援軍
甲板に開いた丸い穴の周囲に着地した4人を見て、メルリンは満足気に微笑んだ。
そしてメルリンは、ガーデスに向かってこう言い放った。
〈生憎ですが、この場に乗り込んで来たのは1体の私だけではありません。
お前は力と恐怖で多くの存在を下僕としていますが、
私には、互いに尊重し合う友達が、味方してくれるのですよ〉
メルリンの言葉に、ガーデスは激昂する。
〈何が『互いに尊重し合う友達』だ! 1体が5体に増えただけではないか!!
我が部下どもの数の暴力で押し潰してくれ……ぅおぶっ!!〉
荒々しい口上を吐いていたガーデスの口を、茨の蔓のようなものが、鞭のごとく打ち据えた。
「あんまり、人間を無礼ない方がいいぜ? 生首野郎」
黒いモーニングドレスを着た若い男性が言い放つ。コスプレパーティー会場に行く直前に会った男性だ。
その袖口からは、半ば透き通った茨の鞭の様なものが伸びていた。
「私達が厳密な意味で『人間』かどうかは議論の余地が有るけどね」
白いチャイナドレス風の礼服を来た若い女性が合いの手を入れる。こちらの女性にも、コスプレパーティー会場に行く直前に会った。
「俺達自身が『自分は人間だ!』と自覚すれば、それで良くね?
だいたい、古今東西の法律書に『議論の余地が無いほど厳密かつ正確な、人間の定義』が書かれているのなんて、見た事無ぇーぜ? 俺」
黒いモーニングドレスの男性が更に合いの手に応える。
「ちょっと、キョウコ、さっきの言い草じゃ、私も人間かどうか疑わしいように聞こえますけど!?」
長い金髪を後ろで三つ編みにした碧い眼の若い女性が、中華風の白い礼服の女性――キョウコの方を向いて抗議の声を上げる。
……え? この声……マリさん?
しかし今の彼女の服装は、ほんの1時間余り前に初めて会ったマリさんの服装とは大きく違う。
白いローブではなく、紺色を基調とした戦闘服。軍の特殊部隊で使われている様な戦闘服だ。
別人――たとえば、双子――の可能性も有る。
戦闘服を着た彼女に、黒いモーニングドレスの男性が声を掛ける。
「マリちゃん自身の能力も、マリちゃんの守護聖霊の能力も、大概人外じみてると思うがなぁ」
「それは否定し切れんでござる。……拙者の相方の能力もまた然り、でござるが」
相槌を打ったのは、黒い牧師服の壮年男性だった。
――間違い無い。この人は、俺がほんの1時間余り前に会った、ジーキル・ゴズモフその人だ。
「ひっどーい! 伯父さままで! それに、グレイ、『マリちゃん』と呼ぶのは止めてくださる!?」
「えー? いいじゃないか。ほんの10年くらい前は、そう呼ばせてくれたのに……」
そのグレイの言葉を遮るようにして、キョウコが口を開く。
「私の言い方に語弊が有った様ね。ごめんなさい、マリ」
「……んー、私も、些細な言葉尻に過敏になってしまったみたい。
ごめんなさいね、キョウコ」
やはり、戦闘服を着た女性はマリさん本人だ。双子などではないらしい。
そして、黒いモーニングドレスの男性が、グレイという名前だと分かった。
突如として現れた4人全員の名前を俺が確認できたちょうどその時、グレイに生首野郎呼ばわりされたガーデスの怒声が、脳に響いた。
〈えぇーい! 我に無礼を働いたばかりか、あまつさえ我を目の前にして雑談する不遜な人間どもめ! 叩き潰してくれる!!〉
マリさんから渡された三日月のペンダントが生み出した光の結界が無ければ、俺はその怒声に身が竦んだかもしれない。
〈行け、我が部下ども! この不遜な人間どもを殺せ!!〉
憤怒の念に満ちたガーデスの号令と共に、俺と4人組とメルリンのいる方向目がけて、ガーデスの親衛隊が殺到してきた。
先陣を切ったのは、赤銅色の怪物ども数十体。
だがそいつらは、攻撃を仕掛ける前に数体ずつまとめて切り刻まれていった。
そいつらを切り刻んだのは、目にも留まらぬ速さで動く10本以上の茨の蔓。
茨の蔓は半ば透き通っており、数十メートルにも渡って伸び、縦横無尽に動いて赤銅色の怪物どもを切り刻んでいった。
10本以上の茨の蔓の根元側は、全てグレイに巻き付いていた。
何重にも巻き付いた半透明の茨はグレイの全身をカバーしており、敵の攻撃を防ぐ装甲として機能している。
「俺の『聖者の茨』は……生首野郎やその眷属たるてめえらの様な、悪意に満ちた存在であればあるほど、与えるダメージが大きくなるんだぜ?」
そう言って、グレイが不敵な笑みを浮かべる。その唇から、発達した犬歯が見えた様な気がした。
グレイの言葉に呼応するかのように、狼の雄叫びが聞こえた。
雄叫びの方向に目を向けると、キョウコのすぐ前方に大きな蒼い狼が現れていた。
その狼も、半ば透き通っている。明らかに、普通の狼ではありえない。
その狼の全身の体毛が逆立ち、逆立った体毛のうち数百本が、周囲の怪物目掛けて飛んで行った。
一瞬後、襲いかかって来た怪物数体に、ごく細いきらめく針の様な体毛が突き刺さっていた。
そして体毛が発火し、何体もの怪物が絶叫を上げながら青白い炎に灼き尽くされた。
だが中には、青白い炎に灼かれながらもキョウコに向かって突進してきた個体も1体いた。
「破ッ!!」
掛け声一閃、キョウコが両手で掌打を繰り出す。
それが突進してきた奴に当たるや否や、彼女の両手の掌から青白い光の衝撃波のようなものが生じ、突進してきた奴を跡形も無く吹き飛ばした。
「新月間近とは言え、煉獄刺毛針だけでは滅ぼし切れない敵もいるあたり、さすが親衛隊と言ったところかしら?」
彼女はそう言うと、目の前の狼に視線を移し、叫んだ。
「行くわよ! マカミ」
〈承知!〉
マカミと呼ばれた蒼い狼の声が俺の脳内に響いたかと思うと、そのマカミは前を向いたまま後方に跳躍し、キョウコと重なり合った。
そして、見る見るうちに、彼女を変貌させた。
「オオォーーンッッ!!!」
雄叫びと共に、キョウコの全身が隆起し、豊かな蒼い体毛で覆われる。それに伴い、中華風の白い礼服は内側から弾け飛んだ。
数瞬後、そこには後脚で直立する蒼い狼の様な存在が現れた。
身長約2m余り。耳は狼のそれと化し、狼の尻尾が生え、やや前傾姿勢ではあるが、体型はむしろ人間に近い。
前足は人間の両手同様、物をつかむのに適した形をしている。
両手両足には、銀色の光沢を帯びた鉤爪が生えている。
そして顔貌は狼のそれであり、発達した牙が生えているが、眼差しはキョウコのそれである。
『人狼』――古くから伝承されてきた存在が、そこに立っていた。
ヴォッッ!!
何か大きな物体が高速で通過した際に生じる様な突風が生じたかと思うと、人狼と化したキョウコは、既に上空に跳躍していた。
そして、その通過線上にいた怪物ども数体がいつの間にか切り裂かれており、甲板に墜落した後、ピクリとも動かなくなった。
――やはりさっきゴズモフ先生が言った通り、この船の最上甲板と超対称物質で作られた装甲板が、重ね合わせ状態になっているらしい。
さもなければ、超対称生物であるところのさっき墜落した怪物は、通常物質で作られた船体と相互作用せずにすり抜け、地球の重力に引かれてそのまま落下していくはずだ。
キョウコは、空中に浮遊したまま、手や足の鉤爪で怪物どもを薙ぎ払っていく。
時には怪物を蹴り飛ばして急激な方向転換を行い、上空の怪物どもを翻弄する。
「おー、さすが俺の嫁! 『合身』状態なら、月齢に関係無くマカミの能力を引き出せるからな!」
グレイは涼しい顔でそう言いながら、10本以上の『聖者の茨』で敵を切り刻み続ける。
聖者の茨は、味方を攻撃する事なく器用に避け、敵だけを的確に攻撃している。
グレイの戦闘力、そしてマカミと呼ばれた蒼い狼と『合身』したキョウコの戦闘力により、多くの怪物どもは俺から半径5m以内に近付く前に屠られていった。
だが中には、俺の間近まで迫って来た奴もいた。
「!!」
ガーデスですら通過できなかった光の結界に守られているから大丈夫であろうとは言え、俺は反射的に身構える。
と、その時。
「超対称光衝波!!」
ドゴゥゥゥンッッ!!!
マリさんが裂帛の気合を込めて叫んだかと思うと、俺の視界は黄金色一色に一瞬染まり、轟音が響いた。
それから一瞬遅れてもう一度、俺の視界は黄金色一色に一瞬染まり、轟音が足下から伝わって来た。
ゴドゥゥゥンッッ!!!
今の技を見た俺は、メルリンから貰った知識と、俺の周囲で戦っている人達の言葉から、技の性質を推察した。
どうやら、大量の「超対称光子」を生み出して爆轟と成し、超対称光子の衝撃波で敵を攻撃する技である様だ。
そして、通常物質の世界の衝撃波が堅牢な物質に当たると反射するのと同じく、充分に堅牢な超対称物質に当たると、超対称光子の衝撃波は反射する。
最初の衝撃波と反射波。二段構えの爆轟によって、俺の間近まで迫った怪物はもちろんのこと、他にも多くの怪物が灰燼と化した。
さっきキョウコに切り裂かれて甲板に墜落した怪物どもも、同様に灰燼と化した。
その一方、敵以外には影響が無く、船も無事であった。
グレイが言った通り、「超対称光衝波」という技には敵味方識別機能が有るようだ。
グレイとキョウコ、そしてゴズモフ先生とマリさん。その4人が最上甲板に上がって来る少し前にも、俺は今さっきと同じ様な爆音を認識した。
それは、最上甲板より下の層でも「超対称光衝波」が使われたせいに違い無い。
その時、超対称光子の衝撃波は、最上甲板と重ね合わせ状態になっている超対称物質製の装甲板に当たってから下向きに反射されたが、その衝撃は重ね合わせ状態になっている通常物質製の甲板にも伝わり、それが俺の足下から響いた。
詳しい理屈は分からなかったが、通常物質製の甲板と超対称物質製の装甲板は単に同一空間を占めていたというだけでなく、未知の量子重力効果によって相互作用し、地球の重力に引かれて落下しないようしっかり連結されていたようだ。
だから、超対称光子の衝撃波に起因する爆音が俺にも伝わった。――そういう事なのだろう。
船の最上甲板に超対称物質製の装甲板が重ねられていた理由の1つは、人間を隠れ蓑にして奇襲をしかけてくるであろう超対称生命体の移動を妨害するために違い無い。
人間は出入口を封鎖された状態で最上甲板に上がる事はできないし、超対称生命体は超対称物質製の装甲板を破壊するなり迂回するなりしなければ、装甲板の向こう側に移動できない。
たとえ装甲板をどうにかできたとしても、ガーデス配下の超対称生物が多数、そこら中で見張っている。破壊であれ迂回であれ、見張りに気付かれずにガーデスに接近するのは難しいだろう。
ガーデスは今宵の宴で「依耶が『味付け』した俺の『魂』をじっくり味わって喰らう」事を目的としていた様だが、その際に配下の超対称生物を周囲に待機させるための『足場』を確保するというのも、超対称物質製の装甲板を用意した理由の1つであったろう。
ガーデスにとっては皮肉な事だが、用意した超対称物質製の装甲板は、俺の周囲で戦ってくれている4人にとっても、有利に働いた様だ。
超対称光衝波によって一度に百体以上の怪物が灰燼と化した直後、俺は、マリさんの背後にマリさんとよく似た女性の姿を見た。
一見して双子かと思ったが、良く見ると、マリさんの背後の女性はマリさんよりもやや面長である。
マリさんの背後の女性はマリさんと同じ髪型をして、金色をアクセントとした蒼穹の色の金属鎧を身に着けていた。
右手には、白い光を帯びた大剣。左手には、小型盾に似た形の手甲。頭上と背後には、金色の光輪。
そして背中からは、白銀の羽根から成る三対六枚の翼が生えていた。
その姿は、神話の中の『天使』そのものだった。




