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どうしたものやら、というか久しぶりに会えた息子がこんなふうに言っていて、パウラ様はどう思われるのでしょう?
こんなふうに、というのはもちろん早々と我が家に戻ろうとする発言のことですが、それ以外のことは何も聞こえませんでしたが、向き合うソファに目を向けます。パウラ様はといえば、ソファに身を埋めんばかりに倒れ伏せ、顔を手で覆い、ふるふると震えていました。
どう見ても、笑っています。今にも笑い転げんばかりです。
先ほども暴走気味のネヴィルに笑っていらっしゃいましたが、一体なにがそんなに笑壷に嵌るのでしょう。わたしにしてみれば、おかしいというよりおそろしい雰囲気だというのに。
隣の息子はわたしの手をぎゅうと握ったまま、顔だけをお母様に向け表情を消しました。
「笑い事ではありません、母上。セラフィーナ様に認めていただかなければ息子は一晩中憂悶し続けることになるのですよ。」
「えっ、いえ、わたしが決めることでは……」
「セラフィーナ様のお許しさえ頂ければ、私は直ぐにでも従者として貴女の側に戻ります」
「でも、ネヴィル様。久しぶりの一家団欒でしょう? もっとゆっくりしなければ、御家族も寂しいのではありませんか?」
「いいえ、まったくそんなことはありえません。」
きっぱり。
しかしそれはネヴィルの一方的な考えで、なかなか帰って来ない息子を待つのはやはり寂しいんじゃないかしら、と空いている手を頬に。
一か月ぶりの帰宅なのだから、一緒にやりたいことや話したいことがあるものでしょう。むしろもっと頻繁に長く休んでくれても、いえ、休むべきだと思うのです。だってまだネヴィルは子どもなのに。
わたしの考えがネヴィルの希望に反していくのを察したように、そこで彼は「ねえ母上」と同意を求めました。パウラ様はにっこり笑って頷かれます。
「ええ、こちらとしては構いません。元々、ネヴィルは王都にやろうと考えておりました。預ける先が見つかればすぐに。今は王都に居りますが、領地に戻ればそうそう会うことはなかろうとも。私たちはできるだけ今のネヴィルを応援したいと思っております。」
すっと息を吸った彼女はぴんと背筋を伸ばします。細められた目は優しく、滲む慈愛にふと他界したお母さまのことが思い返されました。
ネヴィルがわたしの従者を望んだときに、家族から冷遇されて……なんて考えたことが申し訳なくてたまりません。
こんなに、愛していらっしゃるのに。
「どうして預けようと思われたのですか?」
我が家に、と続けてしかとパウラ様を見つめます。
かわいい子には旅をさせよと言いますが、わたしならこんな美少年を都会に送るだなんて考えられません。
せめて、信用のおける相手を吟味に吟味して、慣れた従者を付けて、それでも不安で頻繁に顔を見に行ってしまうと思うのです。
なのに預けた家は我がアーチボルト家。お父さまの仕事上ならばわかりませんが、あまり関わりがあったとは思えませんし、お父さまの「プレゼントに用意したよ、いらなければ処分するよ」という口ぶりからしてもそんなに良い対応で引き取ったとは考えにくいです。
赤い唇の端が、にっこり上を向きました。
「先ほども申しましたが、ネヴィルはほんとうに無感動な子で……私たちはこれからずっとそうかと心配していたのです。王都ならひとつくらいはなにか、と思ってのことでしたが、要らぬ心配でしたわ。」
「要らぬ心配?」
「ええ、セラフィーナ様のお陰ですわね。こんなに楽しそうなネヴィルを、私たちはずっと見たかったのです。」
「セラフィーナ様を見て私の世界は初めて色鮮やかに輝いたのです」
楽しそう、確かに楽しそうですけれど。
頬を薔薇色に染めるネヴィル。まだ子どもなのだから家族と過ごしてほしいのですが、楽しみを奪うことになってしまうのは少々気が引けます。
それならば、わたしの側で初めの目的通りに様々なものに接し、世界を広げさせてあげたいものです。ネヴィルの無表情が思い出されました。
「でも、だからと言ってそんなにすぐに戻る必要は」
「実家に居たくないわけではないのです。ただ僕はもっとセラフィーナ様のお側に居たくて……こんな気持ちは初めてなのです。ですから、どうか、このまま付き従ってもよろしいでしょうか」
ガラスのようなきらめきが瞳の内に光り、色の深みを増します。
いつもとは違うその懇願がなんだか心に染み入って、わたしはゆっくりと口を開きました。
「それなら」
「そんなの、絶対許さないんだからっ!」




