38 どうしてこうなった
私は現在、縄で縛られ騎士団の訓練場にあるベンチに座り、そして手綱をマギーに握られている。隣に座るマギーを見て、確実に拒否されると思うが言ってみる。
「あの、縄を外してもらえたりとか」
「僕まだ生きたいんで」
無表情でこちらも見ないまま、早口で断られる。それと同時に、自分達の座るベンチ擦れ擦れに騎士団員が飛んで来た。車に跳ねられたのか?という程の音を鳴らしながら壁にぶつかり、剣を持つ手は震え、団員の表情は絶望していた。
「簡単に飛ばされてんじゃねぇよ!それでも国の騎士団かよ!あぁ!?」
その団員を蹴り飛ばした男、テオドールは青筋を立てながらその団員に怒声をあげる。私もマギーも、自分に言われていないのに小さく悲鳴をあげた。
私とアレンの現場を見たテオドールは、恐ろしいほどの怒りの表情を向けて、私を縄で縛りそのまま訓練場に連れて行った。縄を差し出した現騎士団長覚えてろよ。そしてマギーを呼んで縄を持たせ、自分はと言えば騎士団員の訓練をしている。いや、訓練というか、もはや殺戮、魔法は使っていないのに騎士団員を全員返り討ちにしている。こんなのは模擬戦ではない。団員達は皆、何度も何度も、剣を弾かれ吹き飛ばされ殴られ蹴られで、絶望している。あのジジィ、キルアの大剣を受け止めたときも思ったが何故あんなに強いんだ。
私は再び、そんな光景を遠目で見ているマギーへ声を掛ける。
「マギー宰相いいんですか?国を守る王国騎士団の皆さんが、ジジィにパワハラされてますよ?」
「宰相だからこそ、少数の犠牲で済ますためにこうしてるんだよ」
確かに、と思わず納得してしまった。……しかし、このままでは本当に死人が出る。
しかもテオドールがこうなった理由は、ほぼ確実に私の所為なのだ。加護持ちと伝えて、認識阻害魔法をかけていた事がよくなかったのだろう。別に私の事なのでいいのでは?と思うのだが、最初に出会った時の私に対するアレンの態度により、テオドールはアレンをだいぶ嫌っているので……保護者目線から心配しているのだろうか?マギーの話のときも思ったが、本当に面倒見がいい男だ。
「ふざけんな!こんなの訓練じゃねぇだろ!!」
絶望の表情を向ける騎士団員の中でも、テオドールに一番吹き飛ばされているアレンが怒声をあげる。よく言った!そうだそうだ!これはパワハラだ!私は怖いから何もできないが!やっちまえアレン!!
アレンの言葉に、テオドールは瞳孔を開きながら彼を睨む。
「こうなったのも全部、テメェが人のモンに手ェ出すからだろうが?」
「は!?」
「あんな奥の倉庫で二人っきりで、いい時間過ごせてよかったなぁ?」
アレンは疲れではなく、恥ずかしさで頬を赤く染めていく。それを見て、聞いたマギーは何かを察したのか、こちらを見て悲惨そうな表情を向けてくる。全くの勘違いに私は頬を赤くして首を勢いよく横に振る。
「違う違う!断じて!いやらしい事してません!」
「いやでも、流石に薄暗い倉庫で二人っきりはちょっと」
「それでもテオには関係ないじゃないですか!!」
「……師匠が可哀想に思えてきた」
「なんで!?」
マギーはそれ以上何も言わずに、大きくため息を吐いてテオドール達の方を見る。本当にそんな事してないのに、と言い訳をしたいが、その説明をするとアレンが獣人族である事がバレてしまうので、私は口を閉ざした。それを横目で見ていたテオドールは、目の前のアレンを再び睨み、彼に向けて模擬戦用の剣を構える。
「安心しろよ、骨は折るが殺しはしねぇよ」
もはや殺意を含んだそれに、アレンも周りの騎士団員達も、そして訓練場の奥で、さも他人事の様に見ているガラードも、恐怖で震え始めている。流石に自分のせいで、申し訳無さと、ジジィのパワハラがあまりにもやりすぎだなので、私は殴られる覚悟で縛られている縄のまま、ピョンピョンと飛び歩きをしながらテオドールの元へ行く。ていうか縛り過ぎだろ!ちゃんと歩けんわ!それでもなんとかパワハラジジィの元へ向かいながら声を掛ける。
「テオド、テオ!やりすぎだよ!流石にこれ以上は訓練じゃなくて暴力だよ!いやもう最初から暴力だよ!!」
手綱を握るマギーも慌ててついていく形となり、「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」とブツブツいっているが聞かなかったことにする。テオドールはこちらにゆっくり振り向くと、剣を柄に仕舞いながら、飛び歩きする私を受け止めるように抱きしめる。なんだかんだ優しいんだよなぁと思いつつ、いつもと違う、少し汗の匂いがするテオドールの胸に飛び込み、私はそのまま顔を上に向ける。
「……毎朝こっそり、ここに来てたのは申し訳ないけど…えっと、ちゃんと後で理由伝えるから」
「こんな年寄りよりも、若ぇほうがいいってか?」
何を言ってるんだ、貴様その神々しい顔面で?と苦言を言おうとしたが……そう呟くテオドールの表情が、ゲドナで不貞腐れていた時に似ていて、思わず言葉をひっこめた。
ああ、なるほど。淋しくて旅仲間に誘ったのに、その仲間である私が離れてしまうのではと思っているのか。なんだそんな事か〜!と思わず吹き出して笑ってしまい、テオドールは眉間に皺を寄せる。
「……何だよ」
「いやいや!分かってないなぁと思って!」
更に皺を寄せるテオドールの表情を見て、そのまま彼の胸に顔をぐりぐりと擦り付ける。驚いて固まっているのか、特に静止される気配もなかった。そしてそのまま笑いながら答える。
「私がテオを大好きなの、分かってないなぁって!」
この旅で、何度も自分を支えてくれた優しい男を、たまに変態だけどそれでも頼りになるこの男を、私から離れるなどありえないのに。そんな事で怒っていたのかと可愛らしく思えてしまった。
顔を見上げると、テオドールは目を真ん丸にして固まっていたが、段々と耳が赤くなっていき、小さく舌打ちをして目線をずらす。
「んな事言っても!尻叩きは後でするからな!!」
「何故!!??」
何か悪いことを言ったのか!?好意を伝えるのはよろしくなかったのか!?そのままテオドールに強く抱かれながら、私は慌ててよくわからないが許してほしいと謝罪を伝えた。
ようやく怒りを収めたであろうテオドールに、騎士団員も、手綱を握っていたマギーも安堵し地面に座り込んだ。
……ただ、アレンだけは立ったまま、拳を作り顔を歪めて、私とテオドールを見つめていた。
そんなアレンを、黒髪の少年が気配を消して見つめているのは、誰も分からなかった。




