして、保奈美ちゃん。
特に保奈美ちゃんは――もう危ういところまで来ている。
「育てる」という責任感。それが、かろうじて直也と保奈美ちゃんの間にある硝子の壁になっている。けれど、そんな壁なんてもう幻のようなものだ。
保奈美ちゃんが壊すと決めれば、直也に抗う術なんて残されていない。二人の関係性は、外から見ても揺るぎなく強固だ。
まだ高校一年生だからいい。だから、今は辛うじて危うさが先送りされている。
でも――直也だって人間だ。どれほど理性的でも、その理性が揺らぐ一瞬が訪れることはある。
私がはじめて直也と関係を持った時は、年末、クリスマスで、彼が亡くなった母親を思い出した時だった。その少し寂しそうな彼の表情を私が抱きしめた後、衝動的に私たちは結ばれた。
その時のような事が、今後直也と保奈美ちゃんとの間に絶対起きないと誰が言えるだろうか。
――そして……。
もしそうなった時、そんな直也のことを保奈美ちゃんは迷うことなく、むしろ喜んで受け入れるだろう。
私は、そう確信してしまう。
そして、そういう想像自体が私を苦しめるのだ。
「……」
視線を横に向ければ、亜紀が女狐モードで直也に甘い声を投げかけ、デートだのディナーだのとせがんでいる。
その隣では玲奈までが真顔で予定を問いただし、「私も一緒に行く」と迫っていた。
冷静で凛とした玲奈が、あんな風にアピールするなんて。
――みんな、本気だ。
胸がざわつく。喉の奥が焼けるように熱い。
直也の元カノ。
直也が心血を注ぐGAIALINQプロジェクトのステークスホルダー。
もう、それだけでは全然足りないのだ。
「直也……」
小さく名前を呼んでみる。
――私も、伝えなきゃ。
世界を背負う直也を、黙って誰かに渡すわけにはいかない。
どんなに不器用でも、女性としての私を見せていかなければ。
焦りと決意。その狭間で、私は拳をぎゅっと握りしめた。