44 対価を
私とテオドール、マギーは地下牢へ向かっていた。近代的な施設だが、地下へ進む階段はかなり古く、壁や階段は全て古い石造りとなっていた。マギーは階段を進みながら話す。
「元々、内戦中はこの土地には刑務所が建てられていたんだ。建物は壊して建て直しているけど、地下は当時のままだ」
そう告げるマギーの声は少し強張っていて、私も思わず唾を飲み込んだ。……階段を降りる度に、獣の唸り声が聞こえる。階段が終わり、目の前に牢屋がいくつも並んでいる場所が現れた。その一番奥が、青く光っている。私達はそこへ足を進めた。
青い魔法陣の中央に、アレンがいた。先日よりも更に獣のように歪んだ表情に、血の様な瞳がゆらゆらと動いている。手首や足に嵌められた手錠を無理やり解こうとしたのか、手錠には血がこびり付いていた。……あまりの光景に、私は呆然としてしまった。
「捕縛魔法で捕らえている。解かれる事はねぇよ」
私の肩に触れて、テオドールは優しく伝えてくれる。前にいるマギーも、こちらを心配そうに見ており、私は苦笑してしまう。大きく深呼吸をすると、私はアレンのいる牢屋へ進んだ。
血と獣の臭いが充満した牢屋に、威嚇をするように歯軋りをするアレンがいる。私はアレンの目の前に立つと、その場に座り込み顔を見る。充血した赤い瞳は、こちらを食い殺さんとばかりに鋭く見ている。……私は、ゆっくりと目を閉じる。
『それは無理だよ。今回は僕が無理矢理魔物にした生きた存在だ。死者ではないから、古城の魔物の様に「死者の声」を聞き解放する事は無理だろう』
『じゃあそうすれば……』
『何も、魔物から解放するのはそれだけじゃない。……君が僕に願えばいいんだよ』
『………対価を払えば、君が助けてくれるの?』
『君は本当に、賢くて愛おしい子だね。……そう、僕に対価を払って願えばいい。死者の神アドニレスが、あの哀れな獣人を助けてあげよう』
『………本当に、助けれるの?』
『僕が作った魔物だ、容易いよ。君が、僕へ対価を払ってくれるなら、喜んで助けよう』
私は、ゆっくりと口を開いた。
「死の神、アドニレス」
その名前を呟いた時、アレンは赤い瞳を大きく開いた。
同時に、周りの気温が一気に下がっていくのを肌で感じる。……後ろで私を見ていたテオドールとマギーは呼吸が止まった。思わずそちら見ると、時が止まった様に動かない。
「愛おしい子」
耳元に、冷たい吐息がかかる。……ゆっくりとそちらを見れば、黒髪の少年の、死の神アドニレスがこちらへ微笑んでいた。……寒さで震える唇で、私は言葉を出す。
「……アレンを、戻して」
そう告げると、赤い瞳は歪む。そのままアドニレスは、荒い呼吸をしながら大きく目を開くアレンを見る。アレンの表情を見て、口元だけは微笑む。
「いい子だ。主をちゃんと分かっているみたいだね」
そのまま怯えているアレンの頭上に手を置く。アレンは苦しそうに顔を歪め唸り、口や目から、黒い血を滲ませる。私はアレンの苦しそうな声に思わず止めようと立ち上がるが、アドニレスはこちらへ微笑む。
「動かないで」
私の体は、その言葉に意志とは反して固まる。まるで縛られている様な感覚が遅い、力が出ずに地面に倒れると、アドニレスは再びアレンを見た。
アレンから流れる黒い血は、生きているように蠢き、そして頭上のアドニレスの手に丸くまとまっていく。手の上の球体が、大きくなればなるほどアレンは獣さを失くし、瞳も茶褐色へ戻っていく。
そうして暫く経つと、アレンは元の魔物になる前の状態に戻り、意識を無くして地面へ倒れた。それと同時に私の拘束と、動かなくなっていたテオドールとマギーの意識が戻る。テオドール達はいきなり牢屋の中にいる少年に驚愕する。アドニレスはそんな二人も気にせず、私の前に立つ。
「さて対価だが。君の命を貰おう」
そう優しく語りかける様に言葉を出すアドニレスは、気づかない内に、私が護身用で持っていた短剣を持っていた。
……すぐ近くで、テオドールの叫ぶ怒声が聞こえるが、それよりも少年の剣が動き出す方が早かった。…………私は、目を瞑った。
……だが、とうに来ている筈の、痛みがない。
私は目を開けると、目の前にいるアドニレスの表情は苛立ちで歪んでいた。私に突き刺す寸前で、固まって動けない様だ。……どうして刺せないのだろうか。少年は吐き出す様に声を出す。
「対価が釣り合わないだと!?神である僕が救済したんだぞ!?」
苛立ちを孕んだ声の主は、私を睨みつける。私は思わず声を掛けようとしたが、声を出そうとしたその前に、少年は横から強く蹴られ壁に打ち付けられた。痛みで悲鳴をあげる少年に、蹴り飛ばしたテオドールは私を抱き寄せながら、青筋を立てる。
「マヨイに近づくな、糞野郎が」
押し殺した様な低い声を出して、テオドールは少年を睨む。少年は苦しそうに上半身を起こせば、短剣を地面に打ち付け歯軋りをする。だが、次には目を大きく開きテオドールを見た。
「………まさか、お前の寵愛を受けているからか?」
アドニレスは、何かを理解したのか顔をどんどん歪ませて……もう一度短剣を地面に打ち付ける。短剣は高い音を鳴らして折れた。
そしてその場へゆっくりと立ち上がると、舌打ちをしてこちらを高圧的に見る。
「……いいだろう、対価を変える。……エドラス国へ行け」
「エドラス国?」
知らないその国の名前を繰り返すが、テオドールは体を強ばらせた。それを見てアドニレスはテオドールを見て嘲笑う。
「かつて150年前に滅びた、時の神を祀った国だ、そこの男の本来いるべき国でもある」
「……時の神の、国」
確かに、テオドールは時の神の加護を受けた存在だ。死の神の様に隠された神ではない。……どうして気づかなかったのだろう。他の神の様に、時の神だけ何故か祀られた国がない事を。
アドニレスの立つ地面に、赤い魔法陣が浮かび上がる。私はテオドールに強く抱かれたまま、少年へ声を掛けようと口を開く。それに気づいた少年は、無表情でこちらを見る。
「あの……死の神アドニレス!!……アレンを救ってくれて、ありがとう!!」
そう伝えると、ひどく驚いた表情をした。けれど、それは直ぐに困った様に微笑むものに変わる。
「………本当に、君は可愛らしい子だ」
そう微笑みながら呟いて、アドニレスは魔法陣と共に消えた。




