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爆発

 イスラム教徒と非イスラム教徒の非難の応酬に端を発した罵(ののし)り合い。

 全世界のネットを炎上騒ぎに巻き込んだ罵り合いの過熱が臨界点に達した時、それは起こった。


 ヨーロッパ各地での、同時多発テロ。


 最初は、ロンドンで起こった。


「今日(こんにち)のパレスチナに大いなる災いを齎(もたら)した野蛮人どもの国々に、血の報復を!!!」


 一人の狂信者がそう叫んだ瞬間、ロンドン証券取引所、イングランド銀行、そしてロンドン塔が爆発し、瓦礫(がれき)の山と化した。


 その後パリで、ほぼ同時刻と言っても良い時間差で、凱旋門、ヴェルサイユ宮殿、パリ造幣局が爆発し、見るも無惨な姿となった。


 その少し後、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリアなど、かつて植民地争奪戦で鎬(しのぎ)を削った欧州諸国で、金融街の重要建築物や各国の歴史を象徴する建築物が爆発した。


 たちまち、英国のスターリング・ポンドとユーロは未曾有の大暴落に陥った。


 狙いすましてその大混乱に乗じたとしか思えないタイミングで、今度は先述の欧州各国の首都で無差別銃撃事件が続発した。


 銃撃犯は、例外無く熱に浮かされた様に叫び続けながら乱射した。


「唯一神の御心のまま(インシャラー)に!!」

「唯一神は偉大なり!!(アッラーフ・アクバル)」


 銃撃犯達は銃弾を打ち尽くすと例外無く自爆したが、その際の爆発力が異様であった。

 まるで4・8トン榴爆弾のごとく、一人自爆する毎に都市の一区画が木端微塵に粉砕された。

――たとえ自爆テロ犯一人一人がTNT爆薬10kgを全身に巻きつけていたとしても、ここまでの破壊力は出ない。


 最初は超小型核爆弾(ミニニューク)の使用が疑われたが、どの爆心地からも放射性物質は一切検出されなかった。


 後に『12・1 欧州同時多発テロ事件』と呼ばれる様になったこの大事件で、推定10万人以上が死亡した。

――死亡認定された者の中には、遺体が一欠片(かけら)すらも残らなかった者が少なくなかった。


 爆発による火災がようやく鎮火した頃、イスラム系の過激派組織がこぞって声明を出したが、驚いた事に、それらはいずれも犯行声明ではなかった。

 それどころか、必死に犯行を否認した。


 たちまち、欧州(ヨーロッパ)人の間で憎悪の炎が燃え上がった。


 欧州人のうち、憎悪に駆られた暴徒達は、イスラム系の移民を見かけるや否や、見境無く私刑(リンチ)の標的(ターゲット)とした。


 欧州各国で非常事態宣言が発令されて暴徒達が鎮圧されるまでの間に、イスラム系の移民2万人以上が犠牲となった。

 それは、歴史に悪名高い『サン・バルテルミの虐殺』事件に匹敵する犠牲者数であった。


 イスラム系武装組織が怯える様に犯行否認声明を出す中、その態度を『卑劣極まり無し』として憤慨(ふんがい)したユダヤ系の極右武装集団がガザ地区とイスラエルの国境付近でパレスチナ人を私刑(リンチ)の標的(ターゲット)にし始めると、それに憤(いきどお)るパレスチナ人達が応戦。


 ロンドンでの最初の爆発から第5次中東戦争の勃発まで、わずか4日間の出来事であった。


 ヨーロッパと中東での憎悪の炎に感化されたのか、核保有国であるパキスタンで異教徒排斥を唱える運動が勃発したが、その翌日、不可解にも沈静化し始めた。

 その直後、隣の核保有国であるインドが、『パキスタンの腐敗した権力者層からのカシミールの開放』というこじつけめいた大義名分を掲げ、突如としてパキスタンに宣戦布告した。


 ついに核戦争勃発か!? と騒がれたが、更に不可解な事に、インドの通常戦力に蹂躙(じゅうりん)されていくパキスタンが核兵器を使うそぶりは、一向に見られなかった。


 中共が国連安保理に「カシミールへの進軍阻止の為の、インドへの多国籍軍派遣」を提議したものの、アメリカ・フランス・イギリスが拒否権を行使したため、否決された。


 それから間もなく、今度はインドで同時多発テロが起きた。

 これも不可解な事に、ヨーロッパでの同時多発テロで起きたのと同様の爆発が相次いで起こった。

 更に不可解な事に、犠牲者のうち上位カーストに属する者の比率が、目立って多かった。


 世界経済は混乱の極みに達し、多くの国や地域が不穏な空気に包まれたが、日本・アメリカ・ロシアは比較的平穏であった。


 2030年12月15日午前零時を起点とした過去3ヶ月間における、日本円と米ドルの交換レートの平均はおおよそ「1ドル=100円」であったが、変動が激しく、70円台前半から130円台後半の間を行ったり来たりしていた。

 日本中の色々な業種の人間が、それぞれの事情によって、円の乱高下に一喜一憂した。

 米ドルは日本円以上に強く、価値の安定性では日本円を上回っていた。


 ルーブルはいくらか値を下げたが、ロシアが大国であり産油国でもあったせいか、下げ幅は緩やかであった。


 人民元は、米ドルとは大いに違って悲惨な状態となった。

 史上初めて「1ドル=9人民元」のレベルを大きく超えて下落し、まだ底が見えない状態であった。


 ユーロも大きく下落し、一時「1ユーロ=79・42円」まで値を下げた後、80円台前後をふらつき始めた。

 スターリング・ポンドは「1ポンド=94・89円」まで下落した後、値戻しの気配が見えなくなった。


 少数の強い通貨を除き、殆どの国や地域の通貨が大暴落した。


 第5次中東戦争が勃発したせいで原油価格は高騰。

 中東情勢が悪化する度に、原油価格高騰は日本経済に大きな打撃を与えてきたが、意外にも今回は、日本にとってはあまり大きな打撃にならなかった。

 ここ数年の間に稼働を始めた石油生産藻類プラントや進行波炉が、打撃を弱める一助となっていた。


 ――実はヨリヤグループが、政官民一体となったエネルギー源安定化プロジェクトにおいて主導的な役割を果たしていた。

 ヨリヤグループの急激な成長に合わせる様にして、石油生産藻類プラントの増設や進行波炉の建設が信じられないほどの急ピッチで進められたのだが、それは、ヨリヤグループと対立した旧来の権益集団の失墜と無関係ではなかっただろう。


 特に、旧来の軽水炉よりも安全性が高く核廃棄物も大幅に減らせる核分裂炉である『進行波炉』は、ヨリヤグループが旧来の原子力ムラの権益構造を破壊していなければ、こんなに早く商用化しなかったはずだ。


 今や進行波炉は、「核融合炉商用化までの重要な『つなぎ』」としての地位を確立しつつある。


 ヨリヤグループは、暗号通貨の普及にも力を注いでいた。その事と世界中の法定通貨の多くが大暴落した事とが相俟(あいま)ってか、2010年代後半のビットコイン急騰もかくやと思わせるほどに、多くの暗号通貨が再び急騰した。

 特に、ビットコインやリップルなど黎明期から存続してきた暗号通貨や、ヨリヤグループの独自暗号通貨『MAICA(マイカ)』の急騰が著しかった。



 とにかく、色々な要因が重なったせいで、不穏な空気に満ちた多くの国や地域を尻目に、日本は概(おおむ)ね平穏であった。


 その平穏の中――1通の招待状が、俺に届いた。

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