35 生き残りの獣人
獣人族は、半年前には普通に生活をしていた種族だったそうだ。
だが精霊と人間との戦争で、精霊側に召喚された予言の神の加護を受けた聖女の力に恐れ、人間側に味方し戦争に加担した。その結果、聖女と精霊により滅ぼされた。
ベッドに座り込み下を向きながら、アレンは呟く様に語る。
「半年前の戦争で獣人族は滅んだが、生き残りはまだいる。……今じゃその生き残りも、懸賞金をかけられてから少なくなったけどな」
「……そう、だったんだ」
精霊と人間の戦争、恐らくハリエド国の話だろう。ゲドナ国で出会った、予言の神の加護を持つシルトラリアが、あれほど明るく優しい少女が、戦争では獣人族を滅亡させた聖女だった。戦争とは、誰かを傷つけなくてはならないのは分かっていたが、それでもまだ12歳の少女になんて事をさせたのだと、思わず拳を強く握った。
「精霊が、あの聖女が悪いわけじゃない。戦争に加担した獣人族が悪いのは分かっている。だから生き残った獣人族は魔術で姿を変えたり、耳や尻尾を切って人に紛れ込む」
そう告げるとアレンは、こちらを苦笑して見る。
「異世界から来たお前は知らないだろうが、獣人族は元々、獣臭いと毛嫌いされる人種なんだ。だから俺はガキの頃から、認識阻害魔術を込めたネックレスを付けて人間に紛れ込んでいた。だから終戦後もバレずに騎士団として働けてたんだけどな。……まさか、初めてバレたのが加護持ちのお前とはな」
「……す、すいません」
「お前のじゃじゃ馬具合には呆れるな」
明らかにこちらが悪いので、何も言えずに口を閉ざす。獣臭い、と全く感じなかったと言えば嘘になる。彼にぶつかった際、微かに動物の様な匂いがしたのは事実だからだ。だがそんな事より、アルトが同種族が起こした事で危険な目に遭っているのが許せない。獣人族の懸賞金にシルトラリアが関わっているのかは分からないが、今度連絡して聞いてみよう。……今問題すべき事はこのネックレスだ。とりあえず金具を直し付けてもらった所、魔術は発動し耳と尻尾は消えたが、それでもまたこんな事になる可能性は捨てきれない。……うん?魔術?
「認識阻害「魔術」って事は……魔法もあるのか?」
確か、昨日マギーは「魔法と魔術は呪文と術者の価値の違いだけでほぼ同じ」と言っていた。確かに、私はゲドナ国で結界魔法を唱えたが、それは結界魔術となった。……それならば、認識阻害魔術も、同じ魔法が存在するはずだ。一人で呟く私にアルトは怪訝そうに見てくるが、私はそんな彼の手を握り、正面を向く。
「加護を受けた私が認識阻害魔法で、ネックレスじゃなくて副団長自身に魔法を掛ければいいんだ!!」
「……は?」
意味がわからない、というような表情をアルトに向けられるが、私はようやく自分が人の為になる事ができると、闘志を燃やす。そして立ち上がり、再びアルトの方を見て親指を立てて見せる。
「待っててね副団長!私に任せて!」
「いや、お、おい何をするつもりだ?」
更に困惑したような表情を向けられるが、私はそれを気にせず、伝説の大魔法使いである男に会うために、走り部屋に戻った。
◆◆◆
「認識阻害魔法を教えろだぁ?」
「そう!テオドールなら知ってるでしょ?」
部屋に戻った私は、恐らくどこかで酒でも飲んで来たのであろう、酒臭い大魔法使いに呪文を教えてもらおうと声をかける。大分飲んで来たのか珍しく頬は赤く、ベッドに寝転がりながらこちらを見ている。
「大魔法じゃなかったら今の所は唱えても問題ないって、マギーさん言ってたし!教えて!」
「……なんでまた、認識阻害なんだ?」
「人助けの為!」
「はぁ?」
何を言っているのだと不機嫌そうな表情を向けられるが、その表情のまましばらく考えて、そして次には大きなため息を吐く。吐き出す息も酒臭いが、やけに色気があるのが憎らしい。
「分かった教えてやる。……ただ条件がある」
「条件?私でもできる事なら全然いいけど」
何をすればいいのかと聞く前に、いきなり起き上がるテオドールに腰を掴まれ、そのままベッドに倒される。驚いて見ると、自分の下に倒れ込む彼は先ほどと変わり上機嫌だ。そのまま耳元に、囁くように声をかける。
「俺に口吸いしろ」
「へ?」
「そうしたら教えてやるよ」
口吸い、つまり口付け、キス。…………思わず体を離そうとするが、腕を回され叶わない。楽しそうに目を細め笑うテオドールに引き攣った笑みを浮かべながら、頬が赤くなってしまう。というか何でだ!?何でそんな事を望むんだこのエロジジィは!!
「何度もしてやってるんだから、今更恥ずかしい事ねぇだろ?」
「いやっ!で、でも!」
「魔法、知りたくないのか?」
こ、こいつ確信犯だ!絶対楽しんでる!!私はどんどん顔を赤くしていき、それが面白いのかテオドールは更に密着してくる。恐ろしいほどの色気のある美形が間近に迫り、自分の心臓の音が聞こえるほど緊張している。耳元で異常に甘い、彼のため息が吐かれる。
「たまには俺も、されてぇんだよ」
「…………クッッッ!!!」
ええい!もう勢いだ!!ふざけて何度もこのエロジジィにされているんだ!もうどっちからしても関係ないだろう!私は中身はいい歳の女なんだから、口付けの一つや二つくれてやる!!
私は緊張で震える手でテオドールの頬を触る。それに抵抗せず、何なら溶けそうなほど甘い微笑みを向けてくるので更に緊張して震える。何度も深呼吸をしてから、気合を入れる。
ゆっくりとその美しい顔に近づけ………ものすごい幼稚に、彼の下唇に自分の唇を合わせた。
「こ、これでいいでしょ?もう無理だからね?」
私はあまりの恥ずかしさで、あと少しでのぼせてしまいそうなほど顔を赤くしている。条件は叶ったはずなので、密着した体を離そうとするが、何故か腕は回されたままだ。……下から、熱の篭ったため息が聞こえる。
「あーー………全然、足りねぇ」
そう告げるテオドールは、獣の様な目付きをこちらに向けて、火照る私の頭を引き寄せ噛み付くように口付ける。
あれ、私がするで終わりじゃないっけ?とほんの少しだけ残った意識で考えたが、自分がしたものより長く、彼の体から、口から充満する酒の匂いに当てられて、そのまま意識を飛ばした。
朝か昼かに投稿しようと思いましたが、あまりにもイチャ付かせてしまったので、深夜ならセーフだと思って続けて投稿します。




