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39 猫と散策


翌朝、私は騎士団の宿舎に駆け足で向かう。昨日の尻叩きの痛みでまだ尻が痛むが、ゆっくり歩く時間もない。

宿舎の門の前には、いつもの黒の騎士団服ではなく、シャツにズボンのラフな格好をしたアレンが既に待っていた。私の走り音に気付いたのか、彼はこちらを見て不機嫌そうな表情になる。


「おせぇぞ、早起きには慣れてるんじゃなかったか?」

「ごめんごめん!テオを起こさないように準備するのが中々大変で!」

「……お前また黙って来たのか」


引き攣った顔を向けてくれるが、そうでもしないと出れなかったのだ。昨日はあの後、テオドールのご機嫌取りやら騎士団員へ謝罪やら、色々やる事があって大変だった。おまけにテオドールは事あるごとに「俺の事好きだよな?」と聞いてくるのでその度に肯定しなければいけなかったし、夜には尻叩きまでされたのだ。その際も好きかと聞いてくるので、このジジィ頭が沸いたのかと何度も思ったものだ、怖いから言わなかったけど。アレンは私の無言を肯定と受け取ったのか、わざとらしくため息を吐いて、そしてそのまま歩き出す。


「ここの施設は街から離れてるんだ、後ろ乗せてやる」

「騎士団のやつ使っていいの?」

「それじゃない」


そのままアレンへ着いていくと、そこには先日乗ったオフロードバイクではなく、黒の大型バイクが置かれていた。アレンはズボンのポケットから鍵を取り出して回す。急に重厚なエンジン音が鳴ったので思わず驚いて後ろに下がってしまう。それには軽く笑われ、そのまま彼はバイクに跨る。


「ほら、」


アレンは自分の後ろの空いた席を、軽く叩いて乗れと合図する。私は緊張しながら後ろに跨り、アレンの腰に手を回す。一瞬震えられたが、それでも直ぐにグリップを握り音を鳴らす。





サヴィリエ国は他の国と全く異なる、近代的な文明だと思っていたが、特に近代的だったのは過ごしていた施設周辺だった様で、施設から遠ざかればやや時代が遅れているような街並みが現れる。それでも今まで過ごした国よりは遥かに文明は進んでいるが。街並みの中でも一際賑やかな商店街へ着くと、アレンと私はバイクから降り出店を見て回る。


出店に出ている商品は、ユヴァ国で見たような色とりどりの果物や野菜もあるが、前の世界にあった様なクレープや唐揚げ串だったり、なんなら今まで見たことがなかった珈琲スタンドまである。……本当にあの宰相、よくここまで発展させたな。


「ど、どうしようアレン、どれも魅了的すぎて選べない」


後ろをついて来ているアレンに助けを呼ぶと、私の興奮した表情を見て面白かったのか軽く吹いた。笑いながら私の頭を撫でて、そのまま歩き始める。慌てて着いていくと、既に出店で何かを購入しており、私に差し出してくる。それは串に刺さった野菜と肉が焼かれたもので、串焼きにチーズがかけてあるのか、とても美味しそうな匂いがするものだった。


「これは美味いぞ」

「絶対これ美味しいでしょ〜〜〜!!」


そのまま有り難く受け取ると、熱い内に口に運ぶ。……見た目以上に美味しい。チーズもとろり、柔らかい肉と野菜に良く合う。思わず顔を綻ばせていると、アレンにそれを微笑んで見られていた。アレンが持っているのは私と違い、焼き魚にチーズが乗ったものだ。流石猫の獣人と思ってしまったのは言わないでおこう。



そこから私は、アレンお勧めの店や、バイクに乗りサヴィリエ全体が見える高台など、様々な場所を見せて貰った。子供の頃からこの国に住んでいるアレンの案内は、地元の人しか知らない場所で人も空いて、それでいて魅力的な場所ばかりで、時間が過ぎるのはあっという間だった。


「そろそろテオに気付かれる前に帰ろうかな」


帰る前にアレンに最後の認識阻害魔法をかけなくては。そう思い人が少ない場所を聞こうとすると、アレンは何かを考える様に眉間に皺を寄せていた。どうしたのかと聞こうとしたが、その前に彼は口を開く。


「……俺の実家、近くにあるからそこで魔法かけて貰っていいか?」

「実家?家族にバレちゃうんじゃないの?」

「両親はガキの頃に死んでる」


思わず立ち止まってしまった私に、アレンは苦笑する。


「俺の認識阻害魔術のネックレス、作る為に対価で両親は死んだんだ」

「…………」


そう言ってネックレスを見せるアレンに、私は何も言えなかった。……どうして忘れていたんだろう。つければ姿を永遠に人間に、この近代化されたサヴィリエでなお隠せるほどの代物を、どこで手に入れたのか。その為に必要な対価の量を。……だから、魔術は禁断の術なのだと思い知らされる。私はそのネックレスをあろう事に傷つけてしまったのだ、思わず顔を下に向けてしまうが、アレンは私の顔を覗き見る様に顔を向け、そして優しく笑った。


「このネックレスを、ただの形見にさせてくれるか?」


私は、彼の優しさと、彼の両親の事を考えながら、涙がこぼれそうになるのを気合いで止めて、頷く。


アレンの実家は、街の外れにある小さな家だった。近くの家よりもやや古い煉瓦造りの家で、アレンが鍵を開けて中へ入るのに付いていくと、中も外と同じ造りになっており、古くなった家具だけ置かれて物はかなり少なくなっていた。そのまま進むと、奥の部屋におそらく両親の寝室らしい、大きなベッドの置かれた部屋がある。アレンはベッドに座り、その所為でベッドが大きく軋む音が鳴る。私はアレンの目の前に立って、大きく深呼吸をしてから彼の胸に手を翳す。


「なぁ、聞いてもいいか?」

「はぇ?」


いざ呪文を唱えようとした所に、アレンから声を掛けられて思わず変な声が出る。彼を見ると真剣な表情を向けていて、何かあったのかと首を傾げるが、それと同じく彼の胸にかざしていた手を掴まれる。


驚いて再び見ると、彼は熱を孕んだ目をこちらに向けているので、思わず体が震えてしまう。そのままアレンは腕を引っ張ってくるので、急な強さに体がバランスを崩して、ベッドに倒れる彼に覆いかぶさってしまう。


「ごっ、ごめん!!!」


思わず謝罪をして離れようとするが、力強く腰を掴まれ逃げられない。一体どうしたのだと慌てていると、アレンはゆっくりと口を開く。


「お前、俺の事結構好きって言ってたけどさ」

「えっ、あっ、そうだよ!?」


間違いはないので何度も頷く。すると茶褐色の瞳が歪み、どんどん近づいてくる。



「その気持ちって、俺がお前を狙えば……恋愛感情になったりするか?」




茶褐色の瞳が、滲むように赤い瞳に変わると同時に、唇に感じる熱を孕んだ吐息に、その言葉に、脳が溶かされた気がした。

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