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異国の姫つばさ  作者: 砂糖 桃子
はじまりの月夜
9/10

光る珠姫

 かくとびらから長い階段を降りたところにあった地下室。そこに封印ふういんされていた妖刀・珠姫(たまひめ)。その刀が人の手に触れようとするのは、約千年ぶりのことだった。

 兼助が蝋燭(ろうそく)をもって先頭を歩き、つばさと青藍、そして十四代目かぐや姫がうしろにつづく。

 行き止まりになっている。兼助があたりの燈台に火をつけてまわると、ぼんやり岩が見えた。刀は、そのえぐれた岩の(みぞ)の部分に置かれていた。

「これが、妖刀・珠姫(たまひめ)でございます」

 兼助は胸が苦しそうだった。

「どうしたの、おじいちゃん」

 つばさが心配して聞くと、

「この妖刀は千年ものあいだ巫女みこの手に浄化じょうかされておりませんから、わたくしのような老いぼれには息苦しいほどの妖気がはっせられているのでございます……」

 つばさがふと見ると、十四代目もまゆをよせていた。彼女も息苦しいのかもしれない。

「青藍は平気なの? 」

「ああ」

 妖刀・珠姫。つばさの目には、金色の光りを(まと)っているように見えていた。

「どうして光ってるの? 」

「光りですと? 」

 兼助はおどろいて刀を見る。十四代目も(にら)みつけるように目を細めて刀を見る。しかし、その光りはつばさと青藍にしか見えないようだった。

「妖気だ。人間にも見えるもんなのか」

「そういえば鬼たちも、赤や青の気配みたいなものを(まと)っていたわ」

 つばさは以前、鬼に(おそ)われたとき、視界の(はし)に感じていたものを思いだした。

「やはり、つばさ様は正当な後継者。さぁ、手にとってくださいませ」

 兼助にうながされ、つばさは刀のほうへと近づく。

 けれどつばさは、刀が自分を拒絶(きょぜつ)してくれたらいいのに、と考えていた。刀をもてなければ、戦えと言われることも、姫と呼ばれることもない。どうか拒絶されますように……。つばさはそう念じながら刀に右手をのばし、そっと()れる。拒まれない。そのまま、(つか)に手を置く。そっともち上げると、予想以上に重たいものだった。

「もてちゃった……」

 黒い(さや)から引き抜くと、銀色の刀身(とうしん)がきらめいた。それと同時に妖気があふれだす。熱い風のようなものがつばさに吹きよせ、喉が焼ける。

「うっ……」

 あわてて(さや)にもどそうとすると、とたんに、(つか)が熱くなり、つばさは思わず手をはなした。手のひらも焼けていた。

「いった……」

「つばさ様!! 」

 走りよった兼助も、息が(あら)かった。

「なによ! この異国いこくの娘も珠姫に拒絶(きょぜつ)されたじゃない! 十五代目ではなかったのよ! 」

 十四代目は(ひたい)に冷や汗を浮かばせていた。彼女も妖気(ようき)で苦しいようだ。

「それはちがう」

 青藍はつばさの手首をつかみ、彼女の火傷を確認しながら言った。

「異国で、俺は鈴を鳴らしてまっていた。そこにつばさはきた」

「鈴? 青藍の刀についた鳴らない鈴でしょ? 」

 鼻で笑う十四代目に、つばさはぽかんとする。

「え? いつも鳴ってるじゃない。青藍の腰できれいな音をだしてるわ」 

「この鈴は、俺の一族が受け継ぐ鈴だ。守るべき(あるじ)を呼びよせる。鈴の音は、主にしか聞こえない」

「そんな……、それじゃあ、その子が十五代目なら、どうして刀をもてないのよ! 」

「もてましたぞ、一瞬ですが、たしかに」

 兼助は青藍に肩をかりながら、十四代目に反論はんろんする。たしかに、つばさは刀をもち上げた。

「つばさは刀の結界に拒まれたわけじゃない。つばさの気持ちが鬼に負けているだけだ。どうせ、つばさのことだから、刀をもちたくないとか、戦いたくないとか考えてたんだろ」

「そ、それは……」

「図星だな。そんな気持ちで鬼の刀がもてるわけねぇだろ、バカか。気持ちの問題だ」

 つばさは、火傷でひりひりする手のひらを見つめ、「気持ちの問題で刀をもたずにすむなら、ずっとこのままでいたい」と、考えていた。


 つぎの日、青藍は城をでていた。城から半日ほどの場所にある村のはたけに鬼がでたという知らせを受けたのだ。

 城をでる前、

「すぐにもどる。もしものときは、自分の身は自分で守れよ」

 青藍はそう言って、つばさのわきに置かれた珠姫を(あご)でさした。

「気持ちの問題だ。いいな」

 青藍の腰で、鈴が()れていた。

 その青藍の留守を(ねら)ってか、あるいは単独(たんどく)なのか、一匹の青鬼が城に乗りこんできた。悲鳴が響きわたった。つばさはお十世と、数人の侍女(じじょ)(さむらい)の後ろに隠されていた。

「つばさ様、もしものときはお一人で逃げていただきます。わたくしどもが鬼を引きつけているあいだに、できるだけ遠くまで走ってください。きっと青藍様が」

 震えるつばさの耳元でささやいていたお十世の声は、侍女たちの悲鳴でさえぎられた。

「いやあああああ」

 襖が飛んでくる。つばさは侍女たちの影で耳をふさぎ、目をきつく閉じて震えていた。

「戦え! 戦うんだ! 」

「姫様、姫様」

 飛び交う声、悲鳴。つばさの肩をかばうように抱くお十世の手も、つめたくなって震えていた。

 (おそ)(おそ)る目を開けたつばさの前にひろがっていたのは、侍のぐったりした身体の上で、首が折れて横たわる侍女だった。

「あ、あ、あ」

 つばさは声がでない。また一人、また一人と鬼の手でにぎり(つぶ)されていく。牙で噛み(くだ)かれていく。

「つばさ様を守るんだ!! 」 

 そう言って鬼に突進していったのは友成(ともなり)だった。友成の細い身体は、刀ごと鬼の腕に(はじ)き飛ばされ、襖を破って飛んで行った。

「ともなりさま……」

 かすれた声でつぶやいたのは、お十世だった。

 逃げまどう侍女。順に食われていく侍たち。

「つばさ様、お逃げください、どうか、ご無事で。あなた様は、わたくしどもの希望の光りでございます。そのことを、おわすれになりませぬよう」

 お十世の目から、涙がこぼれていた。彼女はつばさの身体を奥の部屋へ押しだし襖を閉めた。つばさは腰が抜けたまま、気づけば手に珠姫をもっていた。

「お十世……」

 お十世も一緒に逃げよう。そう言おうと襖に手をのばしたつばさ。けれど、聞こえてきたのはお十世の悲鳴、そしてそれがぴたりと止まって生まれた一瞬の静寂(せいじゃく)だった。

「お十世……」

 つぎは自分だ……。身体中の血液が冷えていく、つばさ。けれど、右手だけが燃えるように熱い。どくり、どくりと激しく(みゃく)()つ心臓。死にたくない、死にたくないと、くちびるから落ちてくる言葉。

 襖が破られた。鬼の左腕がつばさのほうへとのびてくる。散らばる死体の山。その中で、ぐちゃぐちゃになったお十世の、唯一(ゆいつ)形を(たも)った目玉が眼窩(がんか)から転がりでて、鬼の足もとで止まった。

「あ、あ、あああああああ」

 (かん)(だか)い声で叫んだつばさは刀を抜き、落雷のように鬼に斬りかかった。鬼の左腕がすぱっと落ち、飛び散る血が、つばさの全身に飛んだ。

「死ね!! 死ねえええ!! 」

 珠姫の金色に光る妖気がつばさの腕まで包んでいる。鬼がふり下ろしてきた刀は、珠姫とぶつかり、いとも簡単(かんたん)に折れてしまった。そのまま珠姫が鬼の心臓を貫く。

「死ね! 死ね! 」

 つばさは何度も鬼の胸を刺し、首も貫いた。返り血のすべてを全身に浴びながら、つばさは(くる)ったように鬼を刺しつづけた。


 青藍と討伐体(とうばつたい)が城に帰ってきたとき、つばさの部屋には十数人の死体が散らばっていた。そのそばで、鬼に(またが)り、その青い身体を何度も刺しているつばさがいた。彼女は返り血で顔も胴体も赤黒く染まっていた。

「つばさ! 」

 青藍が()けよると、つばさは鬼の腹からうしろに飛んで、畳の上で刀をかまえた。そこから勢いをつけて青藍に斬りかかる。

「おい、俺だ。つばさ、つばさ」

 つばさの刀を受けながら、青藍は何度もつばさのなまえを呼んだ。

「しっかりしろ!! 」

 青藍がつばさの腕をひねって刀をたたき落とす。すると、つばさはしばらく放心(ほうしん)したように固まっていた。そしてあたりの様子と、青藍の顔、自分の身体中に染みこんだ血を見ると、白目を()いて(ひざ)から(くず)れていく。青藍は彼女の背中を抱きとめた。




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