43 狂い踊れ、叫び謡え。血風の舞と賛美歌を
迫る魔族達を見つめながら、俺は内に秘めていた殺意を放出する。
向けられた相手が肌寒く感じるような殺意を纏い、触れればそのまま魂さえ凍り付かせるような純度に高めては鋭利な刃のように尖らせていく。
その殺気は正しく、命を刈り取る死神の刃。
その刃を握り、俺は口ずさむ。
「静かに燃え盛るは、殺意の炎――」
ゆらりと一歩を踏み出して、二歩目から魔族達の視界から突如として「俺の姿がかき消えた」。
それを見て、驚愕の声と共に動きを止めた魔族達を挟んで、反対側。
無音で歩みを続ける俺の握り締めた短剣からは、魔族の紫色の血が滴る。
「一陣の風が、音も無く駆け抜ける――」
「……えっ?」
「お前、いつの間にそこに――」
振り向こうとした魔族達の首に線が引かれ、その勢いのままにゴロリと首が落ちた。
一拍遅れて鮮血が噴き上がり、身体がその場に崩れ落ちる。
暗殺術スキルの一つである【肢曲】を使い、本人に『殺された』という自覚もないままに命を奪い取る。
「さぁ、踊り狂え。痛みに身体をはねさせて――」
『――がっ!?』
加えて、額に短剣を生やした魔族が三匹。
その場に膝を着いて動かなくなる有様を間近で目撃した魔族から悲鳴が上がるが、その声も長くは続かない。
代わりに、奪い取られたサーベルによって下から二つに切り裂かれ、血を噴き出す快音を奏でて倒れる。
「そして謡え、狂乱の賛美歌を――」
陽炎のように、再び俺の姿が掻き消える。
音も無く、気配も感じ取れず、いつ自分に見えない死神の刃を突き立てられるか分からない恐怖。
刃を向けられたら最後、何一つとして抵抗らしい抵抗も出来ないまま命を奪われていく仲間。
それらを一方的に見せ付けられた魔族達の中から、悲鳴や泣き言を漏らす声が上がり始める。
「こ、こんな奴と戦うなんて聞いていない!」
「助けてくれ! まだ死にたくない!」
「お、落ち着けお前達! 相手はたかが一人の人間だぞ!?」
「全員、背を見せるな! 周囲を警戒しろ!」
檄を飛ばしながら混乱を収めようとする魔族達だが、少しずつ鮮血と悲鳴の花が咲き乱れる。
それは一人二人といった数ではなく、時間を重ねるほどにその数を増やしていく。
「恐れおののけ、殺意の嵐に」
「その身に刻め、恐怖の楔を」
「そして静かに朽ち果てろ――」
謡い、舞いと共に敵を屠りながら、俺は少しずつ包囲網を瓦解させていく。
知覚出来ないほどの気配遮断と、目に見えない高速移動を伴う【肢曲】による相手への幻惑。
これは、俺が独自に磨き上げ、鍛え抜いた技術の賜物だ。
俺は、これをアイツに見せるだけで、教えようとは思わない。
アイツが俺と同じように習得して使えるかどうかは、これから次第だっていう話だな。技能として優秀なのは、俺が改めて言うまでもないが。
「……さて」
短剣の刃にべっとりと貼り付いた血を振り払い、奪ったサーベルは投げ捨てて。
近衛兵に厳重に守られていた偽者の領主に睨みをきかせた。
睨まれた偽者はビクリと身体を震わせて、自分を守ろうとする近衛兵の背後に隠れるように身を潜める。
「次は、お前だぜ?」
包囲網を作っていた大量の魔族は、ほんの数分で壊滅した。
それに対して、俺の被害は一つも無いんだからどれだけの実力差があったんだ、っていう話だ。
強さとしては下級の存在でも、数が多ければ面倒な存在には違いないんだろうが……それでも、差を埋めるだけの実力は持っていなかったんだろう。
無残に屍を晒してはいるが、それも次第に光の粒子に形を変えて消えていく。
「と……」
「と?」
「取引を、しないか?」
身体を恐怖に震わせながらも、偽者の魔族がこちらに話しかける。
相変わらず近衛兵の後ろに隠れて、というのが気に食わないが……まぁ、話だけは聞いてやる。
「奴隷は全て手放す、稼いだ金も置いていく。だから――」
「ここでお前を見逃せ、と?」
こくこくと頷く偽者。
それだけ自分の命が大事だっていうんだろう。
その気持ちは分かる。
俺も自分の身が大事だ。
「魔界の隅でひっそりと生きて、二度とこんなことを起こそうとしないと約束できるのか?」
「あぁ、約束する!」
「なるほどね……」
そのまま命乞いをしかねない偽者に、俺は答えを聞かせる。
「断る」
許されるだろう、と信じていた偽者の目が点になった。
それもそうだ。
お前は「人の絆」という踏みにじってはいけないものを踏みにじった。
それを許してやれるほど、俺もアイツも、心は広くないんだよ。
「先にも言っただろう? 俺は『あんたらを外に逃がすつもりもない』と」
武器を短剣から背中の相棒に変えるため、鞘から引き抜く。
俺の禍々しい魔力を吸ってか、元の刃よりも少しだけ禍々しくなっていやがるが……まぁ、赦せ。
「悪いが、ここでお前らは死んでもらうのが一番だ。ここで見逃しても、まだ別の所でやるつもりなんだろ?」
「……くっ!」
図星だったのか、苦々しく表情を歪めながら偽者が間合いを取る。
弱々しく震えて見せていたのは、こちらを油断させるための演技だったんだろうが……あいにくと、俺はそういうのを見慣れてるんでな。
騙して背中から不意打ち、というのは勘弁願いたいもんだね。
「俺も早く穢れを落としたいんでな……さっさと終わらせるよ」
「貴様……我らを愚弄するか!」
「先程までの格下と一緒にするなよ?」
「それはこっちが決める話だ、能書きはいいからかかってこい」
近衛兵を挑発して、俺はニヤリと笑う。
その余裕ある態度に怒りの限界が来たのか、内側から鎧を弾けさせるように咆哮をあげながら魔族の姿を次々と現していく。
あの姿は……ゲームとかでよく見る、レッサーデーモンという中級魔族だったか。
それが五体も。確かに、さっきの奴らは格下だったかもな。
――でも、それがどうした?
「上も上なら、飼い犬も飼い犬だな……弱い奴ほど、よく吠える」
肩掛けに構えた相棒を握り、俺は嗤う。
ようやく手ごたえのありそうな相手が出てきたことに、俺はこの状況を楽しんでいたのだった。




