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29 その刃の名は


 礼拝堂の天井に備え付けられた天窓から、月明かりが差し込む。

 ぼんやりと照らし出される礼拝堂の中、俺はその光で身を清めるように、光の中央に座り込んでいた。


 手元には、二振りの刀が。

 一つは、この町で買った初めての武器で、認定試験に挑む時にも使った打刀。

 もう一つは、フランディールから受け取った大太刀だ。


 その二つのうち、打刀を手に取る。

 最低限の装飾しかされていない、量産前提の作りをした鞘から刀身を抜き出してみれば――細かいヒビが刀身にいくつも走っていた。



「……やっぱり、無茶があったか」



 スキルの「ライフ・サクリファイスブースト」による限定解除で発動させた剣技の威力に、刀自体が耐えられなかったのだろう。

 俺としてはむしろ、あんな無茶に付き合ってくれてありがとう、と言うしかないのだが。


 触れても刃が零れ落ちる、という事はないが打ち直しをしない限りは武器として使う事は不可能。

 あの店の店員に頼めばやってくれるだろうが……この状態だ。元のサイズのまま、という事はないだろう。



「予備の武器も調達する必要があるな」



 使い捨てにする訳ではなく、相手との間合いや距離。

 そして攻撃方法によって使い分ける、といった方が正しいか。


 素早い動きを得意とする獣型の魔物には、その長さと重さから大振りにならざるをえない大太刀で戦い続けるのは難しい。こちらも素早く取り回せる短剣などの方が遅れを取る心配が無くなる。

 逆に、大型の魔物に関しては弱点一点突破の尖った戦法よりも、大味でも確実にダメージの与えられる方法を取った方が結果的には早く済む場合もある。


 こればかりは経験がものを言うし、臨機応変に動けなければ意味が無い。

 そのために武器を多く持つのは、冒険者としては普通の考えだと思う。



「でもまぁ……武器を揃えるのは追々だな」



 自分の身が守れなければ、武器をいくら持っていても仕方がない。

 何かを守れない力は、ただの蛮勇だ。俺が望んでいるのは、そういう力ではないんだから。



「とりあえず、この打刀は研ぎ直して貰うとして……」



 鞘に丁寧に収め、もう一つの刀を鞘から抜き放つ。


 月光りに照らされ、俺の身の丈ほどもある蒼い刀身が輝く。

 鏡のように磨き上げられた刀身ではあるが、その表面には本当に些細なものではあるが傷が付いているのが見えた。フランディールの手に渡ってから何年経過しているのかは分からないが、まともな手入れもされずに放置されていたのだろう。


 それでも、この程度での状態で済んでいたのは、この大太刀に使われている金属の性質があったからだと思う。



「……確か、フランディールは『魔力を糧にして自己修復する』って言ってたよな」



 原料として使われている『アルタネイト』がそういった性質を持っていると聞いた。

 つまり、研いで刃の部分を削って整えるよりも、魔力を与えれば自分で勝手に補修をしてくれる、という事らしい。


 そう考えると、フランディールから自然と溢れ出ていた魔力を糧にして修復を繰り返していた可能性が高いのだ。



「幻想の世界って、すげー」



 元の世界と比べると何でもありな状況に、思わず本音が口からこぼれる。

 実際、形状記憶合金というものは開発されているが、自己修復や自己増殖となれば話が別だ。人類が目指している理想系の極みに存在している、夢の代物だ。


 そういった性質の代物がこの世界にはいくつも存在しているのだから、元の世界の科学者達が聞けば卒倒するかもしれない。解析した所で、異世界の物質なのだから実用可能かどうかも分からないのだけど。


 そんな物質に邂逅出来ている事に驚きも感謝もするが、だからといってそれで何かが変わる訳でもない。

 整備を怠けていたら死ぬのは、どの世界の戦場でも同じ事なんだから。



「魔力を与えるって、どうすんだろ」



 前の世界の知識に、武器を気で包む事で強度も威力も高める方法がある、というのは知っている。

 だが、今の俺にはそれを行うためのスキルもなければ扱えるだけのステータスもない。


 限定解除、の名の通りに「その場限りの習得」だった「疾風剣」も「エキストラヒール」も今は使えない訳だし。


 とりあえず、外部から魔力を接触させればよいのでは、という考えから、ファイアボールを当ててみようとして……考えを改める。

 いくら魔力を糧にしているとはいえ、この大太刀に「魔封剣」みたいな性能をこれに求めるのは考え方が飛躍し過ぎているか。


 無難に、攻撃力のない「ライトウィスプ」で接触させて試してみる。



「これを、こうやって……っと」



 詠唱して作り出した光の玉を、指先を振るようにして自由に遠隔操作する。

 その操作を可能としているのが、俺の指先から光の玉に繋がっている『魔力の糸』だというのが、先日の一件で感覚的に理解した。自然現象を相手に接続するのと比べれば、明らかに分かりやすいレベルだし。


 これを他の魔法に応用出来れば、魔術戦になった時に相手に対して有利になれるかもしれない。



「それでは、試しに一つ」



 ライトウィスプを操作して、左手に持って掲げた大太刀にそっと触れさせる。

 触れた瞬間、光の玉は熱したフライパンに乗せられたバターのように大太刀に溶け込んでいく。


 推測通りであれば、ライトウィスプに繋がっていた魔力の糸からも俺の魔力が持っていかれるのだろうと身構えていたのだが……どうやら、違うらしい。


 実際には、刀身に触れた部分に存在する魔力を選び取って吸収しているようだ。

 魔力の糸を伸ばして刀身に絡み付かせてみても、そこから魔力を奪い取られる様子はない。

 所持者が持つだけで魔力を奪い取られる、という事態は心配しなくてもよさそうだ。



「……だったら」



 底の知れない魔力に物を言わせて、ライトウィスプをいくつも発動させる。

 魔力の糸を次々と繋げて、並列しての操作訓練を臨時的に実行。


 自分の操作が出来る限界を知るために繋げては刀身に触れさせて吸収し……を繰り返していると、ふと、前の世界での知識と逸話を思い出す。



「……そういや、あの刀もこうやって傷を癒したんだっけ」



 今は姿無き刃でありながら、伝承に残り、数多の人々の想いを元に、再び現世にその姿を取り戻したと言われる、一振りの名刀。


 その名刀が持つ逸話に、今の状況が似ているのだ。

 かの名刀も、もしかしたら霊験あらたかな逸話だけではなく、こういった不可思議な素材の要素も含まれていたのかもしれない。



「……名前が無いんだったよな、お前は」



 フランディールに渡されたとき、この刀については「名がある」とは聞いていない。

 分解して銘を確認した時も、刀鍛冶師の名も彫られていなかったのだから。



「それに、異世界だからって流儀に乗っとる理由もないよな」



 刀身に集まり、修復させる魔力を与える光の玉が、まるで蛍のように見える。

 そんな、元の世界での逸話を元に、俺はこの蒼き竜鱗の大太刀に名前を与える。



「……フローライト」



 俺と共に世界を流れ、共に歩んでいく相棒に、名前という刃を。



「これから、よろしく頼むな」



 俺の呟きに答えてくれたのかどうか。

 蒼い刀身を煌めかせて、相棒は答えてくれた……気がした。



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