4 身元証明をしよう
仮の身分証を受け取り、屯所から抜ける形で町の中に入る。
目指す教会は町の中心付近にあるらしく、聞いた話では俺の知っている知識とそれほど変わらない外観をしているのだとか。
十字架を象徴とした建物だという認識は、どの世界でも共通なのだろうか?
「ま、気にしてても仕方ないよな」
門を抜け、衛兵の彼からも聞いたこの町、イシュマの町並みを目にする。
中世ヨーロッパの城下町を彷彿とさせる、石畳と煉瓦で組まれた建造物。
流石に現代のような電気式の電灯は存在していないようだが、魔法で灯りをつけるタイプの、ランタンが付いた魔力灯が代わりに点在している。夜でも視界の悪さに悩まされる事はなさそうだ。
加えて、獣人の衛兵がいた時点で予想は付いていたが、動物の耳や尻尾の付いた獣人の他にエルフやドワーフといった種族も町を歩いているのを見る。
オンラインのブラウザゲームでは良く見かける光景でもあるんだが、こうして実際に見てみるとなんだか感慨深いものがあるな。
「……とりあえず、教会に行くか」
こっそりとメニューを確認してみれば、いつの間にか付いていた時計機能が昼前を差している。
更には、視界の隅に円形のサーチミニマップが出来てるし。
表示も自由自在で倍率も変更可能とか、潜入任務する伝説の傭兵かフード姿の暗殺者か、俺は。
またエルクゥの仕業か、と思わなくも無いが便利は便利なので何も言わないでおく。
文句を言うのに疲れた、ともいうが。
「えーと、サーチマップが指す方向はこっちか……」
サーチマップが上空から見ているような形のため、何処に何があるのか、という情報までもが親切丁寧に入ってくる。分かりやすく言えばスマホのマップアプリが常駐起動しているようなものだ。
情報が分かりやすくて助かるのはいいが、自分で調べる楽しみが削られていくのは何ともいえない気分である。
そんな気分のままサーチマップが指す方向に従って歩いていくと、元の世界でも見慣れていた外観の教会が石畳が広がる広場の中央に見えてきた。憩いの場でもあるんだろう、あちらこちらに座るためのベンチが置いてあったり小さな屋台が並んでいたりする。
時間的にも昼前。
食事なんてまだしていなかったな、と思いつつも足は教会に向かう。
知識として、屋台の料理の金額や宿屋の料金の相場などが頭に入っているのだ。そこまで焦る代物でもないし、手元にあるスライムゼリーも冒険者ギルドに行けば素材として買取をしてくれるらしいから金策は可能だ。
そのためにも、まずは身分証を作らないといけないのだが。
「すみません、どなたかいますか?」
扉を開き、礼拝堂を覗く。
誰もいないのか、周りを見回している内に床に色鮮やかな影が落ちている事に気付いた。
見上げてみると、天窓代わりのステンドグラスに神々の姿が描かれているようで、知識にある神の姿に合わせて様々な色のガラスで再現されている。そのステンドグラスに描かれているのは、このウィルマキアで有名な三女神のようだ。
知識と商業の女神、リーディア。
裁判と戦の女神、ミネルバ。
自由と創造の女神、アルカナ。
性格は違うが仲の良い三姉妹として、子供に読み聞かせる絵本にもなっているほどに有名な神だ。
そして彼女らの母親ともいえる存在が――
「おまたせしました」
……っと。
考え事をしている間に、この教会のシスターが来たみたいだ。
振り返り、俺は奥の部屋から出てきてくれたらしいシスターに笑いかける。
「ご用件はなんでしょう?」
「えーと、身分証を発行してくれるのがここだと聞いたものでして。お願いできますか?」
「はい、お任せください」
俺から仮の身分証を受け取り、書かれている内容に目を通しているのかシスターはうんうん頷いている。
だが、その内容の一部に驚いたのか、俺と身分証を交互に見比べ始めた。
「えっ……まさか、本物の流れ人さんなんですか!?」
「えっと、まぁ……そうらしいです」
頷いて肯定すると、シスターは途端に目を輝かせ始める。
え、俺はまだ何もして無いぞ?
「……夢で『流れ人が来る』との神様の御告げがありましたが、まさか本当に御告げ通りの方が来るとは」
少しばかり夢見がちな乙女のような表情で、そんな事を言ってくれる。
でも、なんだろう。
この時点で色々と引っかかったんだが。
「ちなみに、その神様ってどんな方?」
「こう、白い翼を背に白い布を全身に巻きつけて穏やかな表情をされていたんですが」
――エルクゥ、お前か!
口から出そうになったその言葉を無理矢理噛み潰して、なんでもないかのように装って「……そうですか」と返すので俺は精一杯だった。
俺がこの世界に来る前に何してんの、あの人。
「では、この水晶を手で触れてくださいませ」
内心で頭を抱えていると、シスターは奥から持ってきたであろう水晶をスッと差し出す。
知識では知っていたが、これが誕生直後に刻印を刻みつつも世界の祝福を与えるための水晶であり、身分証を作るための手順らしい。
そっと手を伸ばし、その水晶に手を触れた瞬間。
――スキルの発動条件を満たしました。
【神託謁見】を登録、実行します。
そんな機械的なメッセージが頭の中に響いた直後に閃光が走ったために、俺は眩しさから目をつぶってしまう。
しかし、いくら待っても眩しさが落ち着かないのでゆっくりと目を開けてみると。
「やぁ、お久しぶりー♪」
上も下も何もない、真っ白な空間の真ん中で。
世話焼き大好き、ぼくらの創造神様が満面の笑みでこっちに手を振っていらっしゃった。
それを見て今度こそ、俺は思った事を口にしてこぼす。
「またお前の仕業か……」
「はい、私の仕業です♪」
にっこりと笑顔満点。
その笑顔を横に引っ張ってやりたい衝動に駆られるが、呆れの方が強くてする気にもならない。
「……色々と裏から手を回してくれているようで、ご苦労様です」
「えへへ、感謝してくれてもいいんですよー?」
「感謝は素直には出来んし、俺の事を考えてやってくれてるってのは分かるが、もう少しやり方ってもんがあるだろ……」
自慢げなエルクゥに俺は肩を落として脱力する。
さっきまで持っていなかったスキルが発動して登録されているとか、もはや何でもありすぎる。
「この世界に来た直後に確認したら付いてたスキルと称号が明らかにチートレベルだし、そのせいでステータスはまた跳ね上がってるし、他人の夢に入り込んで御告げするとか……世話焼きにも程があるだろ。しかもこのスキルはなんだよこれ」
メニューを開いて、俺は新たに追加されたスキルを指差す。
・スキル・New!
―【神託謁見】―
【神託】の上位スキル。
神々との対話が可能となるだけではなく、一定の条件下において神々との謁見が可能となる。
場合によっては、謁見した神々から直接の加護を得る事も可能。その場合、通常の加護よりも効果が強化される。
「俺をどうしたいんだ、あんたは!」
「幸せだって言わせたいだけですっ!」
胸を張ってドヤ顔で言い切られた。
そのために新スキル習得(強制)とかとんでもねぇ事してくれるよな、この女神様は!
「禍福は糾える縄の如し、って言葉もあるだろうが……反動で何か来ても知らねぇぞ俺は」
これだけ幸運な事が続いていたら、どこかで帳尻合わせとして不幸な目に遭うものだ。
けれど、エルクゥは何でもないかのように笑う。
「あぁ、でしたら発想が逆ですよ」
「逆?」
「今までが不幸だったから、今になって幸運が来てるんです。それなら納得でしょう?」
「お前な……」
確かにそういう考え方もあるだろうが、そういう風に前向きに取れるかよ。普通。
前から思ってたんだが、こっちがエルクゥの素なんじゃないか、と思い始めてきた。
前の世界にいた頃よりも、俺に遠慮がねぇし。特にチートの辺りで。
「それに、少しやりすぎなくらいじゃないと、狭山さんは変な風に考え込んだりしますからねー」
「一応、今の俺は『ムミョウ・ナナキ』なんだが?」
「あはは、そうでしたね」
くすくすと笑うが、本当に理解してくれているのだろうか。
何かの折に前の世界での名前を呼びそうで怖い。それで何かがある訳じゃなさそうなんだが、エルクゥが関わると何かが起きる予感しかしない。
「とりあえず、こうして教会で祈りを捧げてくれたら今回みたいにお会いする時間を作っちゃいますからお願いしますね?」
「敬虔な信者でもないんだから、教会に通う趣味なんて無いぞ」
「だったら毎晩、あなたの夢に乗り込んでいきますよー?」
「止めてくれ、せめて寝てる時くらいはゆっくり寝かせろ」
寝ても覚めてもエルクゥの覗き見付きとか、精神が磨り減るわ。
百面ダイスでも振らせて正気度チェックでもさせる気か、この神は。やろうとしてる事は原典のそれに近いし。
「……いつと約束は出来んが、覚えておく」
「うん、お願いしますね? お姉ちゃんとの約束ですから」
「いつからお前は俺のお姉ちゃんになった」
「一応、私の方が年上なんですもん。それに、横に並んだらどう見ても姉弟でしょう?」
「言わんとする事は分かるがそれを実行しようとするなよ創造神」
はぁ、と溜息が漏れる。
どうしてこうも突っ込みをさせるような事を言うか、この神は。精神的に疲れるぞ。
「あと、勝手に機能拡張だの追加だのしないでくれ。せめて事前に相談してくれ、頼むから」
「はーい」
「用件がそれだけなら、元の世界に返してくれ。多分というかそういう「お約束」だろうけど、時間が流れてないにしてもずっとこのままなのは辛い」
「分かりました。それじゃ、意識を元の世界に戻しますね」
それではまた、とエルクゥが手を振ると、徐々に光が強まっていく。
それが視界を全て覆い尽くし、眩しさにまた目を閉じているとざわめきが聞こえ始めた。
ゆっくりと目を開けば、シスターが持った水晶に手を触れさせたままの俺の手が。
「……はい、コレで完了です。手を離していただいても結構ですよ?」
にっこりと微笑むシスターに促され、俺は水晶から手を離す。
予想通り、俺が水晶に手を触れた瞬間から時間が止まっていたらしい。手回しのいい事で。
シスターはそのまま奥の台座に水晶を置き、ボタンを押す……と、機械が動くような動作音がして水晶が光り出す。
そしてカタカタとキーボードを叩くような音が響いて何かが映し出されたかと思えば、台座から板状のようなものが吐き出された。
その板を引き抜くと、水晶の光は小さく消えていった。
……構造的には、指紋認証とかそういったものに近い何かなんだろう。
「では、コレがナナキさんの身分証となります。無くされませんよう、お気を付けになってくださいませ」
手渡されたのは、見た目的にはトランプのカードくらいの大きさの銀色の板だ。
しかし、ICチップのようにこのカード自体が情報の塊となっている。故に、あの水晶も台座も超古代文明の遺物の一つなのかもしれない。加えて、このカードも。
……もちろん、そんなものが町の一つ一つにある訳ではなく、こうした地方都市や王都といった要の都市に置いてあるはずだ。
だからこそ、エルクゥもここに案内したんだろうけど。
「ナナキさんも、良ければまたお越しになってくださいね。教会はいつでも開かれていますので」
「はい、ありがとうございます」
シスターに礼を言いつつ、正規の身分証を受け取る。
このあとは冒険者ギルドで登録でもしようか、と考えた瞬間。
――情報が更新されました。メニューを開いて確認してください。
機械的なシステムメッセージと共に、視界の隅にメッセージログと次の目的が小さなウインドウで表示されていた。
同時にサーチマップの示す目的地が『冒険者ギルド』に書き換えられている。
……だから更新するなら事前に了解を得ろと言ってるだろ、エルクゥ。
心の中で深い深ーい溜息を付きつつ、俺は教会を後にする。
日はまだ真上にあるにしても、やる事は早めにやっておきたい。
加えて、メニューのアイコンも何やら変わっているみたいだし、更新というか何か追加された気配もある。
敢えて言おう。
またお前か。
「……とりあえず、次会ったらぶん殴る」
溜息を付きたくなったし気にしたら負けな気がしたが、それだけはやってやる、と心に固く誓ったのだった。
書き貯めてた分が終了したので、今後は更新が遅れるかもしれません。




