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ザ・サプリーム・ファシスト ~傍迷惑な召喚の儀式  作者: 鶴鴇屋徳明
第3章 初邂逅(ファーストコンタクト)
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自己紹介

 台所で冷蔵庫からアイスコーヒーとチョコレートケーキを取り出し、トレイの上にコップと皿とフォークとビタミンB群のサプリメントと一緒に乗せ、居間に入る。

 居間のテーブルにトレイを置くと、居間のソファに座り、ケーキを皿に載せ、コーヒーをコップに注ぐ。

 そしてサプリメントを1錠口に含むと、コーヒーごと胃の中に流し込み、更にケーキを1かけらぶんフォークで刺し、食べる。

――脳をフル回転させたい時は、カフェイン分と糖分、そして糖と脂質の代謝を促進させるビタミンB1とB2を適量摂取するのが、俺の習慣だ。


 部屋に上がってからケーキを1かけら食べ終わるまでの間、メルリンは特に不満の意を示す事も無く、俺が人心地付くまで黙って待っていた。

 彼なりに俺を気遣ってくれている事は間違い無い。


「……メルリンは、何を食べて生きている?」


 彼は人間用の飲食物を必要としないとの事だが、いかに地球外生命体とは言え、外部からのエネルギーや物質の供給は必要だろう。


〈外部からのエネルギーや物質の供給を必要とする事も有りますが、人間的な意味での飲み食いは必須ではありません〉


「外部からエネルギーや物質を摂取する時は、どうする?」


〈人間の口に相当する摂取器官を主に使いますが、その気になれば、周囲の物質やエネルギーを分解して全身から吸収する事も可能です〉


「そのエネルギーや物質は、何でも良いのか?」


〈はい〉


「例えば、誰かが悪意を持って投げつけた物や、銃弾とかでも?」


〈はい。少なくとも、あなた方地球人が現在までに実用化した兵器程度でしたら、私の体表に達する直前までに、分解・無害化して吸収できます〉


「核兵器でも?」


〈はい〉


「ツァーリ・ボンバ級の核爆弾がゼロ距離で爆発してもか?」


〈はい。全エネルギーの1%ぐらいは吸収し損ねるかもしれませんが、少なくとも私は無傷です。

……吸収しきれなかった余剰エネルギーが周囲に甚大な被害をもたらすかもしれませんが〉


 その返答に俺は絶句し、十数秒の間、何も言えなかった。


 ツァーリ・ボンバ――地球人が作った最強の核爆弾。


 設計上の破壊力はTNT火薬100メガトン相当であるが、使用直後の被害が大き過ぎる事が懸念され、最初で最後の実験の際にはわざと破壊力を半分に落としたという代物。

 それでも、その実験の際にツァーリ・ボンバが見せた破壊力は、地球人の誰もが戦慄を禁じ得ないものであった。


 もしもツァーリ・ボンバが実戦で使用されたとしたら、半径5kmは数百万度から数億度の超高温に達する火球で灼き尽くされ、半径約7km内にいる人間は放射線で確実に死に、半径20km余りは爆風で建造物が跡形も無く吹き飛び、半径50kmを超えても、火球から出た熱線を浴びた人間は死に至るほどの火傷を負う。


 ツァーリ・ボンバを作ったかつてのソビエト連邦(旧ソ連。今のロシアの前身)が、これを実戦配備しなかったのは、別に人道的な理由ではない。

 ツァーリ・ボンバが巨大過ぎ、運用上の欠点が利点を上回ったからに過ぎない。


 何しろ、ツァーリ・ボンバは全長約8m、直径は2mを超え、重量は27トンを超えていたのだ。

 開発した当のソ連も、実験時には同国で当時最大級の爆撃機Tu-95を実験専用に改造したものを使い、それですら同機の格納庫に収まりきらなかったのである。


 結局、実験専用機のTu-95Vはツァーリ・ボンバが少しはみ出た状態で離陸し、高度10・5kmでパラシュート付のツァーリ・ボンバを投下。

 ツァーリ・ボンバがゆっくり落ちて高度4kmで爆発するまでの時間で、Tu-95Vは爆風と熱線で破壊されずに済む安全圏まで全速力で逃げる、という有様であった。


 ツァーリ・ボンバを搭載可能なICBM(大陸間弾道弾ミサイル)の計画は有ったが、コストその他諸々の理由で、これもまた実戦配備には至らなかった。


 コストを度外視すれば、ツァーリ・ボンバ級の核爆弾を搭載したICBMの開発は可能だろう。

 しかし、それですらメルリンに傷一つ付ける事ができない。

 それどころか、彼にエネルギーを与える結果となり、彼の周囲だけが余剰エネルギーで甚大な被害を受ける。


 ……つくづく、とんでもない存在と縁ができちまったな。俺に対する敵意がとりあえず無いのが、僥倖だ。


 俺はいくつかに分割したケーキを続けざまに食べ、コップの中のコーヒーを胃の中に一気に流し込み、次の質問を発した。


「そもそも、君はどんな姿をしているんだ?」


〈残念ながら、私の本体を今見せる事はできません。

 私が本体を動かすと、私の敵がそれに感づいてしまいますからね〉


「じゃあ、今俺のそばにいるであろう君は、分身か何かか?」


〈はい〉


「その分身を、見せてくれるか?」


〈分身を見せるのは構いませんが、私の分身は任意の形状を取る事ができるので、今から見せるつもりの姿が唯一の姿とは限りません。それでも良いですか?〉


「ああ」


〈では、見せましょう〉


 その途端、俺の体から白金色の光束が多数放射されたかと思うと、光束が収束して俺の眼の前に集まり、白金色の靄となった。

 白金色の靄は見る見るうちに人の形を取り、その人の形はしだいに輪郭を持ち始めた。

 最終的にその人の形は、半ば透き通っていて淡い光を放つ、人間の姿を取った。

 今なら、身に付けている物の輪郭も分かる。


 頭にはとんがり帽子。頭頂部がやや後ろに曲がり、鍔の前方はやや尖り気味で後方は広がっている。

 帽子の色は全体的に灰色だが、金色の装飾部も有る。

 右手には長い杖。全体の材質は樫の様に見え、杖の上端には白金色の隼の小さな像が装飾されている。左手には何も持ってない。

 身にまとっている服は、科学者の白衣にも魔術師のローブにも見えるデザインをしている。

 全体的に白く、所々に黒い部分と金色の部分が有り、それらがアクセントとなっている。


 そして帽子の下の顔は、俺よりやや年上の白人男性の様に見えた。

 知性を感じさせる整った顔立ちで、穏やかさを感じさせる眼の色は翠玉色(エメラルドグリーン)

 短く整えた金髪。髭は見当たらない。


「……これが、君の姿か」


〈先程もお伝えした通り、唯一の姿ではありませんが〉


 まるでどこかの御伽話(おとぎばなし)に出てくる魔法使いみたいだな。


〈そりゃあ、あなたが最近見た映画を参考にして作った姿ですから〉


 彼はそう言うと、両手の平を上に向けて肩をすくめるジェスチャーをしてみせた。――英語圏の人間、特にアメリカ人がよくやる、「シュラッグ」というジャスチャーだ。

「やれやれ」とか「だめだこりゃ」とか「お手上げ」とか色々な意味を持つジェスチャーだが、今この場で彼が意図した意味は「しかたないですね」といった感じだろう。

 彼がシュラッグをしてみせた時、杖は何の支えも無いのにふわふわ浮いていた。


 俺が最近見聞きしたものを参考にしたというなら、この姿は俺が彼に対していだくイメージを反映したものなのだろう。


「その姿は、実体を持たない幻影に過ぎないのか?」


〈その問いに対する答えは、何を以て『実体』と呼ぶかによります〉


 質問がいささか適切でなかったらしい。どう質問するべきか、1~2秒ほど考えていると、彼は言葉を続けた。


〈あなた方人間にとって未知のものも含めて、物理法則によって説明できる物質やエネルギーを『実体』と呼ぶなら、私の体は間違い無く『実体』から成っています。本体も、分身も〉


「じゃあ、それは君の分身の一形態か?」


〈はい〉


「その分身は、いったいどんな種類の『実体』から出来ているんだ?」


〈あなた方人間の物理学者が『超対称性粒子』あるいは『超対称粒子』と呼ぶもので出来ています〉


 超対称粒子…だって? 俺は、自分の脳内に有るはずの、大学時代に習得した物理学の知識を総動員する。


 超対称粒子。既知のあらゆる素粒子は、良く見知った物体を形作るフェルミオンと、物体同士に働く力を媒介するゲージ粒子と成り得るボソンに大別される。


 物理学者が完成を夢見ている『万物の理論』の候補の中に、『超弦理論』及びその発展形の『M理論』が有るが、その超弦理論及びM理論によると、フェルミオンとボソンの関係が入れ替わった『超対称粒子』が存在し得るのだと言う。


 例えば、フェルミオンである電子 ( エレクトロン ) がボソンに変わった「セレクトロン」や、ボソンである光子 ( フォトン ) がフェルミオンに変わった「フォティーノ」などが、超対称粒子の例である。

 しかし、超対称粒子は……


「そんなバカな! 超対称粒子がこうやって俺の眼で見えるなんて、有り得ない!!」


 俺は思わず叫んだ。


 超対称粒子は、通常は重力を介してのみ、通常の粒子と相互作用する。しかしながら重力相互作用は、光の正体である電磁相互作用と比べて、はるかに微弱である。


 重力相互作用は電磁相互作用に比べて何十桁も弱い。それにも関わらず俺が地球の重力を感じるのは、重力の源となっている地球が俺に比べて圧倒的に大きい質量を持つからである。

 俺と同じくらいの大きさのものの重力を検知するほど超々高精度で、尚且つ俺の眼と同じくらいの大きさの小型観測機器など、俺は見た事も聞いた事も無い。


 その上、フェルミオンをボソンに変換する過程とその逆過程においては、粒子1個当たりのエネルギーがとんでもないレベルになる。

 少なくとも、粒子1個当たり100GeV ( ギガ・エレクトロンボルト ) 以上。


 常温での空気分子1個当たりの平均運動エネルギーがせいぜい0・03eV(約2垓分の1J ( ジュール ) )であるので、粒子1個当たり100GeVとは、常温での空気分子1個当たりの平均運動エネルギーの3兆倍以上にしたエネルギーレベルである。

 仮に温度が1千兆度の環境が有るとすれば、その環境を構成する素粒子1個当たりの運動エネルギーが約100GeVになる。


 それがどれほどとんでもないエネルギーレベルであるか、想像できるだろうか?


 それは、CERN(欧州原子核研究機構)が持っている巨大加速器『LHC』あたりでようやく可能になる、TeV ( テラ・エレクトロンボルト ) 級に加速された素粒子の衝突実験で生じる素粒子達のエネルギーレベルだ。


 このぐらいのエネルギーレベルならばどうにか超対称粒子を発見できるはずなのだが、今までのところ超対称粒子が発見されたという報告は無い。

 もし超対称粒子が発見されたなら、発見者は確実にノーベル物理学賞を受賞するだろう。


 見つかってもおかしくないエネルギーレベルで超対称粒子が発見されないため、物理学者の間では「超対称粒子は、古典的エーテルと同じく、理論上の虚構に過ぎないのではないか?」という懐疑(かいぎ)論が強くなってきている。


 俺が数十秒をかけて脳内に有る物理学の知識を発掘していた間、メルリンは穏やかな微笑を浮かべて黙っていたが、やがて、言葉を発した。


〈あなたがその様に懐疑するのはもっともです。

 しかしながら、その様な懐疑をいだくのは、あなた方の物理学が超対称粒子の存在と性質を理論と実験の両方で充分解明できるレベルに達していないから、というだけに過ぎません〉


「……一体どんな仕組みで、超対称粒子で出来ているという君の分身を俺が目視可能にできると言うんだ?」


 俺は問うべき事を口からようやく絞り出した。


〈その疑問を完全に解消するには、あなた方の物理学界では未完成の

『量子重力理論』を、あなたが理解しなければいけません〉


「その知識を、今まさに俺の脳内へ直接メッセージを送っているのと同じ様なやり方で、俺の脳に伝える事はできるか?」


〈できますが……大量の情報を急激に伝送すると、あなたの脳が壊れますよ?〉


 ……ですよねー。


「じゃあ、俺の脳に後遺症が残らない程度の量の、量子重力理論の知識を俺の脳に直接伝送する事はできるか?」


〈できますが……それでも相当な苦痛を伴いますよ?〉


 俺は1分近く沈思黙考して、彼に要求した。


「俺の脳に後遺症が残らない程度の量でいいから、ちょっとやってみてくれ」


〈……やるんですか? 本当に。後悔しても知りませんよ?〉


「お願いします」


〈……じゃ、ほんのちょっとだけ〉


 俺は直ちに後悔する破目になった。

 大学時代、すごく難解な物理学の参考書を精読する課題を課せられた事が有ったが、それを読んでいた時に感じた眩暈(めまい)を数百倍にした様な感覚が、俺を襲った。


「……!!!!!~~~~~」


 あまりの苦痛に声にならない悲鳴を上げ、俺はソファにうずくまった。

 苦痛が弱まるのに数十秒はかかったろうか。苦痛が弱まったのを見計らって、黙っていたメルリンが俺に声をかけた。


〈……大丈夫ですか?〉


「い、今のは……ものすごくキツかった」


 うえぇ、せっかく食べたケーキ、コーヒーと一緒に吐きそう。俺は喉元までせりあがって来たものを強引に飲み下し、吐き気が収まるのを待った。


 さっき沈思黙考した時、「あわよくば、地球上のどんな物理学者も知らない真理のヒントを得る事ができれば、俺がノーベル賞を獲得するのも不可能ではないかもしれない」などと不埒(ふらち)な考えをいだいてしまったのだが、やっぱりそんな上手く行くわけがない。


 人間を超える力を持つ存在に、軽々しく頼ってはいけない。――たった今、俺はそれを思い知った。


 俺の吐き気が収まるのを待って、メルリンが言葉を続けた。


〈……とにかく、あなたが私の姿を目視できる仕組みには、あなた方人間の物理学者にとって未知の、量子重力効果が関わっているというわけです〉


「俺達が知っている物理法則の範囲では超える事が極めて困難な超々高エネルギーの障壁を、未知の量子重力的なトンネル効果を利用する事によって、すり抜けている。

――その効果によって、超対称粒子を比較的容易に検出したり、フェルミオンからボソンへの変換過程とその逆過程を、巨大加速器と比べると極めて低いエネルギーレベルにおいても可能としている。

……そういう事だね?」


〈はい〉


 二度と味わいたくないというレベルの苦痛を味わった甲斐有って、俺達人間が知っているよりもずっと高度な、彼が知る物理学のごく一部を知る事ができた。

 断片的なものでしかないが、俺が彼の姿を目視できる仕組みについて大まかな事を把握するのには充分だ。

……本当に正確かつ充分な理解を得るためには、コツコツ時間をかけて勉強しなければダメなんだろうな。


〈その通りです。私が今さっきあなたに対してした事、あれは、本来少しずつ時間をかけて投与すべき薬を短時間に大量投与した様なものですから〉


 薬も過ぎれば毒。まさしくその通りだね。


「ところで……君がその姿を取る直前、俺の体から白金色の光束が多数放出されたが、あれも超対称粒子から出来ているのか?」


〈はい〉


「もしかして……君の分身をさらに分割したものが、今も俺と重なり合っているのか?」


〈はい。……そうでなければ、あなたが私の姿を見る事は不可能ですから。

 あなたの表層意識を読んだり、あなただけに私の声が聞こえる様にするだけなら、椀状に変形した私の分身をあなたのそばに置くだけで良いのですが〉


「念の為にもう一度確認するが、9月の満月の日を境に俺の知覚能力が増大したのも、通常粒子で出来ている俺の体と超対称粒子で出来ている君の分身が、重なり合っているせいか?」


〈はい〉


 なるほど。ここまでの話には、筋が通っている。

 少なくとも俺の頭では、何らおかしい所を発見できない。

 ……さっき話題に出した『白金色の光束』。

 俺はあれを、今までに2回見ている。


 つい先ほどと、小一時間ほど前の最寄駅のホームで、だ。


 駅のホームで、中年男性を線路に突き落として殺そうとしている様にしか見えなかった、あの『幻影』。あの幻影は、俺の体から迸った白金色の光束を浴びて、消滅した。


「あの『幻影』を消滅させたのは、君だね?」


〈はい〉


「あの幻影は、君と同じ種族か?」


〈いいえ、同じ種族ではありません。しかし、私の分身と同じく、識別可能な姿形を維持する為の材料として超対称粒子を利用しています〉


「あれが、君の言う『敵』か?」


〈はい。しかしあれは言わば「雑兵」に過ぎません〉


「敵の首領(ラスボス)は、どんな存在だ?」


〈かつて私と同等の力を持っていた存在です。その存在は、主に超対称粒子から成る本体を持っていました〉


「かつて?」


〈はい。太古の昔に激しく戦い、超対称粒子の濃度が低い宙域――この地球が有る宙域――に追い立て、消滅寸前にまで追い込みましたが、地球の中心核付近に逃げ込まれました〉


 地球の中心核付近だって? おいおい、そこは超高温超高圧……あ、そうか、超対称粒子で出来た体なら、素粒子1個当たりのエネルギーが100GeVを優に超える様な環境じゃない限り、通常粒子からの影響を(ほとん)ど受けないはずだ。

 高々、地球の中心核ぐらいの環境なら影響を受けるわけが無い。


 それどころか、俺達にとって未知の量子重力効果を利用して相互作用率を高めない限り、地球の中心核と重なり合っても素通りしてしまう。……そりゃあ、ツァーリ・ボンバ級の核兵器でもダメージを受けないわけだ。

 ツァーリ・ボンバが生み出す火球という数億度もの超高温環境ですら、超対称粒子で出来ている存在は殆ど影響を受けない。


〈そういうことです。超対称粒子の濃度が低い宙域に追い込んだゆえ、敵の首領をそのまま放置して消滅させられる可能性も有りましたが、完全なる消滅を確認する為、私は月に本体を置いて観察し続ける事にしました。

 ……私も激しい戦いによって少なからず損傷(ダメージ)を受けていましたからね。回復するのに非常に長い時間を要する状態だったのです〉


「さっき、地球が有る宙域の事を『超対称粒子の濃度が低い宙域』と言っていたが、地球にしろ月にしろ、体を作る材料となる超対称粒子を充分に確保できない場所なんじゃないか?」


〈はい。だからこそ、私は敵の首領をこの宙域に追い込んだのですから。


 ――実を言うと、地球も月も、その質量の約10%弱は超対称粒子に由来します。

 もしもそれよりも超対称粒子が多ければ、人工衛星の軌道の微細なズレによって地球人が早期に超対称粒子の存在に気付く可能性も有りましたが、現在の所、地球人はその微細なズレを検知するに至っていません。


 地球と月のそれぞれに重なって存在する超対称粒子の大部分は、重力によって、地球と月それぞれの中心核付近に集中しています。そして、残りの僅かな超対称粒子が大気の様に中心核をとりまいています。

 その超対称粒子から成る『大気圏』は、地球と月それぞれの地表付近までを占めています〉


「なるほど。――そして、君が観察を続けているという事は、敵の首領はまだ消滅していないわけだ」


〈はい。元々存在する超対称粒子を利用する場合に比べて効率は低いですが、地球を構成する通常粒子を少しずつ超対称粒子に変換する事によって、敵の首領は体の材料を確保して生きながらえてきた様です。

 その徴候を私が確認できたのは、敵の首領を消滅寸前に追い込んだ時期から比べれば、最近の事になります〉


「最近?」


〈あなた方の時間単位に換算して、おおよそ数万年前です〉


 おぅ……すっげぇ気の長い話だな……。人間を超える力を持つ存在だから、寿命が無いか、有るとしても桁違いに長いんだろうなとは思っていたが。

 数万年前が『最近』なら、寿命はどんだけ長いんだ?


〈あなた方人間の生物学的寿命に相当するものは、私及び私の敵の首領には存在しません〉


 やっぱりね。


〈かつて私が敵の首領を消滅寸前に追い込んだ際、高度な思考が不可能になるレベルのダメージを与えたのですが、驚くべき事に、それでもなお数百万年単位の時間をかけてかつての思考能力を取り戻しつつあります。

 敵の首領が思考能力を取り戻す速度は、ごく最近になって、急激に加速してきました〉


 ごく最近……それって、まさか……


〈はい。あなた方人間の文明の進歩速度と、強い相関が有ります。

 ――今の所、敵の首領の影響によって人間の文明が進歩したのか、人間の文明の進歩が敵の首領の思考能力回復に影響したのか、詳しい因果関係は断言できませんが〉


 だいぶ大がかりな話になってきた。俺がどうこうできる話ではないんじゃないか? この件。


 俺は1~2分ほど沈思黙考してから、次の質問を発した。

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