26 教え尽くしてやりたい
思いっきり頭突きをした為、テオドールは後ろに下がり呻き声を上げる。私も自分でやった癖に意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けたが、目の前の彼への憎しみからなのか意識は保たれたままだ。
うるさいほどの口呼吸をして、うるさい心臓を抑えようと胸付近を掴みながら彼を睨みつける。
「一週間も戻ってこないで!……だっ、抱き潰すとか!この変態ジジィめ!!」
私の怒声を聞いて、頭突きを受けた頭を手で抑えていたテオドールは、大きくため息を吐いてから、青筋が見えるほどの怒りの表情をこちらに向ける。
「……テメェこそ、こんな所で何してんだよ」
今まで自分に向けられた事がない彼の表情に、思わず体が固まった。
だがすぐにここに来た意味を思い出して、胸を掴んだ手を強くして彼を再び睨みつける。
「ゲドナ王が、穏便に会える様に手助けしてくれたの!じゃなかったらここに乗り込む所だったんだよバカ!!」
「……余計な事しやがって」
吐き捨てるように呟くテオドールの声に、私は頭の中で血管が切れる音がした。
そのまま胸ぐらを掴み、私は顔を近づける。されるままにこちらを見る彼の瞳は、まだ薄暗いものだった。……私は深く息を吸い、そして目を大きく開ける。
「余計な事させる前に!さっさと私の所に帰ってこいよ!!!」
部屋中に響く、叫ぶ言葉に、テオドールは再び大きく目を開く。その大きな目は部屋の明かりを映し出している。
胸ぐらを掴む腕を強く自分の元へ引き、更に顔を近づける。
「何を不貞腐れているのか知らないけど!私に相談してよ!教えてよ!!」
どんどん光が映っていく瞳を、私は涙を流しているのかぼやける視界で睨みつける。
この世界に来てから、一番近くで笑いかけてくれた男へ、私は懇願するように声を絞り出して告げる。
「私は!!テオドールの女なんでしょ!?」
◆◆◆
目の前で、自分の胸ぐらを掴み叫ぶ言葉に、俺は何も言い返せなかった。
言い返せない代わりに、胸を締め付けられる様な感覚が襲い掛かり、呼吸も浅くなってしまう。
俺が一体何者なのか、俺が助けなければ目の前の娘は、加護を完全に授かり幸せだったのではないか?そう考えてしまえば、娘に感じているどうしようもない気持ちに気づいた。
それと同時に、娘が自分以外のものになる事を止めることができ、娘が自分を見てくれる事へ歓喜している自分がいて、娘にこの気持ちが気づかれて、拒絶されることへの恐怖が襲った。
だから俺は娘と離れた。こんな独りの女だけに求めてしまう気持ちを、少しでも、他の女で埋めればいいと思った。……けれど、どの女を手にかけようとも、気持ちを抑えれず、むしろ悪化していく。
部屋に入ってきた今日の女は、娘とそっくりな声をしていた。その声に体が反応してしまうほど、あの娘を想っている事に笑えてしまった。憂さ晴らしの様に、代わりの様に女を扱えば、少しはこのどうしようもない気持ちが治まると思った。
けれどベールを剥がせば、そこには離れても体が求めてしまっていた娘が、目に涙を浮かべてこちらを見ていた。
娘と再び出会った途端、体中を襲う様な劣情に、この想いを隠そうとした。
……けれど俺の何倍も、この娘は上手だったらしい。俺は目を細めて娘を見つめる。
「そうだったな……アンタは、俺の女だったよな」
その返しに、ようやく自分が叫んだ言葉に気づいたのか、先ほどの睨みもやめて一気に顔を赤くして胸ぐらを掴む手も緩くなっていく。俺はそれを好機と娘の肩を掴みベッドへ押しつける。
見下ろす娘の、いじらしく頬を染める姿に背中を這うように劣情が襲う。こんなものは、保護者だの魔法の弟子だのに向ける感情ではないと、この気持ちを無意識に抑えつけていた自分が、馬鹿らしくなってくる。
「そっ、それは言葉のあやというか、そ、それよりも離れてほしい、なっ?」
「そんな格好で男の前に来て、喰われずに済むと思ってねぇよなぁ?」
「あれ!?いつの間にか元のテオドールに戻ってる!?」
更に慌てる娘の頬を撫でる。肩をすくめて震える娘を見て、自分しか見ていない娘を見て心が満たされていく。……もうこれは、堕ちる所まで来てしまったと実感した。自分もどんな表情をしているか分からないが、おそらく褒められる様な表情ではないだろう。
俺の影に隠れたマヨイへ、ゆっくりと顔を近づけていく。
マヨイは頬を染め震えている癖に、顔を逸らす事はしない姿に娘を掴む肩の手が強くなる。
……そういう、俺を言葉で拒絶する癖に受け入れようとしている姿が、興奮を滾らせているのだと、娘の体に教え尽くしてやりたい。
ーーーその時、部屋の扉が大きな音を立てて壊れる。
扉の向こうには肩で息をしながら、大剣を目の前に構えるゲドナの姫がいた。その後ろから聖女王も現れる。どうやら剣聖の力で扉を切り刻んだらしい、剣聖の大剣の使い道がおかしい。
「マヨイ!無事ですか!?」
「30分以上も部屋から出ないって!変態クソジジィに何かされてない!?」
二人はそう叫び終わると、ベッドに組み敷かれているマヨイを見て、そしてその上にいる俺を見る。……最初に行動を起こしたのはゲドナの姫だった。耳まで赤くし、殺意を含んだ目線を向けて俺目掛けて大剣を振り下ろそうとする。
……俺は、大きくため息を吐いた。




