40 闇夜に忍び寄るは、心の闇
少し体調を崩しておりましたので更新が遅れましたが、復活です
――元々、光と闇に善悪なんてもんは存在してはいない。
宗教的な理由とか、見た目的にも分かりやすいだとか、そんな理由で「光は善」で「闇は悪」だなんて認識が広まっているようだが……それこそ、神様から見てみれば「どうでもいい」話な訳だ。
人間でもそうだが、神様でも喧嘩する理由はほんの些細なきっかけだ。
好きになった相手が同じだったり、相手が度を越したちょっかいをかけてきたり、家族に対してとんでもない事をしてくれたり。
それらに対しての怒りや苛立ちといった「負の感情」が、善悪の根源なんだろう……と俺は思っている。
正しいかどうかは問題じゃない。
そもそも、善悪の基準なんて人によって違うもんだ。統一なんて出来るはずもねぇだろうよ。
……認識する相手によって、善と悪なんて簡単にひっくり返っちまうんだからな。
何処の誰だったか、忘れたが言っていたな。
正義の反対は、また違う正義だと。
全く持って、その通りだよな。
悪だと思っているのは、そういう風に認識を歪められた世界なんだからよ。
「……さて、と」
そんな事を頭の片隅で考えながら、俺は視線を上げる。
時折、空に浮かぶ月が雲で隠れるような薄曇りの夜。
丘の下で拡がるルコミスから聞こえてくる賑わいが静まっていく最中に、領主館は変わらずに室内から光を漏らしている。
昼も夜も関係無しに『お仕事』ですか。見上げた仕事精神だよな、全く。
それが、まともな仕事であれば、の話だが。
「行くか」
寄りかかっていた木から身体を離し、ゆっくりと近付いていく。
呼吸は細く、小さく、風を立てぬように。
気配は煙のように薄らいで、風に融けて消えていく。
こいつは、今は俺の代わりに眠っている「アイツ」には出来ない芸当だ。
理由は簡単だ。
俺のステータスとスキルは、アイツとは異なる部分が多い。持ってないスキルも多いだろう。
というか、アイツの「上位互換」でステータスもスキルも量と質が段違い。
だからこそ、俺を内包してる『器』である「コイツの身体」が限界以上に酷使されて消耗する訳なんだが。
(しばらくは起き上がれずに寝込むレベルのダメージは覚悟してろよ?)
聞こえてるかは知らねぇが、一応はアイツに言っておく。
まぁ、毎度の事だからアイツも分かっちゃいるんだろうけどよ。
「――【透視による精密調査】」
X線による透視検査のように周辺を見渡せるスキルによって、侵入者を妨げるような高さの壁の反対にいる見張り達の動きが丸裸になる。
ついでに【真実の眼】の効果も乗るから、相手が人間か魔族かを判別出来るという一石二鳥な代物だ。
これによると、ある程度の規則性はあるようだが……監視の目に、穴があるな。
「……よし」
壁に沿って歩き、外壁の中でも一番低くなっている場所を見つけると、近くに生えていた木から渡るようにして壁の上に降り立つ。
足音は鳴り響かないように消音スキルを発動させているから、近くに見張りがいても気付かない。
流石に、同じレベルの察知スキルがあれば感付かれるだろうが……ここの魔族達はそういうスキルを持ち合わせていないらしい。
侵入者が近くにいるのにそれに気付かない見張りを尻目に、俺は壁沿いに領主館の裏側へと回る。
どんな建物であっても、通用口、というものは存在する。
そこまでは監視の目が届いていないのか、手をかけると乾いた音を立てて扉が開く。
反対側に魔族の反応がない事を確認してから、俺は中へと侵入。
物陰から辺りの様子を窺いつつも、【透視による精密調査】の効果で魔族と遭遇しないように気配を断ちながら、ある場所へと足を急がせる。
その場所は――厳重な監視が置かれていた、地下牢の奥。
奴隷達はいくつかの牢に押し込めるようにして入れていたのに、一つだけ、隔離されたようにサーチマップに現れていた生命反応。
普通なら、そんな無駄な事はしないだろう。
……じゃあ、なんで「隔離する」必要があったんだろうな?
答えは、簡単だ。
「そうしなきゃいけない理由が、その人物には存在していた……と」
中央ホールを抜け、地下牢へ続く階段を静かに降りて行く。
時間帯的には眠気を覚える人間が増えだす頃だ。
但し、相手が本当に「人間」であれば、の話だが。
「――――」
階段を下りながら、俺は投擲用の短剣を両手に構える。
ここからは、素早い「仕事」が要求される。
戦闘経験の少ないアイツには、それはまだ無理だろう。
――だからこそ。
この時、この瞬間で、数ある『俺』の中で「俺」が呼ばれたんだ。
何故なら――
「おい貴様、ここで何をしていぐぅ!?」
階段を降りきり、詰所の中にいた看守役の魔族が駆け寄る前に額と喉から短剣を生やさせた。
声を出そうにも気道と脳をやられているから、何も出来ずにそのまま後ろへと崩れ去る。
「……? おい、何かあっ」
倒れた物音に気付いて詰所へ戻ってきた魔族の頭を、物陰からすれ違いざまに腰の短剣で串刺しにする。
お互いの勢いを利用した刺突に、鍔の辺りまで刃が埋まるが気にしない。
「――他愛ないな」
刃を引き抜き、人間とは違う紫色の魔族の血を振り払う俺の目は、冷徹そのものだ。
このくらいの「仕事」は数を数えるのも億劫になるほどにやってきた。
その時に相手にしてきた奴らと比べれば、こいつらは簡単過ぎて拍子抜けするほどだが。
「恨むなら『暗殺者』の俺に出会った、自分の運の無さに恨め」
光の粒になって消えていく魔族をそのままに、俺は地下牢の奥へと進んでいく。
これ見よがしに靴音を立て、これから顔を会わせる相手に「誰かが来る」事を意図的に知らせる。
「……誰だ? 私に用は無いだろう?」
「あんたにはなくても、俺にはある」
声の様子から、それほど衰弱しているようではないな。
カツン、と音を立てて立ち止まった牢の中。
そこには、処刑台に立たされる罪人のように縛り付けられた、ボロボロの衣服の男がこちらを見つめていた。
完全適応のおかげで、そこにいる男が誰なのかは分かっている。
……まぁ、それが無くても消去法で導き出せてはいたんだが。
「ルコミスの領主である、エトワイト卿。俺の目的のついでで、あんたを魔族から助けに来たんだからな」
そう言うと、男は驚いた表情でこちらを見つめ返していた。




