26 思いは表裏一体
「――帰ってきたぞっ!!」
翌朝、冒険者ギルドに入った瞬間にかけられた声が、それだった。
「……えっ?」
俺が驚いている間に、アンナさんがカウンターから飛び出してくるわ、今の声を聞いてギルド長が出てくるわ、奥の団欒室にいたいつもの冒険者達もこっちに出てくるわの大騒ぎに。
「大丈夫でしたかっ!?」
「よく無事だったな、お前っ!」
そして、あれよあれよと言う間に俺を取り囲む輪が作られてしまう。
……ちょっと待て。
俺、こんな騒ぎになるような事でもしたのか?
「あのー、俺、何かしました?」
「何って……ナナキさんがコルフェ山に行った直後から山側の天気が大荒れになるし、山から避難してきた冒険者達の中にあなたの姿が無かったから心配したんですよ!?」
……あぁ、なるほど。
普通なら避難しなきゃいけないであろう事態なのに、そのまま残ってたのが悪かったのか。
まぁ、あれくらいの荒れた天気は、実家に住んでた頃の台風直下を比べればまだマシなもんだったんだが。
時化た波と横殴りの大粒の雨。
まともに立っていられないような強風で、家ごと揺さぶられているんじゃないかって思ったもんだし。
「それに、避難してくる冒険者の中には『君が竜に咥えられてどこかへ連れ去られた』などと言う者も居たんだが、それは本当なのかい?」
「あー……」
そして、さっきからギルド長が俺の身体をしきりに触っているのは、そのせいか。
確かにそんな報告を聞かされたら気が気じゃないよな。というか、見られてたのか、あの状況。
「えーと、まず皆さん落ち着いてください」
状況整理をするために、俺は自分の周りに集まった人達をなだめる。
俺の事を心配してくれているのは充分に分かったから、少しは落ち着いて欲しい。
あまりにも周りが慌て過ぎていて、慌てるべき俺が逆に落ち着いてしまってるのも状況的におかしいんだが。
「俺は、死んでません。ちゃんと生きてます。足も影もあるでしょ?」
自分の足を叩いて見せて、健在である事を証明してみせる。
流石に服を脱いでみせる訳には行かないから、膝下まで裾を捲った程度だが。
「あと、竜に連れ去られたという話なんですが……流石に見間違いですよ。こんな紙装甲だったら咥えられた時点で全身砕けてますって
「……確かにそうだよなぁ」
「そんな装備だったら、襲われた時点で生きちゃいねぇだろ」
ウィルマキアに転移した時のままの俺の装備を見て、冒険者達が納得するように頷く。
防御力で言えば、革の鎧に少しばかり手を加えた程度のもの。
その程度の防御力しかないのだから、爪が軽く振るわれた程度でも大ダメージは避けられないだろう。
自虐を交えながら笑って説明したのが功を奏したのか、一人また一人と俺を囲む輪から人が去っていく。
だが、目の前の二人――受付嬢とギルド長の目は、まだこちらを見据えている。
「……とりあえず、納品していいです?」
「そうだね。あと、状況報告をして貰いたいから部屋まで来て貰おうかな?」
「あはは……」
がしり、と肩を掴んだギルド長の表情からは『私に誤魔化しは通用しないぞ』というメッセージしか読み取れない。
これは……正直に話すしかないのかねぇ。
「……で、実際の所はどうなんだい? 流れ人のナナキ=ムミョウ君?」
ギルド長室に入るなり、ニコニコとした微笑みを称えたままでこちらを見るギルド長のカタリナ・エルヴィースト。
俺をフルネームで呼ぶって事は、それだけ腹に据えかねてるって事でもあるんだろうなぁ。
「あの場では言いにくい事もあったんで、こうして隔離してくれたのはありがたいと思ってます」
「そう言うという事は……あの場所で何かが起きていたっていう事なのかな?」
「少なくとも、水面下では動き出している感じがしますね。もちろん、無用な混乱を避けたかった、というのもありますが」
「だから、あの場では当たり障りない情報と嘘を並べた、と?」
カタリナの問いに、俺は静かに頷く。
情報を整理してみれば、これは個人の手に負える代物ではないのが分かるはずだ。
ましてや、関わった相手が相手である。
どちらに転んだとしても、信憑性はあるはずだ。
「……とりあえずは話を聞こうか。あの場で、何があった?」
「子竜を、魔族が襲っていました」
「――魔族だとっ!?」
思いもしなかったフレーズに、カタリナが驚き立ち上がる。
魔族の認識は、全ての種族に対する不倶戴天の敵。
それが一般的な全種族の共通の認識であり、それは数百年前に起きた《大戦争》に起因しているのだが……その話はいつか、また別の機会だ。
「下級扱いの小悪魔でしたが、明らかに『誰かの指示を受けて』行動していました。人間用の装備を用意していたので、子竜襲撃を人間の仕業に仕向けるための襲撃だったのではないかと」
「そうだと言い切れる証拠は?」
「ありません。こればかりは、俺の言葉を信じてもらうしか無いですね」
これは、俺が現地で実際に見た情報と、フランディールと交換して得られた情報から推測しただけでしかない。
しかし、ある程度の真実性はあるだろう。
子竜を殺す事が目的なら、人間用の装備がなぜ必要なのか。
不要である物が『必要である』場合、そこには必ず理由が存在するのだから。
「そして、天候が荒れていた理由については、俺が言わなくても分かってくれるかと」
「……親の竜が子を探し求めて荒れ狂っていたため、か」
納得させられるだけの状況証拠は、揃っている。
だからこそ、あの場では不用意に口に出来なかったのだ。
――魔族が何かをしようとしている、という事実を。
「…………なるほどな。確かに、この話が無駄に広がるのは困る。よく、あの場で黙っていてくれた」
「話すにも、まだ不確定要素が多過ぎますからね。信頼出来る立場の人間だったらいいかな、と思っただけです」
「うむ。その選択は正しい。だが――」
「いだっ!?」
俺の前まで歩いてきたカタリナは、俺の頭に向かって音も無く拳を振り下ろした。
こぶでも出来たんじゃないか、と思うくらいの痛みに思わず目から涙が出てくる。いつ振り下ろされたのか分からないくらいに速かったぞ、おい。
「周りの人間を心配させたのは良くないな。これで相殺とするが、次は倍にするからな」
「は、はい……」
じわじわと響く痛みに頭を抱えていると、その頭にそっと手が置かれる。
「そして……よく、無事に戻ってきてくれたな」
「試験に合格してくるって、シスターと約束しましたからね」
蹲っているために、カタリナが今、どんな表情をしているかは分からない。
ただ、置かれた手からは回復魔法の魔力を感じるから、怒っている訳ではないようだが。
「魔族と遭遇して、無事に帰れた者は少ない。まして、低ランクの冒険者であれば尚更だ。本当に、よく無事だったな」
「色々と……運が良かったんだと思います」
チートで底上げされていたとしても、そうでなければ俺が魔族を倒して最悪の事態を回避させるという成果を出せるはずが無い。
偶然も続けばそれは必然だというが、その前提として引き起こさなければいけない『偶然』は、なかなか起きてくれないだろう。
「それでも、だ。こうして、君の姿を見る事が出来たのは、本当に嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「君が伝えてくれた情報は、すぐに上層部に連絡しよう。既に何らかの手を回されている可能性が高い」
「お願いします」
魔族が影ながら動いている、という事が明るみになるのは随分と先の話になるだろう。
だが、対処をするために「動いていた」か「動いていなかった」か。
この二つの違いは、やがて大きな違いとなって現れて来るはずだ。
(……俺の杞憂であって欲しいんだが)
予測する、最悪の事態。
魔族との戦争である《大戦争》の再来が訪れないようにと、俺は願うしかなかった。




