↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・サプリーム・ファシスト ~傍迷惑な召喚の儀式  作者: 鶴鴇屋徳明
最終章:齎されたもの(もたらされたもの)
52/52

平穏再び

 あれから1年。クリスマスイブの夜。俺は再び『いずれ来る(イベンチュアル)幸運』(・フォーチュン)号に乗っていた。

 今夜は船全体を誰かに貸し切りされているわけでもなく、通常の運用状態である。船の一区画だけなど、部分的な貸し切りはそれぞれ別個の顧客に対してなされていたが。


 西暦2031年(令和十三年)の年明け早々、俺はMAGIソリューションズに退職願を提出して受理され、俺はMAGIソリューションズを退職した。

 そしてそれから約3ヵ月後、MAGIソリューションズを擁するヨリヤグループは解体された。


 俺の様に真相を知る人間とは違い、真相を知らない一般の人々は依耶(よりや) 瑁人(まいと)と地球人口の半数を消滅させた化け物との詳しい関連を知る由も無かった。


 しかしそれでも、あの化け物が依耶と同じ顔立ちをしていた事、あの化け物自身が「俺の構成材料となった瑁人」と全世界生放送で明言した事、あの化け物が全世界の核戦力を消滅させた事、あの化け物が四十数億人消滅の元凶と目される事は、2031年初頭の時点で既に周知の事実となっていた。

 そして、消滅した人間の過半数が、MAGIソリューションズのAIアシスタント『ペルソナ』の利用者であった事も。


 真相が分からずとも、ヨリヤグループの株を暴落させるのに充分な状況証拠は揃っていた。


 俺がMAGIソリューションズを退職して間もなく、ヨリヤホールディングスの株は大暴落。たちまち売買停止され、それからほどなくして上場廃止。

 破産法に基づく破産手続が履行され、ヨリヤホールディングス傘下の企業は『身売り』する事となった。

 その際、『アルテミスグループ』傘下の『ムーンライト法律事務所』が主要な破産管財人の地位に就いた。


 ヨリヤホールディングス傘下の海運業者の所有物であったイベンチュアル・フォーチュン号は、所有していた海運業者ごと、アルテミスグループへと所有権が移転された。

 その他、かつてヨリヤホールディングス傘下に在った大企業のうち多くが、アルテミスグループ傘下となった。

 それらの大企業の殆どには、株主と社名が変わった以外に大した変化は無かった。

 ただ1つMAGIソリューションズだけは、親会社とは別個に破産手続きが履行され、その主要な破産管財人もまた、ムーンライト法律事務所であった。


 MAGIソリューションズに所属していた有能なAI技術者と法務・財務の専門家達のうち多くは、アルテミスグループが元々擁していたAI開発企業『セレーネ』に雇用された。

 セレーネ社は、ヨリヤグループの消滅で生じたAI市場の空白地帯を、あっという間に占領していった。


 今の俺の肩書きは、そのセレーネ社の『特別顧問』である。――表向きは。

 裏では、月下の一族と協力して、依耶が起こした大事件の『戦後処理』の為に色々動いている。

 セレーネ社の『特別顧問』の席(ポスト)は、その為に月下の一族が用意したものだ。

 そうでなければ、AI技術者としてはいささか実績が少ない俺が就くのが少々難しいポストであった。


 表向きでも、MAGIソリューションズの『ペルソナ』が引き起こした諸問題を解決する為の仕事が、俺に優先的に回ってくる。

 表でも裏でも忙しい日常だが、充実している。


 セレーネ社には俺に『無意識の悪意』を向ける者は存在しない。もちろん、意識して悪意を向ける者も皆無だ。

 俺自身も意識して誰かに悪意を向ける事は無いし、俺自身の『無意識の悪意』には最大限の警戒を怠らない。

 俺にとってセレーネ社は、MAGIソリューションズにいた時よりも、ずっと居心地が良い。


 多忙な中どうにか時間をやりくりして、今、俺はマリさんと二人きりで夕食を楽しんでいた。

 イベンチュアル・フォーチュン号の船内レストランのうち1つの、1室を借り切って。

 全部俺のおごりだが、今の俺の懐具合と比較すると、大した額ではない。

 俺は1年前の夜に着ていたものと同じスーツを着ており、マリさんは紺色を基調とした奥ゆかしい印象のドレスを纏(まと)っている。


 メインディッシュを平らげたマリさんは、静かな動作でテーブルナプキンを手に取って口元を拭い、改めて口を開いた。


「御存知かしら、健。この船、『奇跡の船』として大人気なんですって。

 特に新婚夫婦が結婚式を挙げるのにひっぱりだこで、

 『この船で結婚式を挙げると必ず夫婦円満になり、離婚率ゼロ』という都市伝説が早くも生まれているらしいわよ?」


「さもありなん、だな。一旦真っ二つになった後、完全に復元されたなどという、普通に考えて信じ難い事が起こっている船だし」


 実際、セレーネ社が擁するAIコアシステム『ADAM』によると、2031年以降この船で結婚式を挙げたカップルの離婚率はゼロとの事。

 偶然が重なっただけか、あるいは何か謎めいたパワーが作用しているのかは知らないが、ともかく、この新しい都市伝説は定着しつつある。

 この船が一旦真っ二つになったにも関わらず完全に復元された、という紛れもない真実もまた、今のところは都市伝説扱いされている。あれだけ多くの目撃者がいたにも関わらず。

 だがいずれは、都市伝説ではなく真実であると認知されるだろう。


 昨年の大事件に巻き込まれて死んだ人達のうち、一部は、メルリンが貸し与えてくれた分身達―― 超 (スーパー) 対 称 (シンメトリック)細 胞(・セルズ・) 超 集 合 体(スーパークラスター)の力で復活している。

 その力を行使する権限は、メルリンが選別したメンバー――グレイ、キョウコ、月下の一族の長と何名かの幹部、陽光の結社の長と何名かの幹部、ゴズモフ先生、マリさん、そして俺――に与えられた。

 そして、超対称細胞超集合体の莫大な情報処理能力による補佐の下、生き返らせる人間の選別に当たっては、権限を有するメンバーにある程度の裁量をも与えられた。


 万が一権限保有者に欠員が出た場合、権限保有者全員が予め決めておいた『後継者』に権限が委ねられる取り決めになっている。また、月下の一族にしろ陽光の結社にしろ、超対称細胞超集合体およびその使用権限の事は、慎重に選定されたごく限られた構成員のみが知る機密事項となっている。


 我ながらもの凄い権限と裁量を与えられていると思うが、ごく普通の人間の医者だって『命の選別』を迫られるのは日常茶飯事だ。特に、救急医療の現場や野戦病院の様な所にいる医者にとっては。

 そうは言うものの、力の行使には細心の注意を払い続けるよう、自分自身に戒めている。それは、他の権限保有者も例外ではない。


 もっとも、あの大事件で死んだ人達の復活に際して、権限保有者が復活を承認しなかった人間は殆どいなかった。

 なぜなら、復活を承認されないような人間――いわゆる『悪意』の強さが一線を越えている人間――は、あの大事件の際に依耶とガーデスとの融合体の『滋養』となり、融合体と共に悉(ことごと)く滅び去っていたからだ。


 その結果、2031年現在の地球人口は約50億人。数億人が生き返った計算になる。

 これだけ見れば大騒ぎになりそうなものだが、四十数億人が一斉に消滅するという未曾有の大事件の中、世界各国で戸籍を管理する当局も大混乱に陥っていたので、相対的にあまり目立たなかった。


 地球人口が激変した2031年現在の地球では、国際政治の様相も激変していた。


 『 連 合(United) 国 (Nations)』――いわゆる『国際連合』――は名実共に機能不全に陥っていた。

 安全保障理事会において拒否権を持つ常任理事国全てが、その影響力の源泉でもあった核兵器を全て失ってしまったのだから、当然の結果と言えるだろう。


 副次的な影響力の源泉として『分担金』が有るが、分担金が多かった大国のうち、中共の支払い能力は著しく低下し、この面でも影響力を失う事となった。

 泥沼化した『ウイグル独立戦争』と『チベット独立戦争』での戦費激増、そして国内で頻発したデモや内乱の鎮圧で強いられた負担が大き過ぎた事により、中共の分担金の支払い能力が無い事は誰の目からも明らかだった。


 中共ほど酷くはなかったが、『12・1 欧州同時多発テロ事件』の惨禍に遭ったイギリス・フランスも、圧し掛かる分担金に悲鳴を上げた。

 EU(欧州連合)の経済において主導権を握っていたドイツはいくらかマシであったが……。


 ロシアは、潜在的な支払い能力は有ったものの、内乱と国境紛争の抑制に力を割く為、分担金の支払いを渋った。


 分担金をまともに支払えるのは、日本、そして滞納が多かったものの分担金支払い額の累計が一番多かったアメリカぐらいのものだった。

 ――核兵器と原子力空母を全て失ったにも関わらず、経済力の面では未だ影響力を失っていない辺り、この国の底知れなさを感じる。


 ともあれ、必然的に国連における日本の影響力が増す事になった。


 分担金の負担増を求める諸国に対し、日本政府は3つの条件を出した。

 1つ目は、日本の常任理事国化とそれに伴う敵国条項削除。

 2つ目は、常任理事国の拒否権廃止。

 3つ目は、安全保障理事会においては多数決をもって可決する事。


 当然、中共・ロシアは反対したが、イギリス・フランスが渋々承認の意を示し、アメリカは打算から日本の後押しをしたため、国連は日本の要求を全て呑む事となった。


 日本の常任理事国入りに当たって、月下の一族と陽光の結社による根回しも功を奏していた。

 月下の一族と陽光の結社は、ゆくゆくは国連を平和裏に解体し、それに代わる組織として2050年を目途に『地球連邦』を設立、それと同時に『地球暦』を施行する構想を持っているらしい。


 日本の常任理事国入りに伴い、世界の平和と治安を確保するための多国籍軍への日本軍参加を円滑にするため、令和十三年八月十五日、ついに憲法9条が改正された。――反対の声は思いのほか少なかった。

 自衛隊は晴れて『国防軍』として憲法に明記され、世界の平和と治安の確保のために尽力する事となった。

 国外派兵は安全保障理事会の可決無しにはできない様に定められたので、かつて日本の極左政党が宣(のたま)った様な「人殺しの為の海外派兵」などという声は皆無であった。


 余談だが、最終的にウイグルとチベットは国家として独立を果たし、中共はかつてのソ連の二の舞となって崩壊し、ウイグルとチベットの他3ヶ国の、合わせて5ヶ国に分裂した。

 空いた常任理事国の席は、国連創設時と同じく、台湾(中華民国)が占める事になった。


 『(The )融合(Fused)体』(One)(ザ・フューズド・ワン)――英文では「FO」とも略される、依耶とガーデスとの融合体の公式呼称――は、世界の宗教にも激変を齎(もたら)した。

 俺の予想した通り、融合体の消滅以後、既存の宗教を棄教する人が増えた。

 また、自爆テロを行う様な宗教組織や、金と組織力で横暴の限りを尽くす様な腐敗した宗教組織が、存在しなくなっていた。

 皮肉な事にこれも、いわゆる『悪意』の強さが一線を越えている人間が融合体の『滋養』となり、融合体と共に悉(ことごと)く滅び去った結果であった。


 だが、全ての宗教が消滅したわけではなかった。

 廃れていく宗教がある一方、最終決戦直後にヴァクトゥールの体内で行われたメルリンとマリさんとの問答の中で出て来た、『汎神論』的な宗教――科学と調和し尚且つ排他的ではなく穏健な宗教――が、静かに広まりつつあった。

 これには陽光の結社が関わっており、その中でもマリさんとゴズモフ先生はかなり重要な役割を担っているとの話を、俺はマリさん自身の口から聞いた。


 排他的あるいは後ろ暗い所の多い宗教組織が消え、穏健で公正明大な宗教組織ばかりになれば、いわゆる宗教上の聖地を巡る問題が解決に近付く事だろう。


 会食を終えた後、俺とマリさんは最上甲板に出た。


 もうすぐ最終決戦から1年経とうとしている。

 最終決戦の後、イベンチュアル・フォーチュン号は、当初の予定通りの2030年12月25日の午前8時に、元通りの姿で静岡県の清水港へ空間転移した。

 メルリンの本体であるヴァクトゥールも元通り13枚の翼を持つ姿となり、地球から離れて行った。

 その時、離れて行くヴァクトゥールの光と陽光とに照らされた富士山を、やけに眩しく感じたのを今でもはっきり覚えている。


 ――当初の予想とは違い、別にこれが今生の別れになるというわけでもなさそうだった。


 今後の俺の生涯において、ヴァクトゥールの全貌を再び目にする機会が有るかどうかは怪しいが、会話自体は、その気になれば俺達に貸し与えられた超対称細胞の力によって、いつでもできる。

 感覚的には、気軽に会いに行けなくなった遠方の友人と国際電話で会話するようなものだった。

 但し、よっぽど重大な問題が発生しない限り、こちらから気軽に助けを求めるような事は言わないし、メルリンも、人間への過干渉を好まない。

 貸し与えられた超対称細胞群の手助けは受けていても、最終的に進む方向は、俺達人間の自由意思に委ねられている。

 超対称細胞超集合体の使用権限を与えられた俺達は、最終的には、超集合体をメルリンに返納する日がやって来てもつつがなくやっていけるように、地球文明が成熟する事を望んでいる。


 そして――俺は今、人生における一大告白を、マリさんに対してしようとしていた。


「マリさん」


「……何かしら?」


「俺と……結婚してください!!」


 俺はそう言って、直立不動の姿勢から深々とお辞儀をした。

 ……後から考えると、工夫も何も無い、どストレートな告白だったが、当時は告白するだけで精一杯だった。


 辺りを支配する沈黙が数秒続く。不安になった俺が上目づかいに前を見ると、彼女は意味ありげな微笑を浮かべ、黙っていた。

 そして、右手の人差し指を頤(おとがい)に当て、もったいぶった口調で、こう言った。


「……んー、どっしよっかなぁ~?」


 ……え? え? えぇ~っ!? 何、この肯定とも否定とも取れない、返事!?


 その時の俺の表情はさぞかし情けない表情であったに違いない。

 それを見かねてか、彼女は言葉を続けた。


「私(わたくし)は良くても、まず私の両親と、あの伯父様を、最低限説得しなければなりませんわよ?」


「そ、それは……がんばる」


「それに私自身も、明確に『はい』とは言ってませんわよ?」


 な、何、このもてあそばれてるような感覚……。


 そんな俺に対し、彼女は右手を軽く握り、人差し指だけをまっすぐ出した形にして、「ビシッ」という擬音が聞こえそうな勢いで、俺の眼の前に突き出した。


「1年。あと1年だけ、私(わたくし)に考える時間を下さいな。

 その間に、私の両親、そして伯父様を、説得して下さいな」


 そう言って、マリさんはニカッと笑った。

 俺には、その提案に従う以外の選択肢は無かった。


 その後、俺とマリさんの関係がどうなったか……それは、読者の皆様のご想像に任せるとしよう。

※あとがき:


 ――この物語もどうにか無事に完結を迎えました。


 この物語の着想を得たのが、今からほぼ一年前。


 当初の予定では10万字ぐらいの長さの物語を半年かけて完結させる予定でしたが、

色々有って思う様に執筆できず、どうにかこうにか完結してみれば、

20万字を超える物語となり、執筆期間も1年に数日足らない程度の日数を要する事となりました。


 この長さの長編小説をようやく1本完結まで書き切って感じたのは、

『なろう』において総合ポイント上位にいる人達や、

プロの作家達との、埋め難い実力差。


 質について妥協したつもりはないものの、

いかんせん、執筆速度において勝負になる気がしません。

 それに、糊口を凌ぐ身では、執筆時間とモチベーションの確保がやはり難しい。


 モチベーションはまだしも、

本業を疎かにせずに執筆時間を確保する方が、より難しいです。

 1日当たり2時間も取れれば上出来、

仕事から帰って来て夕食と入浴を済ませた後は寝るだけ、

などという日を過ごした日が何日有った事やら。


『専業作家』になれれば時間は確保できるでしょうが、

それで食っていけるかどうかはまた別問題……。


 それでも少しだけ『やり遂げた』感が有ります。

 もう少し言えば、『自分が読みたかった物語を自分自身で描けた』という実感。


 色々出し切った感が有るので、当分は一次創作の長編を書く余力は無いですが、

 ぼちぼち、この作品を書くあいだ放置していた三次創作

(私の個人サイトで細々と続けて来た『アレ』)を完結させる所存です。


 ともあれ、ブックマーク登録や評価ポイント投入を下さった皆さんに感謝申し上げます。


 ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。