16 三女神の依頼
「――では、改めて名乗らせて頂こう」
そう言って、三人揃った彼女達は佇まいを崩す。
「三女神は次女、ミネルバだ。裁判と戦の神を名乗らせて貰っている」
「……長女の、リーディア。知識と商業、二つの神をしてる」
「末妹のアルカナだよー。自由と創造の神様をしてるんだー」
佇まいを崩した次女の先導で、俺に改めて自己紹介をしてくれるウィルマキアの三女神。
チートを施されたけれども、元々は有名でもなければ何も満足に出来ない人の身。そんな身分で女神様に自己紹介をさせてるっていう後ろめたさが凄いんだが、本人から「させて欲しい」って言われたんじゃ仕方ないと思うんだ。
それに、ですよ?
「それじゃ、俺も言わないと駄目だy」
「あぁ、問題ない。知っているぞ、狭山芳和だろう?」
「……でも今は、こちらの世界に合わせて、ムミョウ・ナナキと名乗ってる」
「お母様が目をかけている人だっていう事で、お母様から色々と聞いているのですよー」
「……えー……」
こう、相手に個人情報が駄々漏れにされていた事実を聞かされるのは、どうかと思うんですけど。
神様の前ではプライバシーも何もなしですか。閻魔でも少しは秘密にしてくれてるだろうに。
「……で、肝心のお母様はどちらへ? 文句言いたいんだけど」
「娘の私達でも把握が出来ないくらいに自由人なの」
「知ってる。でも、そうなると……」
「すまん、私達でもどこに行ったのか分からないんだ」
「……そうか」
元の世界に居た頃から自由人だったから、それはもう諦めがついてるけどさ。
俺に関わる事くらいは自分にさせてくれよ、とは思う。自己紹介しようとしたら相手が全部知ってました、なんて展開は初めてだし二度と出会いたくない展開だぞ。
「……まぁ、母があんな感じなのはいつもの事だ。苦労かけてすまないな、娘を代表して謝ろう」
「や、頭下げなくていいってば。俺もそれを知ってて付き合ってたんだから」
背を伸ばして頭を下げようとするミネルバを制して、俺は曖昧に笑う。
「それに、エルクゥに謝ってほしいのは事実だけどそこまで本気に捉えないで。あいつとのいつものやり取りみたいなもんだし」
俺だって、何かとエルクゥに悪い事をして怒られたり謝ったりをしている。
本気で喧嘩をした事はあるのか、と聞かれると「ない」としか言えないが、それでもお互いに相手の人となりというものを知っている。
ただ、恋仲になるつもりはないし、それは恐らくエルクゥも同じだ。
この「親友」という距離感が心地良く、お互いにそれを認め合っている。
だからこそ、元の世界に居た頃から打ち解けあった親友だし、ウィルマキアに来ないかと誘われてもすぐに頷けた。
お互いの半身だ、と言えるほどではないがそれなりに彼女の事を理解しているつもりだ。
「どうせ、どこかで俺に与えるチートを考えてるんだろうさ。会ったらその時に文句は言ってやるよ」
『…………』
用件がある時には見つからないのに、向こうが構って欲しい時には自分からやってくる。
まるで猫のような奴だよなー、と笑っていたら……三人の女神がこちらをぽかんとした表情で見ていた。
……あれ?
何か俺、間違った事でも言ったか?
「……凄い。母という存在を、私達よりも理解している」
「うん。何というか……尊敬しちゃう」
「そうだな。母の手綱を握れるのは、ナナキ……あなたぐらいしかいない気がする」
ちょっと待って!?
女神様達の信頼度がなんだか振り切れる勢いでグングン上昇してる気がするんですけど!?
「待ってよ、あんな自由奔放すぎる暴れ馬を乗りこなせとか勘弁してくれ」
「だがしかし、あなたは私達よりも母の行動を把握し、理解している。頼めるのはあなたしかいない」
「……結婚しろとは言わない。ただ、暴走しないように見張っていて欲しいだけ」
「私達も手伝うから……ね?」
「う……」
確かに、最近のチートの件も含めて、エルクゥの暴走っぷりは少し目に余る所がある。
三女神がこうも言うんだから、娘でもある三人にはどんな風に映っているのか。
想像して……好き勝手やってるエルクゥに振り回されて後始末もさせられてる彼女達の姿しか見えなかった。
「……はぁ」
そんな事を考えて――俺は、深く深く溜め息を付く。
こういう事を考えてるから、俺は「お人よし」だとか「使い捨ての駒」だなんて言われるのかもな。
……あぁ、そうだ。
こういう性分なんだよな、俺は。
だから、こういう決断をするのも仕方ない。
「やるだけやってはみるけど……保障は出来ないからな」
口にした瞬間、三人の表情が花開くように和らぐ。
「引き受けてくれるだけでも充分だ! ありがとう、ナナキ!」
「……本当は私達がしないといけない事。頼んでしまって、ごめんなさい」
「私達に出来る事は少ないかもしれないけど、手助けするから!」
そして、感謝の勢いのまま俺の手を握るとブンブンと音を立てて上下に振りまくる。
いや……そこまで感謝されるとは思わなかったし、まずはちゃんと手綱を握れるかどうかも分からないんだけども。
だけど。
ここまで感謝の気持ちを伝えられて、嬉しそうな表情を見せられて。
やっぱり出来ません、なんて言えるはずがない。そもそも、言うつもりは俺としては一切ないが。
やらずに言う「出来ません」と、やるだけやってみせての「出来なかった」には、0と1ほどの開きがある。
同じ結果になるとしても、俺は無駄と分かっていても挑戦する方がいいんだ。
……その結果、俺の評価が落ちたとしても。
評価が落ちるのは、俺が力不足だったから。
相手の期待に応えられなかったから。
相手は悪くない。俺が悪いんだ。
「あまり期待はしないでくれよ。俺にはそんな……みんなに期待されるだけの力はないんだから」
俺は、名ばかりで姿形を真似ただけの張子でしかない。
だからこその【無名の英雄】だ。俺自身に力もなければ、誰かを動かすだけの名声もない。
だから、俺の出来る範囲で精一杯に手を伸ばすだけだ。
それで変わってくれるのであれば、それでいい。
変わらないのであれば、きっかけの一つくらいになってくれればいい。
俺の価値なんて、そんなもんなんだ。
「……大丈夫」
けれど。
そんな俺を見るリーディアは、ほにゃりと柔らかな笑みを浮かべていた。
「……あなたは、出来る」
「あぁ。母が目をかけているんだ、それくらいの事は出来るさ」
「お願いしてるのはこっちなんだから、自信持ってよぅ」
……そうだな。
頼んだって事は、俺に出来ると信じてるから。
そうでなければ、そもそも頼み事なんてしないだろうし。
「……わかった。やるだけやってみるよ」
「ありがとう。これで、少しは母も落ち着いてくれればいいんだが……」
「あ、それは無理。じっとしてるエルクゥは想像つかない」
「そうだよねぇ、私よりも自由気ままなんだもん」
「……でも、賑やかなのは、好き」
「私も賑やかなのは好きだが……周りに迷惑をかけないでくれればいいのだがなぁ」
「あはは……」
彼女達も彼女達で、エルクゥには迷惑をかけられているんだろうか。
だとしたら、仲良くできるかもしれない。
「……さて、そろそろ時間だな」
「時間?」
「うん。こっちの都合で呼び出したけど、もうそろそろ朝だから」
そう言えば、俺は寝ている所をこうして【神託謁見】で呼び出されたんだったな。
時間は流れないとエルクゥは言ってたけど、それは状況によりけりなんだろう。
「母がまた何かやらかしてくれるだろうが……私達も出来る範囲でフォローする。付き合ってあげて欲しい」
「了解。ま、付き合うというよりも付き合わされるんだろうけど」
「確かにお母様ならそうするかも」
クスクスと笑い合って、立ち上がった。
少しずつ光が強まっていく。目覚めの時間が近付いてきている。
「……それじゃ、母の事、お願い」
「何か無礼な事をしたら、容赦なく叩いていい。娘である私達が許可する」
「いいんかい」
「いいのっ、たまには痛い目見たらいいんだから」
嫌われている訳ではないんだろうけど、そう言い捨てるまでに迷惑を被っているって事なんだろうか。
何というか……エルクゥ、駄目だろ。
「それで、たまにだけど……私達にも会いに来て欲しいなぁ」
「うむ、友人としてもてなそう。私達も気に入った」
「……待ってる」
「あはは……時間が出来たら、ね」
楽しかったから、また会いたいと思ったのは確かだけど。
……神様の知り合いが増えて、俺はどうなっていくんだか。
どこかで帳尻が合わせられるのかもしれないが、それはまぁ、その時だ。
「それじゃ、また」
三者三様に見送られて、視界が光に包まれた。
そして、少しずつ耳に届いてくるのは、街の喧騒と鳥のさえずる声。
「…………ふぁ」
身体を起こしてみれば、借りている教会の一室。
無事に意識がご帰還したところで、目の前にウインドウが開いて「情報の更新がありました」という旨のシステムメッセージが届く。
正直、もう慣れてしまったので驚きもしないんだが。
「今日も頑張りますか」
エルクゥが何をしようとしているかは分からないが、それはその時にならないと分からない。
だったら、俺はそれまで普段通りに過ごすだけだ。
そのためにも……まずは、今日を頑張らないとな。




