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3 異世界からの「流れ人」



 時々現れるスライムを返り討ちにしながら街道を歩いていると、遠くにだが町が見えてきた。

 距離としては、走れば数分といった所か。


 町を囲う大きな石壁は中に侵入しようとする魔物や犯罪者を防ぐ役割もあり、それを見て「ここは本当に異世界なんだな」と実感を持たせてくれる。



「さて、エルクゥさんや」


 ――なんでしょう?



 そこで、困ったときの神頼み……という訳ではないが。

 この世界においては殆ど保護者代わりな創造神様に尋ねてみる。



「異世界転移してこの世界に来た俺の立場は、現状、どういう状態なものなんだろうか」


 ――あぁ、確かにそれは気になるところですね。



 この世界で生を受けた訳ではなく、元々は存在していない人物。

 つまり、ウィルマキアにとってはある意味で俺は「異質な存在」で「異物」でもある訳だ。


 肉体変成のための転生によって色々書き換えられただろうから、ウィルマキアに対しての違和感は消されてはいるんだろう。

 なので、その辺はどう説明してくれるのだろうか。



 ――この世界、ウィルマキアは様々な種族と様々な文明が入り乱れて存在している、というのは知識として知っていますね?


「あぁ、完全適応してるから知識として頭に叩き込まれてる状態だけどな」



 エルフやドワーフといった有名所のファンタジーな種族から、機人族や天使族といったあまり目にしない名前の種族まで混在している、というのは知っている。

 それ故に、世界観としては王道的な「剣と魔法の幻想世界」という形でありながらも、文明的な面では元の世界でいえば、産業革命が起きた頃ぐらいの技術が一般的となっているらしい。

 局所的にだが、超古代文明の異物としてSFクラスの技術や創造物が残っている事もあるとか。



 ――なので、何らかの理由で異世界からこの世界に迷い込んだ存在もいたとしても、問題は無い訳です。


「……なるほど」



 完全適応によって、過去にも俺みたいな「異世界からの訪問者」は確認されている、という事実があるのを把握している。

 彼らがその後どうなったかは歴史の闇に消えているが、少なくとも、元の世界に帰る事無くこの世界で眠りについたんだろう。そういった送還術があるとは思えないし。



 ――ウィルマキア以外の世界から迷い込んだ存在の事を、この世界では「流れ人」と呼んでいます。


「それって、どうやって判断してるんだ?」


 ――この世界では、生まれた直後に世界の祝福を与えられるようにと洗礼を受けます。その際に目に見えない形で刻印がされるのですが、それを持っていないのはおかしいでしょう?


「なるほど、それを判別する何かが存在する訳か」


 ――そういう事です。後は、着ている服が判断基準になったりしていますね。


「文化や文明の違いがはっきりと出るからな」



 俺が着ているデニム生地の服は、元々は鉱山夫達が作業用として身に付けていたものを一般化したものだ。

 それ故に生地は厚く、旅人が着るような薄手の服装よりも防具としての性能は高いし、文明的な意味でも同じようなものがこの世界にも存在しているとは考えにくい。



 ――なので、すぐにあなたが「流れ人」だと分かると思います。


「流れ人だったらなにか有利になったりするのか?」


 ――いいえ。ただ、異世界出身のものだ、という証明がされるだけです。


「そいつはいいね、分かりやすくて」



 物事はシンプルで分かりやすい方がいい。

 その一言だけで説明がつくのなら深く考えなくてもいいし、こっちも説明の手間が省けて気が楽だ。




 そんな風にエルクゥとやり取りを繰り返していると、町の入口に槍を持った衛兵らしき虎の獣人と人間の二人が立っているのが見えてきた。

 向こうもこちらの姿を確認できたのか、持っていた槍を構えつつもこちらに近付いてくる。



「そこで止まれ」



 首元に穂先を向けられ、俺はその場で両手を挙げて立ち止まる。

 抵抗するつもりはないし、何よりもここで問題を起こして面倒な事になりたくない。

 そもそも、現在進行形で命の危険な訳だし。レベル1でお尋ね者とか勘弁して欲しい。



「見た事のない服装だな。ここに何のようだ」


「立て札を見て、こっちに町があるらしいと思ったから来ました」


「旅人……にしては荷物が少なすぎるな。荷物はどうした?」


「目覚めたら森の入口にいて、とりあえず人のいる場所を目指したので。荷物なんて最初からありませんよ」



 嘘ではないが、全てが真実ではない。

 望んで異世界からやって来ました、などと言えば無用な混乱を招きかねないのだ。程々に嘘を混ぜつつも、最もらしく話せば追求はされないだろう。



「……なるほど、流れ人か。このような地に辿り着くとは珍しいな」



 納得がいったのか、突きつけられていた槍が下ろされた。

 ふぅ、と自然に出てしまった安堵の息は仕方ないにしても、この時点で色々と聞きたい事はある。



「そんなに珍しいんですか?」


「ここ数十年の間に「流れ人が現れた」という報告は無いんだよ。吉兆の象徴だとも言われているくらいだし、実際に現れた直後の流れ人を目撃した人も少ないんだ」



 人間の衛兵の言葉に「なるほど」と返す。

 それだけこの服装が奇異なものだと分かったし、彼らの服装を見る限りでは俺の知っているファンタジーのイメージとあまり変わらないようだ。



「そういう訳で、君の仮の身分証を創りたい。時間はいいかな?」


「えぇ、大丈夫ですよ」



 頷いて、屯所らしい場所に案内される。

 向かう間際に、獣人の衛兵から「この世界にようこそ。歓迎するぞ、流れ人」と言葉を貰った。最初の印象は気難しそうなものだったが、実直過ぎるが故にそういう印象を持たれてしまいやすいんだろう。



「仮って事は、本来の身分証をどこかで作るんですか?」


「そうだね、その辺りの説明も踏まえて作っていこう」



 知識としては知っていても、それはあくまでも「知識」でしかない。

 実際に見聞きして「経験」する事で本当の知識なんだと言えるから、教えてくれるのは素直にありがたい。



「まず、仮の身分証はどの町でも作れる。ただ、作った町でしか通用しないし、有効期限も三日間と短い。正式な身分証を作るまでの繋ぎだと思ってくれればいいよ」


「なるほど」


「そして、正式な身分証は教会で発行してくれるんだ。この世界では生まれた直後に教会で洗礼を受けるんだけど、その時に身分証も作られるんだ。もちろん、紛失したら教会に出向いて再発行して貰うんだけどね」


「へぇ……」



 洗礼を受けていない上に、身分証を持っていない。


 エルクゥの説明の補足だとも言えるが、これで俺が「流れ人」だと分かる理由が分かった気がする。



「教会はいつでも開かれているけど、昼の間しか身分証を作ってくれないから気をつけるんだよ?」


「分かりました、この後に向かいます」


「よし。それじゃあ早速、仮発行に必要な手続きといこう」



 書類とペンが出てきて、それを彼が書いていく。

 本当は文字を読めるし書く事も出来るけど、それは称号による「完全適応」の効果が出ているため。

 他の異世界転移ものも、普通に移動した先の世界の言葉を聞き取れているし会話は出来るが……よく考えてほしい。


 本来、俺はこの世界の文字をまだ「読み書きも聞き取りも出来ない」はずなのだ。


 簡単に言うと、物心ついたばかりの子供を言葉の分からない海外にポンと放り出すようなものだと思えば分かりやすいか。

 そう考えると、この『異世界の言語を自然と理解している』事がどれだけ異常な事なのか分かるだろうか?

 転生したのなら、元からその環境にいる訳だから理解できるのも納得だが。


 ……今後の事も考えて、誰かにこの世界の常識などを習った方がいいのかもしれないな。



「君は、子供なのに随分と落ち着いてるね」



 そんな事を考えていたら、書類を書いている衛兵に驚かれた。



「え、そうですか?」


「普通だったら不安で震えていたりするものだけど、受け答えもしっかりしているからね。その年頃で珍しいと思ったんだよ」


「……まぁ、色々ありまして」



 本当は30歳なんです、と言う訳にもいかず、適当にごまかした。

 苦労したんだね、と勝手に同情されたようだがそんなに間違ってもいないから否定はしないでおく。



「……ふむ。とりあえずはこのくらいかな。後は、これを教会に持っていけば正規の身分証を作ってくれるはずだよ」


「ありがとうございます」



 流れ人である証明と、衛兵である彼が身元の保証をするという但し書きがなされた仮の身分証が完成した。


 あとは、空白になっている名前の欄を埋めるだけだ。




「それで、最後になっちゃったけど……君の名前は?」




 ……異世界に転移した事で、過去の記憶が全て消えた訳ではない。

 もちろん、転生する前の名前だって覚えている。


 けれど、その名前を口にする事は、ほんの数回でしかないだろう。

 過去と決別した訳ではなく、過去を内包した上で、異世界を新しく生きていこうと決めているのだから。


 これから口にする名前は、その歩みの一つ目。


 尋ねた衛兵に、俺は異世界で生きるための新しい名前を口にする。




「……ナナキ。俺の名前はムミョウ・ナナキです」




 漢字で書き表すとすれば、無苗むみょう名無ななき


 無苗無氏むみょうむし、という言葉を元に作り上げた造語ではあるが、その意味は「苗字も無く、名前も無い存在」だという事。


 名誉も名声も無い、無名の英雄が名乗る名前にしては洒落と皮肉が効いているだろう?




異世界ものを読んでいて、たまに思った疑問。

賛同してくれる人って居るのかね?

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