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ザ・サプリーム・ファシスト ~傍迷惑な召喚の儀式  作者: 鶴鴇屋徳明
最終章:齎されたもの(もたらされたもの)
51/52

戦後処理


〈――さて、『いずれ来る(イベンチュアル)幸運』(・フォーチュン)号の修復を完了させるまでの間、『戦後処理』の話をしましょう〉


 主にマリさんに対する助言を言い終えると、メルリンはそう言った。


 真っ二つになったイベンチュアル・フォーチュン号は、メルリンが本体であるヴァクトゥールの翼1枚分を割いて造った方舟の中に、今も在る。

 メルリンの口ぶりからすると、まるで「全自動洗濯機が洗濯を終えるまでの間」ぐらいの容易さである様に感じられるが、現在の地球人の知る技術水準では相当な高難度である事は言うまでもない。

 もしも現在の地球人の技術だけで修復を試みたら、下手すると廃船処分せざるを得なくなって鉄屑(スクラップ)化、がオチかもしれない。


 かの船の乗客の生き残りもまた、方舟の中で保護されていた。

 例によってメルリンが光る平面を虚空に生みだし、生存者の様子を見せてくれた。

 方舟の中の人間はみんな不安げにしていたが、負傷は既に治療済みとの事。衣食住にも不自由は無いらしい。


「戦後処理、か……」


〈もうあなたも、立派な『関係者』ですよ? 健。

 避けて通れない話です〉


 うん、それは分かっている。しかし……気が重い。


「もしも俺が、メルリンに出会って間もない頃にメルリンに協力する事を決めていたら、災厄はここまで大きくならなかっただろうか?」


〈それは……何とも言いかねます。

 一つだけ確かに言えるのは、あなたがあの時どんな選択をしていたにしろ、違った形で同じくらい重大な困難に遠からず直面したであろう、という事です〉


「そっか。……じゃあ、実際に選んだ選択肢の先にある結果に対して、どうにかしないとな」


〈その意気です〉


 メルリンに励まされ、俺は一歩踏み出した。


〈先に言っておきますが、しばらくの間、私は本体を故郷と呼べる宙域に一旦帰還させなければなりません。

 力を貸してくれた私以外の知性体や高度文明に恩返しをしなければなりませんから〉


 そう言えば確かに、メルリンは「太古の昔にガーデスと戦うに当たって、自分以外で全宇宙有数の力を持ついくつかの知性体あるいは高度文明から力を貸してもらった」と言う旨の事を言っていた。


〈それと、本体を一旦故郷に帰還させた後、いくつかの宙域を巡る必要が有ります。

 私の敵がばら撒いた末期(まつご)のメッセージによる悪影響を打ち消すために。

 あのメッセージには、大量の悪意のミームが含まれていますから〉


「悪影響……大量の悪意のミーム……ちくしょう、それじゃやっぱり、メッセージがあらかた吐き出されてしまう前に、あの忌々しい球体を破壊しておくべきだったか!?」


 メルリンの言葉を受け、グレイが声を上げる。


〈それはそれで、地球に少なからず被害が出たかもしれません。

 あの球体に遺されたエネルギーが、メッセージという形で徐々に放出されず、一気に放射される事になったでしょうから。

 私と同調していたあなた達は無事でも、地表にいる生き残った人達に追い打ちをかける(おそれ)が有りました〉


「まったく、巧妙な嫌がらせね」


 キョウコが嘆息する。


〈あなた達は私と同調する事によって私からのミームを多分に受け取っているので、私の敵が大量に撒き散らした『末期の悪意のミーム』に対して免疫を有しています。

 他の、私と接触していない地球人も、生き残った人達は『末期の悪意のミーム』に対する感受性が低いです。

 ……なぜなら、悪意のミームに対する感受性が高い人間、言い換えれば、悪に染まり易い人間あるいはすっかり邪悪に染まった人間は、そのほとんどが私の敵の滋養になったあげく、私の敵と共に滅んだからです〉


 俺は、依耶(よりや)とガーデスとの融合体が巨大化する過程の映像を思い返した。

 巨大化直前の融合体がばら撒いた超対称物質製のナノマシン群は、『悪意』『恐怖』『絶望』などのミームを多く含む人間の脳を乗っ取り、更にその人間の肉体全体をも、融合体が巨大化するための材料として収奪していった。

 また、それらの超対称物質製ナノマシン群は、依耶の設計思想(アーキテクチャ)が生み出したAIアシスタントである『ペルソナ』に依存している人間に対し、殊更(ことさら)強い猛威を振るった。

 ペルソナ以外のAIアシスタントをスマホにインストールしている人間であっても、ガーデスとの融合直前の依耶は全世界のネットを(ほとん)ど掌握していたので、依耶がばら撒く悪意のミームと無縁ではいられなかった。


「……改めて考えると、我々地球人の歴史上どんな凶悪な独裁者も、依耶(よりや) 瑁人(まいと)ほど凶悪な力を振るってはおらんでござろうな」


 ゴズモフ先生はそう言って(うな)った。


〈『末期の悪意のミーム』に対する感受性は、そのミームの意味を理解できるか否かにも依存します。

 従って、その意味を理解できない存在が悪影響を受ける可能性は低いです。

 しかし、もしもあのメッセージを受信可能な程度に技術文明を発達させた生命体がいるとしたら?

 もしもその文明がメッセージを解読してしまい、そのメッセージが内包する思想に感化されてしまったとしたら?〉


「……その文明が、巨大な悪意の温床になってしまうかもしれませんわね」


 憂いが少しぶり返してきたのかような声で、マリさんが(つぶや)いた。


〈だからこそ、本体を一旦故郷に帰還させた後、いくつかの宙域を巡る必要が有るのです。

 件のメッセージは、数十光年離れていても、地球人が20世紀後半に『アレシボ・メッセージ』を送信したのに使った電波望遠鏡と同程度の設備が有れば、充分受信可能です。

 件のメッセージの受信という事象が起こり得るいくつかの宙域に、予防策を仕込んでおく必要が有ります。

 何にせよ、私が再び本体を地球に立ち寄らせようとしても、少なくとも向こう数百年は無理です〉


 『アレシボ・メッセージ』とは、アメリカがプエルトリコに所有するアレシボ天文台から、直径300m級の電波望遠鏡を用いて放射された電波による、地球外知的生命体へのメッセージである。

 アレシボ・メッセージは、1974年に行われた改装記念式典の一環として、地球外知的生命体がいるかもしれないヘルクレス座の球状星団M13に向けて送信された。

 ――M13は地球から約2万5千光年離れているので、アレシボ・メッセージは返信を期待して送信されたものではなく、式典の一環らしく儀礼的な意味合いが強いものではあるが。


 今のメルリンの言葉から、俺は

『地球から半径数十光年以内に、融合体の末期のメッセージが到達するタイミングで、少なくとも20世紀後半の地球人と同等の電波通信技術を持ち得る、地球外文明が有る』

という事に思い至った。


 メルリン以外の地球外知的生命体が、宇宙の途方も無い大きさの割には意外と近所にいる事になる。

 融合体の末期のメッセージは電波以外の形態でも放射されたので、それらを捕捉できる文明まで考慮に入れれば、悪影響を受けるおそれが有る地球外文明は他にも有るだろう。

 メルリンが予防策を講じたがるわけだ。


「そうすると……今回地球を襲った災厄の後始末は、俺達地球人の手だけでやらなきゃいけないってわけか……」


〈ああ、いや、私は別に「後始末に一切手を貸さない」とは言ってませんよ?〉


 俺が真顔で呟いたのを見て、メルリンが慌てて言葉を掛ける。


〈私は本体を一旦故郷に帰還させますが、つい先程の最終決戦の時に地球に待機させていた分身達を、私の本体が再び地球に立ち寄るその日まで、あなた達に貸し与えます。

 ……私の敵を滅ぼすのに協力してくれたお礼です〉


「そいつはまた……とんでもなく大きな『成功報酬』だな。

 『事前報酬』が(かす)んでしまうほどに」


「『成功報酬』?」


 グレイの言葉を聞いて、俺は怪訝(けげん)な顔になった。


「ああ。俺たち月下の一族にメルリンが協力を求めてきた際、俺と聖者(セイクリッド)()(ソーンズ)、そしてキョウコと真神(マカミ)が、交渉に当たっての一族代表として派遣されたんだ。

 で、交渉が合意に至ったからこそ、ガーデスを滅ぼすべく共同作戦を実行してきたわけだ。

 交渉の際、俺達4名は一族の総意を伝え、その一環として共同作戦の対価を求めた。……当然だろ?」


 言われてみれば、確かに。あれほど危険な存在を相手に戦う話だったのだから。


 『報酬』という言葉に俺がごく(かす)かな心理的抵抗を覚えたのは、俺が日本人だからだろう。

 他の人種や民族に比べ、良くも悪くも日本人はお人好しすぎ、そして更に悪い事に交渉下手だ。

 ――日本人のお人好しで交渉下手な性質は、「無償で働いてくれる人がいて当然」とか「見返りを求めずに汗を流せ」などとあつかましい事を考える奴らを蔓延(はびこ)らせる事にもなる。


「ガーデスを滅ぼすための共同作戦に協力する報酬として、メルリンは『成功報酬』と『事前報酬』を提案し、俺達とメルリンは協力と報酬についてすんなり合意した。

成功報酬は、『俺達一族が気兼ね無く繁栄していける世界』。

事前報酬は、最終決戦直前辺りの相場でおおよそ200億ドル相当の貴金属と希少元素」


 日本円換算で約2兆円――2030年12月初頭時点における全世界の、推定年間GDP(国内総生産)の約5000分の1。

 仮にこれを個人で有するとしたら、先進国の年間平均所得の数十万人分を一人占めする事になる。


 最終決戦の数日前の感覚なら、約2兆円相当の貴金属と希少元素は俺にとって莫大な財と感じられたであろうが、これからメルリンが俺達に貸し与えようとする力に比べれば、ささやかなものにすら見えた。

 だいたい、200億ドル相当の貴金属と希少元素など、メルリンなら元素転換能力であっさり造ってしまえる。

 ……我ながら、ちょっと経済感覚が麻痺しかかってる。危ない。


「成功報酬の話がえらいざっくりしているな。メルリンが提案したというその二段構えの報酬、実質的には『全額一括前払い』じゃないのか?」


「そうとも言う」


 グレイはそう言ってニカッと笑った。


「ガーデスは私達一族にとっても宿敵だったから、共同作戦の成功が殆ど自動的に私達一族の繁栄につながるのだけども」


 キョウコが相槌を打った。


「ただ、ガーデスは確かに存在しなくなったが、依耶 瑁人と融合して更にとんでもない化け物になったのは完全に想定外だったな。

 なんだかんだで、その化け物も滅んだわけだが」


〈あれは私にとっても予想外でした。まさか依耶 瑁人があそこまで破滅的な思想の持ち主だったとは。

 しかも、彼はガーデスの単なる操り人形ではなく、確固たる自我を持っていた。

 いかにガーデスという後ろ盾が有ったにせよ、あの様な破滅的な思想を持った人間が人間社会の中で巨大な組織を作り上げて上手く運営していたなどという事は、地球人類史上、私の知る限りあの一例だけです。

 通常、破滅的な思想を持った人間は、その破滅性ゆえに何ら建設的な事を成し得ないはずなので〉


 ヒトラーは最初のうちこそドイツを立て直したが結局は上手く行かなくなったし、スターリンや毛沢東などは内政や経済といった方面で見事なまでに歴史に残る大失敗をしている。

 それにひきかえ依耶は、ガーデスと融合するその日まで世界経済に対する影響力を増大させ続け、財力を増し続けた。

 たまたま依耶が拠点として選んだ日本は、依耶の影響力の余波で、『失われた40年』と呼ばれた慢性的な経済低迷を脱してもいる。

 そういう面でも、先述の独裁者達は依耶の足下にも及ばない。


 それらの事を考えると、依耶 瑁人は人間でありながら他に並び立つ人間がいない空前絶後の存在であった。

 そんな人間が元から人間を超越している存在と融合したなら、ただの一蹴りで人類を絶滅させ神も悪魔も(ことごと)く滅ぼす様な、途方も無い怪物になるのも道理というものだ。


 みんなの言葉が数秒間途切れていた間、俺はそんな事を考えた。


〈とにかく、私が何百年後かに地球に本体を立ち寄らせる時まであなた達に貸し与える分身達は、もとから月下の一族の皆さんに約束していた『成功報酬』への大幅な追加としての意味合いも有ります。

 今回の大戦は予想以上に大規模になってしまいましたし、私の分身達の力を使っていただけなければ戦後の復興が厳しくなるほど、地球に被害が出てしまいましたので〉


 そう言って、メルリンは例によって複数の光の平面を出し、地球の状況の概要を伝えた。

――メルリンと『同調』してない今は、この様に視覚に訴えるなど、既存の感覚を通じた情報伝達を併用する必要が有る。


 ……現在の地球の状況、予想はしていたが、これはひどい。


 全世界の核兵器が不完全爆発を起こして消滅し、全世界の原子力艦が炉心溶融したせいで、合わせて1000トンを超えるプルトニウムとウラン、そして炉心内の放射性廃棄物が、環境中に撒き散らされてしまっていた。

 撒き散らされた放射性物質の総放射能は実に492エクサBq(4・92×10の20乗ベクレル)を超えた。


 これはチェルノブイリ原発事故あるいは福島原発事故30回分以上の放射性物質に匹敵する総放射能であり、ツァーリ・ボンバが撒き散らしたと推定される放射性物質(半減期数日以上のものに限定)の10倍以上、そしてかつて地球上で行われた全ての大気圏内核実験による死の灰(これも半減期数日以上のものに限定)の総量すらも上回っていた。


 ――核保有国による大気圏内核実験は米ソ冷戦初期の10年余りの間に約500回に分けて行われたが、それらが一斉に行われたと仮定した場合よりも、今回の場合はさらに酷い。


 間違い無く、地球環境に悪影響が出る。

 核ミサイル発射基地の、あるいは原子力艦が滞在してたであろう港の、半径数十キロは人間が退避を余儀無くされるだろう。

 作戦行動中の原子力艦がいた海域では放射性物質の生物濃縮が起こり、海産物を食べた人間が内部被曝を起こし、放射線障害の罹患者が続出するだろう。

 そればかりか、海洋に撒き散らされた放射性物質が海流や熱帯性低気圧や台風で運ばれると、さらに広範囲で放射線障害の罹患者が激増しかねない。


 何も打つ手が無ければ、長期的な観点から見た場合の死者数が億の単位に届いても全然不思議ではない。

 安全に生活できる移住先を巡って争いが起こる事も懸念される。


「……これ、どうにかできるのか?」


 俺は自分の声から暗澹たる気分を隠せていない。たぶん表情も同じだろう。


 だが、メルリンはあっさりこう言ってのけた。


〈もしも私の敵が、軍用の原子炉のみならず商用原子炉や核廃棄物の保管施設にまで超高エネルギーニュートリノビームを照射していたら、もう少し厄介な事になっていたでしょうが――

 これぐらいなら、どうにかできます。〉


「できるのか!? どうやって?」


 俺はいささか落ち着きを欠いた声で問い返した。


〈落ち着いて考えて下さい。そうすれば、すぐに分かる事です〉


 メルリンにそう言われ、俺は努めて冷静になろうとし、数秒間黙って考えた。


「――元素転換能力の応用か」


〈ご名答〉


 メルリンは微笑を浮かべた。


〈私の本体も分身も等しく、超対称性粒子から成る細胞を構成要素としています。

 私の細胞は言わば「超対称性物質製の汎用ナノマシン」として機能し、細胞単体でも元素転換能力を持っています。


 私があなた達に貸し与える分身達を構成する 超 (スーパー) 対 称 (シンメトリック)細 胞(・セルズ・) 超 集 合 体(スーパークラスター)の5%も動員すれば、今回の件で撒き散らされた放射性元素全てを非放射性元素に転換可能です。


 所要時間は……時間加速無しで数日といったところでしょうか。

 時間加速も行うならもう少し多くの超対称細胞を動員する必要がありますが、そこまでする必要も無いでしょう。


 ついでにこの際、地球人の皆さんが処分に困っている核廃棄物も無害化してしまいましょう〉


「……は? なんじゃそりゃ!? そんなにさくっと解決できるのかよ!!」


 俺は数秒間絶句してから叫び出してしまった。

 メルリン以外の他のみんなも、開いた口が塞がらない、といった顔をしている。


〈……さくっと解決しちゃ、いけませんか?〉


 メルリンが怪訝(けげん)そうな顔をして言う。


「いや、いけないわけじゃないけどさ」


 内心、「なんだかなぁ」という気がしないでもない。


〈更に、既に放射線障害の症状が出ている生物についても、全て治してしまいます。

 死んでしまった生物も、3日以内ならほぼ100%の確率で蘇生させて完全な健康体に戻す事が可能です。


 殊に人間の場合、その自我を復元するのに必要な情報さえ確保できれば、復活可能です。

 死後の時間経過が長くなるほど、成功率は下がりますが。


 但し、私の敵の滋養となってしまった人間は、自我を復元するのに必要な情報が私の敵もろとも消滅してしまっているので、残念ながら復活不可能です〉


「……なんか、やりたい放題だな。そこまでやりたい放題できる力が有るなら、ガーデスを滅ぼす前にどうにかできなかったのか?」


 グレイも呆れた顔をして呟く。


〈さすがに、ガーデスが滅びる前に同じ事をやろうとしても無理でした。

 奴の妨害に遭うので。


 実の所、あなた達がイベンチュアル・フォーチュン号の最上甲板で依耶 瑁人とガーデスを相手に戦ってくれた日まで、私とガーデスの総戦力は常に拮抗状態だったのです。


 あなた達のおかげで拮抗状態を崩す事ができ、地球の中心核付近に巣食っていたガーデスの旧い本体を滅ぼす事はもちろん、予想外の事ながら依耶 瑁人とガーデスとの融合体をも滅ぼす事ができました。

 もう、この地球上に私の力を阻む者は存在しません〉


「……食糧問題も医療問題も環境問題もエネルギー問題も、あっさり解決しそうね」


 キョウコが額に手を当て、天を仰ぎながら、呟く。


〈死者を蘇生させるよりは、容易かと。


 但し、地球人が抱える経済問題と思想と信条の問題――言ってみれば、社会システムの問題と個々の人間の心の中の問題は、私の力だけでは解決不能です。手助けはできますが。

 ……より厳密に言えば、

 「地球人の自由意志を無視して力ずくで解決する事は可能」ですが、

 それは断じて、私が望む解決ではありません。

 それをやってしまえば、私は、私の敵と同じ様な存在に成り下がってしまいます。

 私はその様な唾棄すべき存在になりたくありません〉


「社会システムの問題と、個々の人間の心の中の問題、か」


 俺は、改めて真顔になり、呟く。


〈たとえ私が地球全土のGDPに匹敵する貴金属や希少元素を造ろうとも、それだけでは経済問題は解決できないのです。

 ――経済的価値の判断は、個々の人間の心の中の価値観に、大きく左右されるのですから〉


「むぅ……何やら、『戦後処理』の方向が(おぼろ)げに見えて来たような気がするでござるな」


 ゴズモフ先生は顎に手を当て、考え込むようにして呟いた。


「『個々の人間の心の中の問題』と言えば……地球上の生き残った人達は、それぞれの心の中で、この大事件をどう捉えるのかしら?」


 マリさんが、やや心配そうな面持ちで、疑問を発した。

 その疑問が、新たな頭痛の種となる問題を、俺の頭の中に呼び覚ました。


「あ……そう言えばあの融合体の奴、顔立ちは思いっきり依耶のそれだし、あいつ御自ら全世界生放送で「俺の構成材料となった瑁人」と明言してるし、ご丁寧にも、奴が核兵器と原子力艦を全滅させた直後の、俺達との舌戦まで全世界生放送してやがったな。

 その舌戦の際、俺達が喋った事もぜ~んぶ、意味が通る順番で放送してやがる」


 俺のその言葉に、メルリン以外の全員が頭痛を感じたかのような表情と仕草をした。

 メルリンも、少しばかり困ったような顔をしている。


「それは……実に厄介な事でござるな」


「ほんとこれ、もの凄く迷惑な『奴』の置き土産ね。……特に日本人にとって」


「既に、地球全土の生き残ったネット上で、蜂の巣をつついた様な大騒ぎになっているな」


 そう言って、グレイが光る平面のうち1つを触り、映し出される映像を切り換えた。

 ヴァクトゥールの翼のうち1枚の力で同調・巨大化変身している際にヴァクトゥールから情報を得たのであろう。グレイは慣れた手つきで映像を切り換えていた。

 さながら、タブレットでも扱っているかのように。


 案の定、全世界のネット上で、融合体の奴が全世界生放送で喋った内容全部と、俺達との舌戦の内容全部、そして遠方から俺達の戦いの様子を捉えた写真や動画が、大々的に拡散されていた。

 俺達に関する情報流出は俺達自身の声と変身状態の姿ぐらいに留まったが、それでも、「あの化け物と戦っていた者達は何者か?」という疑問に対する詮索が止む事はないだろう。


 こと俺に関して言えば、名字はともかく、『(Ken)』という名前は知れ渡ってしまっている。

 マリさんは、名前は明らかにされていないものの、ヴァクトゥールの翼の力で巨大化した蒼穹の天使(アジュール)と完全同調していた時、顔立ちはマリさん本人のそれであった。

 グレイとキョウコ、そしてゴズモフ先生は、顔も名前も割れていないが、声だけは知れ渡ってしまっている。


 そして、一連の大事件の全貌と真相について、侃侃諤諤(かんかんがくがく)たる議論が始まっていた。

 議論の火勢は既に、今年起こった『12・1 欧州同時多発テロ事件』の直前に全世界で繰り広げられたネット上の大炎上に迫る勢いであった。

 戦後復興が進むにつれ議論に参加する人間が増え、今後数年間は火勢が弱まる事は無いだろう。


「これだけ情報が拡散していれば……生き残った人達がある種の共通認識を持つ事は間違いないな。


『ヨリヤグループの総帥である依耶 瑁人が、何年も前から、ガーデスなる得体の知れない強大な存在と手を結んでいた』

『依耶は勢力拡大の過程で日本という国を侵蝕し、勢力拡大の道具とした』

『最終的に依耶 瑁人は、ガーデスともども更に強大な化け物の構成要素となった』

『その化け物は全世界の核兵器と原子力艦を消滅させ、ただの一蹴りで巨大地震を起こした。

 そして最終的に、全世界の人間の半分が犠牲となった』

『しかしながらその化け物は、宇宙に飛び出した後、何者かに滅ぼされた』


 ……こんなところか」


「日本人と、日本という国に、怨恨を向ける人達も少なくないでしょうね」


 俺が述べた『共通認識』に、キョウコが意見を述べた。


「日本もまた被害者、なのにな。こういうの、日本(ジャパン)(コトワザ)で何て言うんだったっけ?

 『坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い』かな?」


 グレイが相槌を打った。


「むぅ……マリの父方の祖母は日本人ゆえ、その様なつながりがある日本人と日本という国に、謂われ無き怨恨が向かぬ様にしたいものでござるが……」


 ゴズモフ先生は再び顎に手を当て、考え込む。

 それに対してメルリンは、ゴズモフ先生にファーストネームで呼びかけた。


〈ジーキルの懸念を払拭するのは、そんなに難しくないと思いますよ?

 少なくとも、物理的・政治的・経済的な意味では〉


「難しくない?」


〈はい。まず第1に、今の地球上に日本に対して軍事的報復を行える国は存在しません。


 全ての核兵器と原子力艦が全滅したせいで、かつて核保有国だった国々は甚大な被害を受けており、核戦力を傘に着た恫喝的な外交はもはや不可能です。


 通常戦力にしても、それを効果的に運搬できる原子力空母が全滅しているのでは、どうしようもありません。

 アメリカは空母を全て原子力化していた事が災いして、運用中の12隻と改修もしくは建造中の4隻全ての空母を失っています。

 中共も就役して日が浅い原子力空母2隻と建造中の1隻を全て失っていますし、フランスは運用中の1隻と建造中の1隻を、ロシアは建造中の1隻を、失っています〉


「通常動力艦艇は残ってるだろ。アメリカも、他の大国も」


 グレイが合いの手を入れる。


〈はい。確かにアメリカには運用中の強襲揚陸艦がまだ12隻有ります。しかしこれらの強襲揚陸艦では空母の代替は望めません。

 その他の大国は、通常動力の空母や強襲揚陸艦を多く保持していても、内乱などの鎮圧に多数の兵力を動員せざるを得ない状況に在るため、国外派兵のために乗せるべき兵力が全然足りません〉


 メルリンの言葉に、俺は相槌を打つ。


「そういや中共はここ1ヶ月半近くの間、ウイグルとチベットの独立を阻止しようとして必死になっていたな。

 その中共に隣接していた半島の某核保有国は、今回の大事件が起こる1ヶ月半ほど前に、国連軍によって滅ぼされた。

 ヨーロッパ諸国は『12・1』以後の混乱を鎮静化させるのに手一杯で、とても他国へ派兵する余力は無い。

 インドも、ヨーロッパと同様の同時多発テロに遭うわ核戦力は失うわで、他国への干渉どころか自国の治安すら危うい。

 ロシアは未だに多くの通常兵力を保持しているが、内乱や国境紛争が度々起こっている国でもあるし、核戦力の後ろ盾無くして他国に高圧的な態度に出れるものか、疑問だな」


 ……どれもこれも、そうなる様に仕組んだのは依耶だが。


〈そして第2に、日本・アメリカ・ロシアなど少数の先進国を除き、他の国々は政治的にも経済的にも困窮しています。


 困窮している国は、困窮していない国の助けを、喉から手が出るほど欲しがっています。


 このような状況で、日本を強く非難しようという国が、果たしているでしょうか?

 理路整然とした批判ならともかく、謂われ無き怨恨をぶつけて日本からの不評を買いたい国は、まずいないでしょう〉


 何かにつけて日本に謝罪と賠償を要求する大小某2国にそれが当てはまるかどうか分からないけどな。

 大きい方はあのザマだし、小さい方は多国籍軍が現在常駐していて、独立国としての体を成していないが。

 ……これも依耶が仕組んだ事だが。


「……そうすると、よっぽど対応を誤らない限り、日本が謂われ無き怨恨によって苦境に立たされる事は、無さそうでござるな」


〈はい。あなた達なら、上手く事態を収拾できると信じています〉


 かつて日本に原爆2発が投下され、日本が降伏を余儀無くされた時以降、アメリカによる核兵器の実戦使用を激しく非難する声は、アメリカの国内外を問わず多く上がった。

 しかし、その声が最終的に核廃絶を成就させる事は、ついに無かった。


 アメリカに向けられるはずの怨嗟の声はアメリカにとって大したダメージにならず、それらの怨嗟の声はアメリカ自身の核軍拡に対して無力であったし、アメリカ以外の核軍拡に対しても、全くの無力であった。


 全ての核兵器が消滅した今、日本がかつてのアメリカと似てなくもない立場に立たされているというこの事実に、俺は皮肉を感じずにはいられなかった。


 圧倒的な力の差に対し、力の伴わない怨嗟は、全くの無力なのだ。


「しかし……日本は非難を免れても、ヨリヤグループは非難を免れないだろうな。

『ヨリヤグループのAIアシスタントに依存している者ほどより多く犠牲になっている』という事実は遠からず周知されるだろうし、そうなるとヨリヤグループは壊滅的なダメージを受けるだろう。

 既存顧客の多くが文字通り消滅してるし、新たな顧客の獲得も難しい。


 ヨリヤグループは日本経済が『失われた40年』から脱出した際の立役者でもあるから、ヨリヤグループが潰れたら日本も危ない。

 ヨリヤグループが世界のAI市場から締め出された結果、日本のAI技術が凋落しかねない事も、見逃せない」


 かつて多くの日本人に原子力で電力という恩恵を(もたら)してきた反面、その同じ原子力で多くの日本人に災いを齎した東都電力を想起しながら、俺は言葉を続けた。

 その東都電力は、ヨリヤグループが旧来の原子力ムラの権益構造を破壊した結果、弱体化したが。

 その辺りにも、皮肉を感じずにはいられない。


「……ヨリヤグループは、潰さざるを得ないだろうな」


 俺の言葉に、グレイがぼそりとささやいた。


「グレイ?」


 俺の声に、グレイはさらに(ささや)きかけた。


「ただ、潰すのなら計画的に、だ。

 健、お前さん、どの道この後ヨリヤグループにはいられなくなるだろう?

 だったら、俺達と一緒に来ないか?

 月下の一族のうち一人が経営している会社に、ちょうど良い(ポスト)が有る。

 今後の計画を進めるに当たっても、うってつけの席だ」


 そう言って、グレイはニヤリと笑った。


 ……あ、これ、なんか『悪だくみ』している顔だ。


「……何をたくらんでいるのか分からないが、俺にとっても、日本にとっても、そして世界にとっても、悪いようにはならないだろうな?」


 俺は、心配になって問い返す。


「悪いようにするつもりは毛頭無いぜ。

 日本は、俺の嫁とも関わりの強い国だし、世界が不穏になるのは俺たち月下の一族にとっても望ましく無い。

 まあ、話だけでも聞いてくれよ。

 提案が気に入らなかったら大人しく引っ込めるし、その時は新たな提案をするだけの事だ」


 俺は、グレイの言葉を注意深く聴いた。

※あとがき:


 ――この物語も残りあと1話ですが、ブックマーク登録や評価ポイント投入を頂ければ幸いです。

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