17 学ぶ志、育てる志
新しい技能の獲得や強化のために依頼を受けたり、世話になっている教会の清掃に精を出したり、ギルドで自分なりに文字やウィルマキアの事を勉強したり。
そんな風に、元の世界では久しく感じていなかった充実感を全身で感じながら過ごす事、一週間。
冒険者ギルドからの呼び出しが、俺の元に届いた。
頼んでいた「先生」が到着した、という連絡があったのだ。
……あったのだが。
「二人しか居ないじゃないですか」
呼び出されて向かったギルド長室。
中に入ると、そこで待っていたのはギルド長と受付嬢のアンナさん、二人だけであった。
「いや、既に『先生』は来ているぞ」
「姿が見えない魔法でも使ってるんですか?」
「そんな魔法があるとは聞いた事がないね。アンナちゃんは知ってる?」
「私も聞いた事がないですよぉ」
……という事は、この部屋には俺を除けば二人しか居ない事になる。
しかし、俺に教鞭を取ってくれる『先生』は既にこの部屋の中に『いる』という。
「だとしたら、その教師は――随分と、生徒の見定めがお好きなようで」
「おや、どうしてそう思うのかな?」
にっこりと微笑むギルド長に、俺は指を二本立てる。
「理由は、一に『教えるに値するだけの人物か』を見定めるため。相手に教える気があっても、教える生徒が気に入らなければ「約束を反故にする理由」に出来ますからね」
「なるほど。そして、もう一つの理由は?」
「簡単な事です、先日のやり取りの『意趣返し』ですよ。そうですね、先生――いや。『ギルド長』?」
そう言って、ニヤリと微笑んで言葉を返した。
先日の密約で、俺が「流れ人」である事を交渉に使って有利に運んだように、ギルド長もその立場を活用して俺が「ギルドの一員」としてちゃんと活躍しているかどうかを監視していた、という事だ。
その監視の目となっていたのが、ギルド長の隣で立っている「受付嬢」のアンナなんだろう。
そうでなければ、一介の職員である受付嬢が「この場に同席している」理由にならない。
「…………ふふっ。実に面白いね、君は」
そこまでの理由も説明すると、ギルド長はクスクスと笑った。
その笑い方は嫌味を感じさせるものではなく、目論見がばれて困ったというような感じの笑い方だ。
「もしかして、最初からバレていたりするのかな?」
「俺はそこまで頭が良い方じゃないですよ。色々と推察して、そこから導き出しただけです」
扉を開けるまでは、そこにエルクゥがいる可能性だって考えていたのだ。
何度も言うが、あの世話焼き屋である。こういうイベントに積極的に関わってこない筈がない。
しかし、実際には居なかった。
であれば、消去法で考えるしかない。
受付嬢のアンナが教師となるのであれば、他に受付嬢の職員が居ないといけない。
だが、この一週間、何かとギルドに通い詰めていたが……アンナ以外の受付嬢を見た事がない。
そこに、部屋には二人しか居なかった事を踏まえると、導き出される答えはそれしか考えられないのだ。
「先生を呼ぶ為の口実は、嘘。というよりは、俺の事を見定めるために監視しつつも、授業を行うための資料を集める時間稼ぎも含んでた……ってところでしょうね」
「おやおや。そこまで分かられていたんじゃ、お手上げだね」
「ギルド長が俺に教鞭を取ってくれる『先生』だという前提が無いと、結び付かない理由ですけどね」
肩を竦めて、俺はギルド長に笑いかけた。
「それで……生徒としては、合格点でしょうかね? 先生」
「あぁ。合格なくらいに優秀だよ、君は」
パチパチと拍手をして、ギルド長は立ち上がる。
どうやら、俺は「教える価値のある生徒」として認められたようだ。
「君の推察通り、私が君の教師役を務めよう。ギルドの業務の合間ではあるけど、君に教鞭を振らせて頂くよ」
「ありがとうございます……でも、大丈夫なんですか?」
「ここが首都の冒険者ギルドであれば、そんな時間は無いと突っぱねていただろうね」
ギルド長の言葉に、そうだろう、と俺も思う。
適当に教材を渡して「これで勝手に学べ」と丸投げにするのが関の山だ。
「……ただ、幸か不幸か、イシュマは地方都市としてはやや小さい方で本部から回されてくる仕事の量はそれほど多くはない。君にこの世界の勉強をさせてあげられるくらいの時間は取れるんだよねぇ、これが」
「その割には、ちょっと楽しそうにしてませんか?」
「そりゃあ、自分の手で後輩を育てられるんだから気持ちが高ぶりもするだろうさ。アンナちゃんも、そろそろ後輩の育成に入らないといけないんじゃないのかなぁ?」
「うあー、痛い所を突かれたー!」
……受付嬢が他に居なかったのは、良くも悪くもアンナが原因だった、という事か。
そりゃあ、細かいミスをしてギルド長に耳を抓られたりしてる訳だよ。
「……長い付き合いになるんだし、改めて自己紹介をしておこう。役職抜きでね」
笑いつつも立ち上がったギルド長が、表情を切り替えてこちらに手を差し出す。
「カタリナ・エルヴィーストだ。気楽に、カタリナと呼んでくれればいいよ」
「……ムミョウ・ナナキ。ナナキでいいです」
差し出された手を握り返して、改めて名乗る。
役職抜き、とカタリナは言っていたが……俺もいつか、誰かに名乗るような役職が付くんだろうか。
まぁ、それまでの道のりは遠いんだろうけど。
「それで、いつから始めるんですか?」
「明日からだね。資料がまだ届いていないものもあるし、まずは私が内容を把握しておかないといけない。なに、仕事はそれほど忙しくはないから準備くらいは同時に出来るさ」
「私もお手伝いしましょうか?」
「私の仕事を手伝う前に、アンナちゃんは自分の後輩をちゃんと育てなさい。それが先日の件の『罰則』にしたでしょうが!」
「ひやぁぁぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいぃー!」
彼女の頭を両側から拳で挟んではぐりぐりと捻りながら締め付けているらしく、アンナの口から悲鳴交じりの謝罪が出てきた。
後輩の育成が『罰則』になった以上、責任問題もあるし監督として何が起きるかを未然に対処しなければならないのだから、そうされるのも当然だと思う。
「うぅー、カタリナさんが酷い事しますぅ……」
「私だって、仕事をちゃんとしてくれるんであればやらないよ、こんな事は」
涙目にして訴えるアンナに、カタリナは肩を竦めて小さく溜息。
確かに、普段のアンナの仕事の様子を見ていると、どうにも危なっかしいのだ。
「そうですよねぇ。たまに、その場に居合わせた冒険者の人達に仕事を手伝って貰っていたりするし」
「……へぇ、そうなんだ」
ここ最近のギルド通いで見かけていたアンナの行動をポロリと呟くと、先程の笑みとは違う意味で、カタリナがにっこりと微笑む。
見間違いでなければ、目が輝いていた気もする。
「ナナキ君。その話、詳しく聞いていいかな?」
「これもギルドの貢献だったりします?」
「内容次第では、特別手当としてボーナスもつけよう」
「分かりました。僕の知る限りでお話しましょう」
再び握手。
しかし、今度はがっちりと強く。
「ひぇぇぇ……」
隣で青ざめて、今にも部屋の隅でガタガタ震えて命ごいをしそうなアンナには悪いが、これもギルドのためだ。
尊い犠牲になって頂こう。
ーーこうして。
俺は、知識を確認するための術と場所を確保出来たのだった。




