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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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一章 最終話 プロポーズ

 



 意を決してリナリアが恐る恐る口を開く。


 この時、アシュヴァルは自分の背中に鎌を持った死神が居ると錯覚していた。

 


「…あの!私って、アシュヴァル様に、に、たたた食べられるわけじゃ…!ないんですか?」


 数秒の沈黙。


 アシュヴァルの思考が停止した。

 しかしその脳内では死神がその言葉に鎌を振り損ね動揺しているすがたが再生されていた。


「は?」


 珍しく間抜けな声がでた。


 しかし、リナリアは青ざめながら続ける。


 両手の拳を握り締め、足はしっかり地に着いていて、俺の番は何と可愛いんだろうか。

 …アシュヴァルは動揺していた。


「だ、だって糸とか!独占とか!獲物逃がさないとか!囲い込むとか!保護とか!保存食とか!なんか…なんかっ!私を美味しく育ててるのかと…おもって!」


 アシュヴァルは必死になって叫んでいる番をぼうっと眺めていたが、気を取り直し、そして、ゆっくり顔を両手で覆った。


 アシュヴァルの肩が震えている。

 蜘蛛脚が忙しなくぴっぴこしている。


 初めて見る脚の挙動にリナリアが怯える。


 こ、今度こそ怒った!?

 

 だが違った、アシュヴァルは必死に笑いを堪えていた。

 そのうち我慢ができなくなった。


「っ…は、はは…」


 アシュヴァルは本当に堪えきれないみたいに笑った。


 その姿を見たリナリアの身体に衝撃が一度走った。


 周りの蜘蛛族が息を呑む。

 アシュヴァルの笑った姿なんて誰も、一度も見たことがなかったからだ。


 そしてリナリアは笑うアシュヴァルに目を奪われていた。

 物凄く楽しそうに、嬉しそうに、笑うアシュヴァルが何故か輝いて見えたのだ。


 真顔か眉間に皺を寄せてるアシュヴァルは怖かったし、いつも何考えてるかわからなかった。

 でも、よくわからないけど、今笑ってるアシュヴァルは可愛いし綺麗だと思った。

 あと、なんか、一瞬息が詰まって苦しくなったけど、何だったんだろう?


「はは、はあっ、お、お前…そんなこと、を、考えていたのか…?」


 笑いながらアシュヴァルが問う。


 リナリアは恥ずかしさで真っ赤になりながら頷く。

 心臓の音がうるさい。

 

 アシュヴァルが一度深呼吸をして、ふっと優しい顔になった。

 リナリアはその顔を見て動揺した。


「安心しろ、俺はお前を食べたりしない」


 その言葉にリナリアの目がゆっくり見開かれた。


「…本当に?」


 アシュヴァルは優しい瞳のまま真っ直ぐリナリアを見て告げる。


「むしろ逆だ、とても…とても、大事にしたい」


 リナリアの世界から全ての音が消えた。


 その瞬間。


「きゃあああああ!酒!酒持ってこおおおおおい!」

「領主様が!捕まえたどー!!!!!!!」

「ついに!この日が!やってきたー!!!」

「愛の告白を!なんて日だ!!!」


 激しく館が揺れた。


「やめてくれ!!!!」 


 アシュヴァルの絶叫が夜空へ飛んでいく。

 切実な思いだった。


 だがもう外の蜘蛛族達は完全にお祭り状態だ。

 止めれる奴はいない。


「ついにー!」

「このひがああー!」

「きーーーーー!」

「たぁあああああーーーー!」


 何処ぞの応援団のようになっている蜘蛛族。

 応援されるているのか、茶化されているのか、とどのつまり皆が喜んでいる。 


「静かにしろお前達!!」


 真っ赤な顔をしたアシュヴァルの糸が窓の外へ飛んでゆく。


 だが今日は皆やたらと機敏だった。

 するする避けながら拍手までしている。

 何処からか『祝!アシュヴァル様』の旗まで持ってきて振っている奴もいた。

 

「お幸せにー!」

「領主様頑張ってください!!」

「番様のドレスはウチにお任せあれー!」


「帰れと言っているだろう!!」


 外が大騒ぎしている中、リナリアはまだ真っ赤な顔のまま、意識が静かな世界を彷徨っていた。

 

『大事にしたい』その言葉が頭から離れない。


 脳内でその一文が右から左へ、左から右へ、幾つもいくつも飛び交っている。

 真夏の電灯の周りを飛んでいる羽虫の様だと思った。

 

 アシュヴァルはそんなリナリアを見て、はっと我に返る。


 不快な思いをさせてしまったか?怖がらせてしまったか?と、考えたからだ。


「…すまない、忘れてくれ」


 ぽつりと呟いたその言葉に、リナリアは少し傷ついた。

 

 アシュヴァルの蜘蛛脚がしょんぼりと垂れている。


 その姿を見た瞬間。

 リナリアの胸がちくりと痛んだ。

 胸が何だか痛い。

 

 あ、この人、私が怖がることを気にしてるんだ。

 そう思った時、ふと、リナリアの脳裏に今までの出来事が浮かぶ。


 窓から様子を見に来たこと。

 無理に馴染まなくていいと言ってくれたこと。

 重い荷物を持たせなかったこと。

 危ないと段差を消したこと。

 布を増やしてくれたこと。


 全部がリナリアを怖がらせないように、傷つけないようにしてくれてたのか?

 そう考えると。

 今までの恐怖が少しだけ形を変え始めた。


 もちろん怖い、蜘蛛脚は怖いし天井にいるのも怖い。


 でも、アシュヴァル様は変わらずずっと優しかった。

 その時、リナリアはあることに気がついた。

 気がついてしまった。


「…あの」


 リナリアがおずおずと小さく声をかける。

 アシュヴァルが顔を上げてリナリアを見た。

 互いの目線が互いをとらえた。

 


「もし…もし、ですけど、嫌なら、あの、全然なんですけど」


 リナリアは胸の前でぎゅっと手を握る。

 でも、リナリアはあることに気がついてしまったのだ。


 脳内で母の言葉が再生される。

『女は度胸よ!!!』と。


 両手をお腹の前で合わせ、もじもじ。

 親指と親指を無意味にくるくるしながらリナリアは言ったり


「蜘蛛族の、その…求婚って、どういう感じかなぁって…あの、み、見たいかも?とか?」


 言いながら斜め下に視線をずらしてゆくリナリア。


 そして沈黙。


 外までもが静かになった。


 蜘蛛族達が全員息を殺してリナリアを見ている気配がする。


 そしてアシュヴァルは世界の理を見た様な気がしていた。

 神はいたのだ。

 

 自分が無敵になった様な気になったアシュヴァルは、しばらく黙った後、静かに口を開いた。


「蜘蛛族は、伴侶へ巣を捧げる。そして、安心して眠れる場所を整え、食事を与え、守るんだ」


 リナリアはきょとんとした。

 思っていたのと違うと思った。


 アシュヴァルのルビーの様な瞳が真っ直ぐリナリアを見つめ、言う。


「一生、隣にいてほしいと願う」


 リナリアの鼓動が跳ねる。


 静かだった。

 いつもの様に、領民達も騒がない。


 ただ真っ直ぐ、アシュヴァルは続けた。


「俺にとって、お前は番なんだ。最初に見た時から、ずっと…」


 アシュヴァルは静かに片膝をつく。

 銀色の糸が、ふわりと部屋中へ広がる。


 攻撃的じゃないとすぐに分かるほどに柔らかくて、綺麗な糸。

 その糸がリナリアの方へとゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。


「リナリア」


 アシュヴァルの低く優しい声。


「俺の巣にいてくれないか?」


 その言葉にリナリアは目を見開いた。

 口も開いたので右手で隠した。


「怖がらせないよう努力する、ゆっくりでいい…だから」


 アシュヴァルは少しだけ困ったように笑う。


「お前…いや、リナリアを、大事にしたいんだ。もし、許してもらえるのなら、俺と婚約してもらえないだろうか?」


 リナリアの顔が一気に熱くなった。


 外では蜘蛛族達が全員、声を殺して泣いていた。


「領主様がちゃんと言葉で…」

「うぅっ…立派になられて…」

「人族の番様の為に勉強したんだな…」

 

 もう親戚のおじさんおばさん状態である。


 だが、今のリナリアにはそんな声は聞こえていない。


 胸がどきどきする、どきどきする。

 胸が、とんでもなく、どきどきしていた。


 目の前のアシュヴァルから視線を逸らせない。

 そらすつもりもない。


 リナリアは唇をきゅっと結ぶ。

 私はさっき決めたんだ!

 

 リナリアはおそるおそる口を開く。

 アシュヴァルが静かにこちらを見つめていた。


「私まだ…まだ蜘蛛族のこと、全然わかんないです。えっと、糸も怖いし、天井にいるのもびっくりするし、あと、たまに食べられるのかなってこの先も思うかもしれないです…」

「それはもう忘れてくれ……」


 アシュヴァルが片手で顔を覆った。

 リナリアは思わず小さく笑う。


 「ですが、私、さっき気づいたことがあるんです。」


 アシュヴァルの糸にリナリアがそっと触れる。


「私、どうやら…あ、あしゅ、あしゅゔぁるさまのこと、…。恋愛的な意味で、す、す、す、好きぃ…らしいです…」


 アシュヴァルが息を止めた。

 背後では天使が舞い踊り、ファンファーレが鳴っている様な錯覚を覚えた。


 いや、実際外では蜘蛛族が舞い踊り、ファンファーレを鳴らしていた。

 


「優しいって、ちゃんと思ってます、アシュヴァル様が怖がらせないようにしてくれてたの、きづいてて、で、さっき気づいて、あの、す、好きだって…」


 何を言ったかもうわかんなくなったから、リナリアは勇気を出してアシュヴァルを見て言った。


「こ、こんやく!おうけします!」


 アシュヴァルの瞳が大きく見開かれた。

 蜘蛛脚は喜びに舞い上がっている。

 

 リナリアは真っ赤になりながら、触れていた糸を指へとくるくる巻きつけた。


 他意は無い。

 手持ち無沙汰になった時に髪の毛をくるくると指で弄ぶ様なあの感覚だった。


「そ…」


 アシュヴァルが何かを言いかけた、次の瞬間。


 外から轟音がした。


「「「「うおおおおおお!!!!」」」」


 大歓声で館が揺れた。


「ひっ!」 


 条件反射でリナリアはちんまく縮こまった。


「受け入れられた!!!」

「領主様が!!!」

「番様ぁぁぁ!!!」

「赤飯です!!今すぐ赤飯を!!!」

「ドレス!ドレスの刺繍係を集めろ!」

「ありったけの愛をオラに!」

 


「静かにしろ!!!」


 良い雰囲気を邪魔されたアシュヴァルの怒声が飛ぶ。


 だが、声に全然迫力がなかった。

 何故なら酷く顔が真っ赤だったのだ。

 蜘蛛脚も落ち着きなくばたばたしている。


 リナリアはその姿を見て、思わず吹き出した。


「あ、あはっ、あははっ」


 アシュヴァルが可愛いと思ったら、笑いが止まらなかった。


 リナリアが太陽の様な笑顔で笑い出した瞬間。

 アシュヴァルは自分が満たされた様な気持ちになった。

 

 そして笑いながらリナリアは自分にびっくりしていた。

 

 今、私、あの大きくて怖くて蜘蛛脚ある人を可愛い…可愛いって思った。


 そう思うと更に笑いが込み上げてきてしまった。

 リナリアは笑い出すと長いのだ。


 混乱しながらも笑い続けるリナリアの前で、アシュヴァルは神に感謝していた。


 そしてリナリアが笑い終わった頃。 


「改めて」


 アシュヴァルはゆっくり手を差し出した。


 その指先から銀色の糸がふわりと伸び、リナリアの左薬指へと絡みつく。


 以前みたいに突然じゃなくて、ゆっくりと、リナリアの表情をちゃんと確認しながら。


 怯えさせないようにゆっくりと。


「これからよ、よろしく頼む」

 

 アシュヴァルはそう言った。


 リナリアは少しだけ迷って、でも、小さく頷いた。


 銀糸がそっと指から移動し、リナリアの手首へ巻き付く。


 優しい感触だった。

 全く怖くない。

 むしろ、温かいような気もした。


 アシュヴァルは壊れ物に触るみたいに慎重だった。


 リナリアは恥ずかしそうに笑って言った。


「…はい、アシュヴァル様」


 その瞬間。

 外の蜘蛛族達が感極まってまた泣き崩れた。

 今度はうるさく泣き喚いていた。

 

「うわああああん!!」

「番様が受け入れたぁぁ!!」

「歴史的瞬間ですぅぅ!!」

「俺にも誰か愛をーーー!」


 なお、その日の夜、蜘蛛族領では盛大なお祭りが開催され、その時聞いた情報にリナリアは本気で恐れ慄いていた。


 その祭りは来年も、再来年も、ずっと続いていく伝統的な祭りの日にすると言っていたからであった。

二章からは甘い展開やまたも勘違い展開、新キャラ登場となっています〜ここまで読んでいただきありがとうございました♪


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