25 蹴り潰したい
背後ちょっと注意です
「もう駄目だ、我慢できない」
「お、おやめなさいマヨイ!いくら何でもそれはいい案ではないわ!」
「そうだよマヨイ!ちょっと冷静になろう!?落ち着こうよ!?」
私は今、ベッドから起き上がり扉へ向かおうとしているのを、シルトラリアとキルアに慌て止められている。引っ張られる服を振り払い、私は荒い呼吸をしながら後ろの女子を睨む。
「あのエロジジィ!一週間顔見せに来ないと思ったら!下町の娼婦館にいるだぁ!?あの野郎の下半身蹴り潰すまで!怒りが収まらんわ!!!」
そう、私がここまで怒り狂っている理由は、エロジジィことテオドールの事だ。
私は結界魔法の発動で、一週間は安静が必要と診断され、そのまま城の部屋で休んでいた。その間は今目の前にいる女子二人や、シルトラリアのお付きの精霊アイザックとノア、この国のゲドナ王まで見舞いに来てくれたのだ。
……だが、テオドールだけはあの日以来、一度も来なかった。何なら部屋にも戻ってこなくて、もしかしたら彼も怪我をしているのではと心配して周りに聞いてみても、気まずそうにはぐらかされていた。
だが、ようやく絶対安静が解放された今日、シルトラリアとキルアが部屋にやってきて、言いづらそうにテオドールの現状を伝えられ……私は怒りのあまり、奴の下半身を蹴り潰そうと娼婦館へ向かおうとしているのを二人に止められている。
「確かに!確かにテオドールはエロクソジジィだけど!仲間が苦しんでいる時に盛る様なクズだけど!流石に娼婦館へ乗り込むのは色々迷惑かかるから!!」
「そうですわ!聖女である貴女が変態聖人にそこまでする必要はありません!!汚れます!!!」
必死に二人は後ろから抱きつき止めようとしているが、二人ともテオドールには思う所があるのか私以上に随分な言い草だ。それでも私は扉を開けようと足を進める。流石加護持ち×2、恐ろしいほどの腕力で止められているが、それでも怒り狂っている私の力には及ばすに、私は扉を開ける。
……だがその扉の向こうにいる人物に、私は驚いて立ち止まる。それに気づいた後ろのキルアが前を見て、そして恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「陛下!!!」
キルアの言葉に、ゲドナ王は満面の笑みを向ける。
「あの男の下半身、蹴り潰すのを手伝ってもよろしいかな?」
◆◆◆
「あら、貴女が急遽入った新入りさんかしら?丁度忙しい時期だったから助かるわぁ」
「アッ、ハイ」
「そんなに固くて大丈夫かしら?……まぁいいわ、貴女が担当しもらうお客様は、今まで一度も最後までしなかった方だし、話し相手になって貰えればいいわ」
「アッ、ハイ」
「……本当に大丈夫?」
私は、娼婦館に乗り込み、テオドールのテオドールを蹴り潰す予定だったのだが。……何故今私は娼婦になっているのだろう。ちょっと意味が分からない。
娼婦館に乗り込もうとした私を、ゲドナ王は手伝うと言ったすぐにそのまま移動させられ、あれよあれよと今身に纏っている下着の様な服装を着せられ、そして何故か乗り込もうとしていた娼婦館の新人娼婦になっている。顔を隠すベールがあってよかった。……やっぱり意味がわからない。
キルアとシルトラリアも娼婦館の目の前まで付き合ってくれたが、この衣装は刺激的すぎるのか、二人とも真っ赤な顔を手で隠して「うぅ、刺激強いよぉ」と言っていたのは可愛かったし、若い子に見せるものではないと申し訳ない気持ちになった。
流石に下着のような服だけでは恥ずかしいので、薄い上着を羽織り先輩娼婦に指示された部屋へ向かう。その間にも通る部屋からベッドの軋む音や色っぽい喘ぎ声が聞こえて、物凄い居た堪れなさと恥ずかしさが襲う。……ゲドナ王が根回しして、テオドールの部屋付きになるようにしてくれている様だが、娼婦館に来て一度も最後までしないとは、どう言う事なのだろうか。……不能か?
ようやく私は部屋に着くと、深く何度も深呼吸をして、蹴り潰す為に足に気合を入れて、ゆっくりとその扉を開く。
扉を開けると、強い葉巻の匂いが鼻を襲う。思わず咳をしそうになるがそれを抑えて、部屋の中に入る。……部屋の中は、簡易的な木で出来たテーブルと椅子、そしてかなり大きなベッドが置かれていた。窓が無い為か部屋に充満する葉巻と、この部屋特有のキツイ匂いが襲う。
「毎日毎日よくもまぁ、新しい顔を寄越してくるなこの店は」
ベッドに腰掛ける男は、葉巻を口から離し煙を吐き出す。その声はよく知っているものなのに、まるで知らない声の様なものだった。……私は、思わず声を出す。
「……テオドール」
私の声にテオドールは、ピクリと一度震えて反応する。……だがすぐに乾いた声で笑うと、彼は立ち上がり目の前までゆっくりと歩き出し、そして立ち止まる。皺のついた乱れた服装からは傷まみれの肌が見える。
まるで別人の様なテオドールは、私の腕を強く掴んで引っ張った。今までここまで痛みが出るほど掴まれた事がなく、痛みと驚きでされるままにベッドに放り投げられる。
予想外の出来事に驚いて顔を上げると、自分に覆い被さるテオドールの顔が目の前にあった。目が死んでいる様に薄暗く、その瞳に思わず息を飲む。
「……似てる声で呼びやがって、こんな女がいるなら早く寄越せよ」
ねっとりとした声で呟く声と共に、自分の足に触れる感触に心臓が飛び跳ねそうになる。あまりの恐怖で離れようとするが、反対の手で簡単に阻止されてしまう。……いつもの彼ならこんな力強くする事はないのに。
「ちょっ!ま、待って!」
「んだよ、アンタもその気で来てるんだろ?」
熱いため息が顔にかかるベールを靡かせる。テオドールは阻止していた手を離し、靡いたベールに触れる。
そして、ベールをゆっくりと顔から剥がして行きながら、耳元で囁く。
「抱き潰してやるから、その声でよく鳴け」
だが、目の前のエロジジィは、剥がした先にある予想外の顔に、目を大きく開く。
私は、余りの恥ずかしさに顔に熱が溜まり、ぼやける目でクソジジィを見つめると、大きく息を吸う。
「このっ!この!変態馬鹿ジジィ!!!!!」
勢い良く上半身を上げて、目の前のジジィに頭突きを喰らわせた。




