42 捕らえられたのは、英雄か魔族か
家庭の都合で更新が遅れていましたが、再開いたします。
また途絶える事もあるとは思いますが、その時は(あー、またトラブってるのかな)と思ってていただければ。
…みなさんもインフルエンザには気を付けてくださいね。
舞台は、地上階層へと移り。
「――侵入者だ!」
警備をしていた魔族の声が響き、遠くから駆け寄る足音がバタバタと届く。
それを聞きながら、俺は「とある目的」を持って領主館内を走り回っていた。
その目的とは、奴隷達に向けられている監視の目を俺に向けさせるためだ。
捕らえられていた奴隷の中には、エトワイト卿の私兵も含まれていたが……長く続いていたであろう奴隷生活によって体力は落ちていたし、戦うにしてもまともな武具がない。
冒険者も何人かはいたようだが、同じ理由で戦う事が出来ない状態だ。
言い方は悪いが、そんな奴らを助け出したとしても足手纏いでしかない。
……だが、それは「戦力面」だけで言えば、の話だ。
牢の開錠は出来るようなので、必要な道具は持たせている。
彼らは独自に奴隷救出に動く組と脱出を補佐する組に分かれ、この騒ぎに乗じて行動しているようだ。
故に、注目をこちらに引き付けてやれば彼らも動きやすいだろう。
「見つけたぞ! 上の階へ追い込め!」
そんな訳で、適当に追ってくる魔族をあしらいつつも「追い込まれているように見せながら」領主館を上に駆け上がっていく。
女性達が牢に入れられていた扉を横目に、下の階から押し寄せてくる魔族達を引き付けて、更に上へ。
ここから先の階層は進んだ事はないが、視界に同調するように拡大したサーチマップによれば、領主の使う執務室と私室があるらしい。
更にその上のフロアには「壁で仕切られた怪しい空間」があるんだから、まだ何か隠されているのかもしれない。
例えば――個人的な理由で選び抜いた奴隷の監禁場所……だったり、な。
「――何事だっ!」
「おっと、参ったね」
昇った先は下層のホールのように大きく開けた階層だったらしく、奥の階段から重装備の魔族の衛兵がガチャガチャと鎧を鳴らせて降りてきた。
振り返れば、下から俺をずっと追ってきた魔族の衛兵達が息切れを起こしながらも道を塞いでいる。
状況的には俺が元凶だから悪いと思うんだが、仕事とはいえ律儀に追って来てご苦労な事だよな、と思わなくもない。
「……おい、つめたぞ……この、野郎……」
「いい加減……捕まり、やがれ……!」
先頭をずっと走ってきていた魔族が、息も絶え絶えになりながらも抜き身の剣をこちらに向けた。
それを合図に、後ろに詰めていた魔族達が散開して俺を取り囲もうと包囲網を作り始める。
人数に物を言わせて二重三重と重ねて作られた包囲網に呆れもするが、その包囲網の奥に、俺が探していた人物の顔が見えたので自然と笑みがこぼれてしまう。
「貴様、何を笑っている!」
「いやぁ、アンタを探していたんでね……エトワイト卿」
周囲を完全に囲まれた状態ではあるが、俺は余裕を含んだ笑みで相手を見据える。
こういうのは、実際に実行できない事であっても「それが出来る」と相手に錯覚させるハッタリが必要だ。
「周りを私兵で囲んで高みの見物とは、随分と余裕なんだな」
「フン、貴様こそ袋の鼠ではないか」
負け惜しみを言っていると思われているのか、相手は勝ち誇るように笑っている。
……まぁ。確かにこの状況だけを見れば、そう思うのが当然だろう。
「袋の鼠、ね。そいつはどうかな?」
不適に嗤って見せて、サーチマップを睨む。
この領主館にいた魔族達は全員、この場に集められている。俺がそうなるように『仕向けて』動いていたのもあるが、ここまで綺麗に動いてくれると嗤いたくもなる。
……これなら、少しくらいは暴れても問題ない、か。
「罠にかかったのは――お前達の方だッ!」
無詠唱で構築していた魔術を、扉に向けて放つ。
その魔術を受けて、開け放たれていた扉が音を立てて閉まり、ガチャリと鍵がかけられる。
近くにいた魔族が慌てて扉を開けようとするが、ビクリともしない。
手に持っている武器でこじ開けようとしているが、傷一つ付いていない。
指定した限定空間に作用する魔術で、解呪するにも習得するにも相当の技術が必要な代物だ。その辺りにいるような魔族がどうこう出来る代物じゃないのさ。
「貴様、何をしたっ!?」
「下に降りられると困るからな、全員集まったところで閉じ込めさせて貰っただけさ」
サーチマップを見ると、女性達を助け出したらしい奴隷達の反応があった。
そんな状況をあいつらに知られる訳には行かないし、逃がすつもりもない。
……二つの意味で、な。
「それに、考えた事はないのか? どうして、俺が見張りに見つかったり仲間を呼ばせたりするような真似をさせたのかを」
「まさか、あれはわざとだったのか!?」
「当たり前だ。おかげで、こっちの目的もいくつか果たせた訳だしな」
奴隷達の事をこいつらに言う必要はない。
カタリナに奴隷達の事は手紙で任せてあるし、本物のエトワイト卿に伝えてあるから問題ないだろう。
俺は、俺でちゃんと『仕事をする』だけさ。
「後は、ここでお前ら全員を始末するだけさ」
「はっ、それが出来ると思っているのか?」
「思っているさ。それに、人間じゃなく『魔族』であるお前らに遠慮なんてする必要もないんだからな」
その発言に、ざわめいていた魔族達の動きが一斉に止まる。
同時に、赤く染まっていたサーチマップの光点が、染みが拡がるように黒く染まっていく。
おーおー、予想はしてはいたがここまで露骨に反応があるとはねぇ。
「……いつから気付いていた?」
「ちょっとだけ『鼻が利く』んでね。それで解っただけさ」
動きを止め、弾けるように化けの皮を脱ぎ始めていく魔族達を眺め回しながら、俺は腰の短剣を引き抜く。
「そういう訳だ。あんたらを外に逃がすつもりもないし、俺も殺されるつもりもない。扉を開けて外に出たければ、俺を殺してみな?」
軽く振り回して、重量と扱いを確認する。
……長年握り続けて手にしっくりと馴染んでいるかのような感覚に、自然と笑みがこぼれる。
「但し――俺はそう簡単に殺されはしねぇぞ」
逆手に短剣を握り、左手には指と指の間に投擲用短剣を挟むように三本。
本来なら間合いのある武器も欲しかったが、それは奴らから奪い取ればいい。
深く深呼吸をして、精神を整えていく。
今までは怪盗気取りだったが……ここからは、血生臭い風が漂う戦場だ。
(……起きてるか、お前さんよ。返事はしなくていい、これから起きる出来事をしっかり見てろよ)
俺の中で眠っている「アイツ」の気配が、小さく頷いた。
そうだ。お前は俺の戦いも含めて、色々と学んで貰わなきゃいけねぇ。
それが、この異世界で生き抜くための力になるんだからな。
「……かかれっ!」
本性を現した偽物のエトワイト卿の合図に、魔族達が動き出す。
それを見据える俺の目線は――底冷えするような冷たさを放っていた。




