25 闇に胎動する思惑
「――連絡が途絶えた、だと?」
何処とも知れぬ、闇の中。
苛立ちを含んだ声が、燭台に点された一つの炎だけが宙に浮かぶ広い空間に響き渡る。
「はい。段階連絡であった『これより子を始末する』という連絡を最後に、生体反応も消えております」
「恐らく、親の逆鱗に触れたために消されたのではないかと」
「子竜殺しを人間の仕業に偽装し、怒りに狂わせた翼王に人間の町を襲わせる計画は失敗か……」
忌々しげに呟く声色に、憎悪が色濃く見えている。
何をそこまで駆り立てるのかは分からないが、恨みや憎しみといった感情で動いている以上、人間に対する感情は改善される様子は無いに等しいだろう。
「……まぁいい。別の計画は進んでいるのか?」
「操作薬の方はもうしばらくかかるかと。しかし、内部工作の件については順調に進んでおります」
「近々、その成果をご覧に頂けるかと」
「ふむ、期待しておこう……」
闇の中、怪しげな密談が続く。
その闇を――苦虫でも噛み潰したように忌々しげに睨む視線が一つ。
「……気に食わんな。だから叩くなら親にしろと言ったのだ、私は」
付き合いきれん、とばかりに密談を交わす闇の奥に言葉を吐き捨てて、彼は背を向ける。
そもそも、今回の召集は『魔族の権威をどのように復権させるか』を話し合うためだったはずだ。
それがなんだ。
蓋を開けてみれば、我らを陥れた他種族を滅亡させようだの、最も憎き人族を陥れる算段を考えるだのと、まるで建設的ではない。
そんな事をしているのだから、未だに魔族の認識は「全ての種族の不倶戴天の敵」などと言われるのだ。
確かに、過去においてはそのような罪を重ねた先人もいる。
だからと言って、後の子孫が。他の魔族が全てそうだ、とは思って貰いたくはない。
「全く……時間の無駄だったか。これでは民の事を考えている方がマシだったな」
来た道を戻りながら、彼は思考を領土の自治の方法へと促す。
魔族の中では珍しい爵位持ちである彼は、小さいながらも自国とも言える領土を持っている領主である。
但し、治める領土を民と一緒に耕したり酒を一緒に飲んだりするような、道楽領主ではあるが。
「……ん?」
領主としての思考に埋没する前に、視界の隅に珍しいものを見かける。
確かに彼も魔族ではあるが、この場に呼ばれていただろうか。
「やぁ、ヴェスト博士。このような場所にどうしてお出でに?」
「ローザリア卿であるか。我輩の事は家名の『ヴェスト』ではなく名前で呼んで欲しいのであるが。あと、その貴族貴族した口調はお主には似合わんのである」
「だったらそっちも家名で呼ばないでくれ、シュトラ」
「うむ。分かったのである、セルシュ」
横に連れ立って歩く。
彼ら以外に通る魔族はいないが、見る者が見れば恐れ戦いていただろう。
一人は、魔族以外にも名の知られた、創るものは災害も簡単に引き起こすとも言われる大天才の科学者。
もう一人は、人の姿をした竜、と称される外見と能力を持つ爵位付きの為政者。
この二人がお互いに手を組み合わせたならば、魔族内の勢力図がガラリと書き換わっているかもしれない。
それだけの実力を持つ二人が、親しげに言葉を交わしているのだから。
「……しかし、お前は相変わらず怪しげな物を創ってるんだな」
「怪しげとは失礼な事を言わないで欲しいのである。我輩が作るものは、次代の為に必要となるものばかりなのであるぞ?」
「その割には、用途がお前にしか分からんものばかりじゃないか」
「……使ってくれる誰かがいないのだから仕方ないのである」
しょぼんと肩を落とす科学者に、為政者は声を殺して笑う。
付き合いが長く――それこそ、幼い子供の頃からの縁ともなれば、このような軽口も叩ける仲だと言えるだろう。
「――で、姿が見えなかったがお前はどこ行ってたんだ?」
「フィールドワークで、蒼竜山脈まで行っていたのである」
「おいそれ、さっきの奴等が言っていた件と関係あるんじゃないのか」
「……あー、子竜殺しの件であるか?」
「それだ。そこに何しに行ってたんだ、お前は……まさか」
「勘違いしないで欲しいのである。我輩が行っていたのは、文字通りにフィールドワークである」
言葉に棘を増していく友人に、科学者は「大した事ではない」とばかりに肩を竦める。
「研究に必要な素材の補充も兼ねて、新しい素材の回収をしに足を伸ばしていたのである。同じ場所に強硬派の鼠が行っていたところで、我輩が協力しようと考えるのは億に一つも無いのである」
「……そうだったな。すまない」
「分かればよいのである。まぁ、憤る気持ちも分からんでもないのではあるが……セルシュも気をつけるのである。奴らの目と耳は何処にあるかも分からんのであるからな」
辺りをチラチラと確認しながら、科学者は一つの扉を開く。
彼に割り当てられたらしい部屋なのだが、雑然と物が置かれていて落ち着けるような雰囲気ではない。
「お前は何かに集中するといつもこうだよな。家政婦でも雇えばいいだろうに」
「我輩の事を知らずに勝手にアレコレされるのは困るのである。しかし家政婦という案は賛成であるからして、そのうちどうにかしておくのである」
「お前の場合、その「どうにかしておく」が斜め上の状況で出てくるから困るんだがな」
前例がありすぎるのか、為政者は顔をしかめる。
それを見て「それが我輩なのである」と自慢げに胸を張る辺り、彼の苦労も窺えるようだ。
「……まぁ、それは置いておくとして、である。セルシュ、これは何と見ますかな?」
懐から取り出した、小さな小瓶。
その中に入った、浅黒い液体を見て為政者は首を傾げる。
「……何かの血か?」
「左様。例の件に出ていた、子竜の血である」
「――なんだとっ?!」
「待つのである。我輩は手を下しておらぬし、子竜も『生きている』のである」
「……どういう事だ?」
先程とは逆に、科学者はニヤリと笑う。
「これは、我輩がこの血を採取する前の出来事なのであるが――唐突に膨れ上がった魔力の発生とその爆発があの場所で起きたのである。そして、その爆発に巻き込まれたのが……強硬派の鼠なのである」
「第三者が居たっていう事なのか?」
「その通り。しかも、その第三者は子竜を治療し、その後に血だけでも回収しようと降り立った我輩の事を知らない……一介の『冒険者』なのですぞ」
「――冒険者!」
為政者の顔が驚きに染まり、次いでニヤリと微笑む笑顔になった。
為政者ではあるが、彼も魔族。内心では、自分の心を躍らせる強者との出会いを待ち望んでいたりもするのだ。
「下級とは言え、魔族を倒せるだけの魔力を持つ冒険者か……面白い」
「やはりセルシュに言えば食いつくと思ったのである」
「ちなみに、他の誰かに言ったのか?」
「言った所で、勇者でも何でもない冒険者がダンジョンで下級魔族を倒すのは日常茶飯事。誰もまともに取り合おうとはしないのが関の山、そんな無駄はしないのが我輩のポリシーですぞ」
「そうだろうな」
つまり、この情報を知っているのはこの二人だけだという事だ。
「その冒険者の情報を集めておいてくれないか」」
「別に構わんのであるが、どうしたのだ? このような冒険者なんぞいくらでもいるだろうに」
「なに、私の勘だ。今の内に目を付けておいた方がいい気がしてな」
「むぅ……こういう時のセルシュの勘は「当たる」から困るのである」
言いながらも、記録はしようと科学者は考える。
彼の頭脳を活用すれば、数日の間に追跡が出来るだけの何かを創り出す事も可能であろう。
「魔族を知らない冒険者、か……これは会うのが楽しみだ」
為政者はその表情を戦士のものに変えて、まだ見ぬ相手に想いを馳せていた。
それが、彼の大きな転機になるとも知らずに。
新しく出た登場人物のキャラクターは既に決定済みです。
ただ、今回の話ではそれほど色が出ていないだけです。




