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選んだ理由

 俺は、今日何度目かになる沈思黙考の末、数分後に口を開いた。


「……なんで、俺を選んだ?」


〈誰でも良いというわけにはいかないのです。


 まず第一に、事情を説明した上で同意してくれる見込みが一定水準以上有る人物でなければなりません。


 ――隠密状態を持続したままで敵を殲滅(せんめつ)するに足る力を振るうには、私が重なり合う相手の同意を得て、同調状態になる必要が有るのです。


 同調無しでも力を振るう事は可能ですが、その場合、重なり合う相手の精神崩壊を招きます〉


 メルリンが力を振るうに当たっての条件全てを俺が知る由も無いが、重要条件の1つが彼自身の行動原理と強く関わっている事は、何となく理解できた。


〈くだけた言い方をすれば、『波長が合う人物』という事です。

 少なくとも、月を見上げて深くもの思いする様な、ある意味想像力豊かな人物である必要が有ります〉


 いくらなんでも、条件はそれだけじゃないだろ?


〈はい。該当する人物の中から、数々の条件を以て(ふる)い分けします。


 ある程度以上の教養や科学知識を持つ事、排他的な宗教や思想に与していない事、少なくとも標準的な人間が有する程度の倫理観を持つ事……等々です。


 あなたは意外に思うかも知れませんが、これら全ての条件を満たす人間は地球上にそれほど多くは無いのですよ?〉


 そんなわけ……あるかもしれない。例えばアメリカの様な先進国でさえ、進化論を否定して創造論を支持する人は少なく見積もっても半分近くいるらしいし。


 ローマ教皇でさえ「進化論は仮説以上のもので、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたもの」という発言をする様になった20世紀以降のこの世界で、未だに進化論を頑なに否定する人間が多いというのが、俺には信じ難い。


 あくまでも教皇不可謬説の立場を取るとしたら、近年のローマ教皇がごく一部でも進化論を認めた事は、過去のローマ教皇にとって間違い無く「異端の教え」だろう。


 「排他的な宗教や思想に与していない事」という条件で篩い分けたら、例えば一神教の過激な信者や、特定人種あるいは民族の至上主義者とかは、全員アウトだ。


 一神教の過激な信者でなくても、特定の範疇(カテゴリー)に属する人間を弾圧したり劣等者扱いする様な連中も全員アウトだ。


 そう考えると……メルリンが言う条件を満たす人間が多い国や地域とは……って事になるな。

 しかしそれでも、条件を満たす人間が俺だけという事は有り得ない。


〈はい。先述の条件を全て満たし、尚且つ、敵司令官の隠れ蓑となっている依耶(よりや) 瑁人(まいと)に対し、互いの顔を視認できる程度の距離に近づき得る人間となると、8桁を下回りますが。


 ――私が敵司令官を確実に殲滅するには、その程度の距離まで接敵する必要が有ります。


 そして敵司令官を確実に殲滅できれば、敵の首領を完全に滅ぼす次の作戦段階に移行可能です〉


「その『8桁を下回る』該当者を、君は分身1体だけで吟味しているのか?」


〈まさか。さすがに複数の分身を動かして吟味してますよ。

 それに、私もまた敵と同様に(もや)の様な形態になれます。

 分身を非常に細かく分割する事によってね。

 私が靄の様に広がった時、その広がった範囲にいる候補者を一度に吟味できます。


 ……しかしながら、私が実際にこうやって話しかける段階にまで残る候補者は、2桁にまで減ります。


 あまり大勢の候補者に話を振ると、中にはその時の体験を他者に話す者がいるかもしれませんし〉


「さすがに誰も信じやしないだろ」


〈大多数の人間はね。しかし、たとえ僅かな噂でも依耶 瑁人の耳目に入れば、話は別です。


 私としては、私が候補者から「隠密行動への協力」について同意を得る確率と、その私の行動を敵が察知する確率とを、秤に掛けて候補者に話しかけるかどうかを決めているつもりです〉


「口の堅さも条件の一つか」


〈はい。しかし「どんな拷問を受けても口を割らない」レベルまでは求めません。そこまで条件を厳しくすると、該当者がいなくなってしまうので〉


「……君が話を振った候補者は、俺で何人目だ?」


〈3人目です〉


「候補者は、あと何人残っている?」


〈あと10人です。……残りの中に同意者が見つからなければ、条件を緩めて吟味し直す事も検討しています〉


「残りの中に見つかりそうか?」


〈五分五分、と言ったところでしょうか。候補者を選び直す様な事態は、できれば避けたいのですが〉


「なぜだ?」


〈あまり時間が無さそうだからですよ。

 敵は、ごく近いうち史上最大級の作戦を計画しているようです。その前に、敵司令官を滅ぼす所までこぎつけたい〉


「……どうしても、俺でなければだめか?」


〈……正直、答えに窮しますね。あなたが同意してくれれば大助かりなのは、事実です。


 依耶 瑁人の動向を探っていると、今年の年末に同窓会に出席する見込みが大きい。

 彼の同窓生であるあなたは、今の所、怪しまれずに最も近づける候補者なのですよ〉


「ああ、確かに依耶が今年の忘年会兼同窓会を主催するとか言う話を風の噂に……って、ちょっと待て、同窓会とかそれの2次会とかで、事を起こす気か?」


〈はい〉


「事を起こした影響が及ぶ範囲に、俺と依耶以外の、他の同窓生とかその他の人間がたまたま100人いたとして、致命的な危険を被る人間は全体の何%ぐらいだ?」


〈約1%です〉


 おおざっぱに考えれば、メルリンが事を起こした時に俺と依耶以外の人間が周囲に100人いたとしたら、そのうち1人は巻き添えで酷い目に遭うという事だ。


 「1%」……それだけ聞けば充分低い確率に聞こえるが、メルリンの力の大きさを考えると、その1%に当たってしまった者がどんな酷い目に遭う事やら。

 交通事故で死ぬ確率や航空事故で死ぬ確率より低いのでなければ、そうそう気軽に同意できない。


 それに、あまり親しい関係でないとは言え、依耶に危険が及ぶ可能性は1%より遥かに大きいのだ。


「敵司令官を無事滅ぼせたとして、依耶を助けられる確率はどれくらい有る?」


〈先程も話した通り、侵蝕の程度にもよりますが、正直な話……約1/3前後です〉


 そう告げたメルリンの声は、心なしか、心苦しそうに感じた。

 俺も、重たい話を振られて気が重い。


「……どう返答するか考える時間を、どれくらい貰える?」


〈3日間。その間に同意が得られなければ、次の候補者に話を振ります〉


 この「3日間」という期限は、俺が明日から3連休に入る事を考慮してのものだろう。 こんな重たい話を抱えていては、仕事が手に付くわけが無い。


「分かった。たっぷり3日間、熟慮させてくれ」


〈感謝します〉



 その3連休は、俺のそれまでの人生の中でも最大級に憂鬱な3連休になったのだった。

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