47 平和は一瞬
こうして昨日、私はこの世界に来て初めて出会った魔法使いテオドールと、晴れて恋人同士になった。
あの後、色々吹っ切れたテオドールに公衆の面前で口付けをされた時には、思わず頭突きをして気絶させてしまったのは悪くないと思うし、一番煩かった騎士団長を殴り気絶させたのも悪くないと思っている。その後マギーに、男二人を持ち帰ってもらったのは、其処だけは本当に申し訳ないと思っている。
そして今は翌日、私は何故か、ベッドの上でテオドールと攻防戦を繰り広げている。朝目を覚ますと、甘いってもんじゃないほどに蕩けた表情のテオドールが顔を近づけていたので、そのまま口付けを受け入れた所……の現在だ。
私に覆いかぶさり、寝巻きを剥ぎ取ろうとするエロジジィを、私はジジィの腹に足を当てて引き剥がそうとしている。全体重をかけて押し上げているのに、このエロジジィ力が強すぎて押せないんだが。疲れが出てきているのか荒い息を吐くのでさえ色気があるのが腹ただしい。
「アンタ、昨日ッ!毎日抱かせてくれるッて、いっ!てた、だろ!!」
「言って!ない!!まッッ、たく!言ってない!!」
本当に言ってない。なんだこのジジィはボケてるのか?寝巻きがもうすぐ破けそうな程に強く引っ張られているわ、目の前のエロジジィは普段の余裕のある顔つきではなく、もう獣のように襲い掛かろうとしている。まだ酔っ払っているのではと思ったがそうでもなく、本気で今から抱こうとしているのだから恐ろしい。大人の余裕はどこに置いてきたんだ。
攻防戦を繰り広げていると部屋のチャイムが鳴り、外からマギーの声が聞こえる。こんな朝から何だと、テオドールは怪訝そうな表情だが手は止めない。だから私もマギーへ声をかけることが出来なかったが、再び声が聞こえる。
「師匠、マヨイさん!アレン副団長が目を覚ました!」
私達はその声かけに、同時にドアの方を見た。
私達は施設の一室へ向かい、ノックもなしにドアを開ける。
その音に驚いたように、ベッドで上半身だけ起こしていた茶褐色の髪の青年は、同じ色の耳をピクピク震わせるて、私に気づくと苦笑した。
「マヨイ、おはよう」
私はアレンに駆け寄り、その体を抱きしめた。それには驚いた様に忙しなく耳を動かしていたが、暫くすると私の背中に腕を回した。……私は、泣きそうになるのを堪えて、鼻水を啜る。それには抱かれるアレンは吹き出して、腕の力を強めた。
「よ、よかった……元に戻った……」
「全部マギー宰相から聞いた。……助けてくれて、有難う」
本当によかった、元のアレンに戻っている。彼に聞きたい事が沢山あるが、何よりも体は大丈夫なのだろうか?体をずらして問いかけようとした所で、後ろから物凄い強さでアレンと引き剥がされた。そのまま後ろの人物、テオドールに後ろ抱きをされる。表情は見えないが、腕の力強さからして多分怒っている。あとナチュラルに胸を触るな、掴むな。
「無闇に他の男に抱きついてんじゃねぇよ」
地を這うような声に、思わず体が震えてしまう。呆気に取られていたアレンだったが、次には目を細めて苦笑いをした。
「………あー、そういう事か」
そういう事ってどういう事だ。そのままアレンは頭を掻きながら「早く起きてれば……」と呟いているがどういう意味だろうか?テオドールは言葉の意味をわかっている様で、鼻で笑う。
「悪ぃな若造、初恋だったか?」
「本当にクソジジィだなオメェは……」
「テメェよりも見た目は若ぇんだよクソガキ」
テオドールとアレンの真ん中に、雷が落ちたような気がした。この二人を見ていると、ユヴァ国のヨゼフを思い出してしまう。マギーはそんな二人を見て面倒くさそうな表情をしながら、手に持っていたタブレットで何かを見ている。
「本当に全部元のアレン副団長に戻ってるし、なんなら身体能力が前の倍以上になってる。……本当、一気にレベルがカンストしたみたいだ。凄いよ、神の御業は」
まさか元に戻るだけでなく、そこまで進化してしまっているとは。流石、神の力を代償を払ってでも得たいと思う人が過去に多くいたわけだ。アレンは自分の体を見ながら驚いた表情をしており、私はそんな彼へ顔を綻ばせた。
「よかったね、アレン」
「お……おう」
私の表情を見て、歯切れが悪そうに目線をずらして呟く。何か嫌な事でも言ったのかと思ったが、後ろから機嫌が悪いのか、大きく舌打ちをするテオドールを前に聞くことはできなかった。
その後、騎士団長がやって来て積もる話があるのか、私達は部屋から放り出された。……獣人の耳はそのままだが、気にする素振りもなく騎士団長はアレンへ笑顔を向ける。それに私もアレンも驚いた。……今から二人で何を話すかは分からないが、悪い話ではないだろう。
「師匠、マヨイさん。話があるんだけど、この後いい?」
部屋から同じく追い出されたマギーが、やけに真剣そうにこちらを見て声をかけて来た。そのまま特に用もないので(というか部屋に戻ったらまた襲われるのも嫌なので)私達は宰相室へ向かった。
マギーは宰相室へつくと、一枚の手紙を私達に見せる。差出人は、ハリエド国の聖女王からで、質感の良いシンプルな封筒だった。封筒と同じ素材で作られた手紙には、難しい専門用語が書かれており、思わず眉を寄せてしまうが、隣でそれを見ているテオドールは険しい表情を向けている。
「獣人族対象の広範囲の認識阻害魔法だぁ?死ぬ気かよ」
「死なない為に僕たちに協力を願ってるんだと思うけどね」
二人が何を言っているのか分からない。テオドールは私の表情で察したのか、こちらへ顔をむけて説明をしてくれる。
「あの阿呆聖女王は、獣人の差別や、戦争後に起きている獣人族の懸賞金やら、全ての認識を違うものに塗り替えようとしてんだよ」
「えっ、じゃあ……アレンは隠れなくて良くなるって事?」
「ああ、ハリエドでの戦争加担や、差別もすべての獣人族への認識が変わるからな……まぁ、よほど強い殺意を持っている奴らなんかは難しいかもしれないが」
「そんな事、できるの?」
それにはマギーがこちらを見た。
「全世界の存在の認識を変えるから、もはや大魔法といってもいい位だ。……加護持ちが複数人協力したとしても、主体であるハリエド王は、無事じゃ済まないかもしれない」
その返答に、思わず息が止まってしまう。……私は先日、獣人族の件についてシルトラリアに相談した。まさかそれがここまで大きなものになるとは思わなかったからだ。自分が軽はずみに連絡した事で、彼女がこんな危険な目にあうなんて。思わず下を向く私の頭上に、暖かい手が乗せられる。横を見ると、目を細めて微笑む、優しいテオドールがいた。
「あのアホは、過去の自分の尻拭いをしたいんだよ」
「……尻拭い?」
「そう。戦争さえなけりゃ、獣人族もここまで減ることなかったからな。……生き残った奴らが、少しでも生きやすくしたいんじゃねぇか?」
そう優しく語りかけるように告げられる言葉に、私は無言で頷く事しかできなかった。……だが、マギーは次に、タブレット端末を私達に見せる。
「認識阻害魔法もだけど……話したいのはそれだけじゃないんだ」
差し出されたタブレット画面を見ると……そこにはテオドールの名前が書かれていた。小難しい数値が載せられている。マギーは先程よりも険しい表情を向ける。
「マヨイさんを調べるにあたって、完全な加護持ちの師匠のデータを参考にしたくて、師匠に頼み込んで検査させてもらったんだ」
「あぁ……あれか、頭に変なの貼り付けたり、血抜かれたり、もう一生しねぇからな」
テオドールは思い出したのか、不機嫌な表情で頭を掻く。けれどマギーは普段とは違い、苦そうな表情を向けながら眉を寄せる。……そうして、小さくため息を吐いて口を開いた。
「その結果だけど……単刀直入に言うけど、師匠。………貴方は神だ」
すごい真顔で、いい大人が、なんか中二っぽい事言ってきた。




