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第42話:宮本玲奈

 ――土曜日。


 遥の登場でダメージを負った週末だったけど、落ち込んでばかりはいられない。

 亜紀さんは八幡平で必死に頑張ってる。私も、ちゃんと気持ちを切り替えなきゃ。


 そう思って、久しぶりに銀座に出てきた。

 ブランドのショーウィンドウを眺めながら、少し気分転換のつもりで。

 ――だったのに。


 「……え?」


 通りの向こうから歩いてくる二人組を見て、思わず足が止まった。

 買い物袋をいくつも下げている直也。

 その隣には――手を恋人握りして、笑顔を輝かせている美少女。


 「……保奈美ちゃん」


 直也の義妹ちゃんが、まるでモデルみたいな大人びた格好をしている。

 大人びた冬物ワンピースにコート、そして……直也の腕をしっかり掴んで。


 「な、何この絵面……」

 バレないように、思わず観葉植物の影に隠れてしまった。


 すると二人は、ティファニーの店舗に入っていく。

 「ちょ、ちょっと待って? ティファニーって、あのティファニーだよね?」


(これは……どういう状況だ?)

 背中に、自由の翼がまた生えそうになる。

 立体機動装置でも使ってやろうかという気分になる。

 そして外から中をのぞきこんだ瞬間――私は絶句した。


 ――リングを、買っている。


 「なん……だと……」


 脳内に衝撃音が鳴り響いた。

 あまりの光景に、思考が完全にフリーズする。


 直也が、保奈美ちゃんと、ティファニーで、リングを。

 “身だしなみ”だとか、“プレゼント”だとか、そんな理屈で説明できるレベルじゃない。


(いやいや、相手は義妹ちゃんでしょ。……分かってる、分かってるんだけど!)


 心臓がどくどく鳴って、視界がぐらりと揺れる。

 これはもう――メンタルに大ダメージ。

 いや、“致命傷”かもしれない。


 思わずスマホを取り出していた。

 「……麻里。もう泣きそう……今銀座なんだけど……」


 通話ボタンを押す指が、震えていた。

 電話越しに出た彼女の声は、落ち着いていて、冷静で。

 それが逆に胸に沁みた。

 「すぐ行く」


 その一言だけで、涙が出そうになる。


 ヨロヨロと足を引きずるように、私は二人の後をつけていった。

 ――直也と保奈美。

 夕方の銀座を、楽しげに歩いている。

 お洒落なショップのウィンドウに映る姿は、本当に絵になっていて。


 通りすがりの人が、ひそひそと笑いながら言葉を交わす。

 「お似合いね」

 「素敵なカップルだね」


 その度に、胸の奥を鋭い刃で突かれるみたいだった。

 ――ザクッ、ザクッ。

 もう立っているのもしんどいくらい。


 (何やってるんだろ、私……)

 自嘲の声が頭の中で響いた。


 やがて麻里からの着信。

 場所を伝えると、ほどなくして彼女の姿が見えた。

 そして――保奈美の姿を見た瞬間、彼女の顔色が青ざめた。


 「……あの子が、保奈美ちゃん?」

 目の前にいるのは、制服の少女ではなかった。

 ハイブランドに身を包み、リングを指先に光らせた、もう大人の女性のような姿。

 麻里の呼吸が乱れたのが分かった。


 私は小さな声で告げた。

 「……リングも、買っていたの」


 麻里は目を細めて、吐き出すように呟いた。

 「どういうつもりかしら……」


 彼の手に下げられた五越の紙袋。

 それだけでもう、目を背けたくなる。


 「もういい……もう、こんなの見たくない。私、帰る」

 必死に涙をこらえながら、背を向けようとした瞬間。

 麻里の手が、強く私の肩を掴んだ。


 「……せめて、飲もう」


 その声に、心の堤防がぐらりと揺れた。


 辛い。

 悔しい。

 最悪の週末。


 でも――少なくとも。

 私は一人じゃないんだ。


 麻里と肩を並べて歩きながら、胸の奥でそんな小さな温もりを感じていた。

 友情という言葉が、初めて現実味を帯びて思えた夜だった。


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