EP 7
皇帝と女王の政治的取引
帝都ルナミス城。
その最上階にある「玉座の間」は、かつてない緊張感に包まれていた。
「へ、陛下! 城の上空に、未確認の超高密度魔力反応! こ、これは……ドラゴン級、いえ、それ以上です!」
近衛騎士団長ゼルガルが、蒼白な顔で報告に飛び込んでくる。
城内の魔導センサーが、警報を鳴らし続けていた。
「うろたえるな、ゼルガル」
皇帝アウラは、玉座で不敵に笑った。
「来たか。……招かれざる、しかし最大級の賓客がな」
その直後。
玉座の間の空間が、ガラスのようにパリンと砕け散った。
ズオオオオオッ!!
あふれ出す翠緑の光。
そこから現れたのは、神々しいドレスを纏った一人の美女――エルフの女王、セフィヤだった。
彼女は空中を歩くように、アウラの目の前へと降り立った。
「……随分と仰々しい出迎えですね、人間の王よ」
セフィヤが杖を一振りすると、殺到しようとした近衛兵たちが、見えない風の壁に弾き飛ばされた。
「退がれ! 手出し無用だ!」
アウラが兵を一喝する。
そして、目の前の女王に対し、対等の王として言葉を返した。
「久しいな、森の賢者セフィヤ殿。まさか、引きこもりの貴女が自ら帝都へ足を運ぶとは。……我が国に宣戦布告か?」
「ふふっ。それも悪くないですが、今日は『商談』に来ました」
「商談だと?」
セフィヤは空中に椅子を出現させ、優雅に脚を組んで座った。
そして、単刀直入に告げた。
「我が孫娘、ルナを……貴国の『ルナミス学園』に入学させなさい」
「…………は?」
アウラの眉がピクリと動いた。
ゼルガルも口をあんぐりと開けている。
世界最強クラスの魔法使いが、空間転移で城に殴り込みをかけてきて、要求したのが「孫の入学」?
「……聞き間違いか? エルフ、それも王族が、人間の学校へ?」
「えぇ。あの子がそう望んでいるのです」
セフィヤは溜息をついた。
「私としては反対なのですが……あの子が『行きたい』と泣くもので。……あぁ、思い出しただけで胸が痛い」
セフィヤはハンカチで目元を拭った。
「もし断れば……ルナは悲しみます。あの子が悲しめば、私は不機嫌になる。私が不機嫌になれば……手元が狂って、この城周辺に『隕石』を落としてしまうかもしれません」
「脅しか?」
「懇願ですよ?」
笑顔のまま放たれる、国滅ぼし級の圧力。
ゼルガルがガタガタと震える中、アウラは――大笑いした。
「ガハハハハ!! 傑作だ! あの誇り高きエルフの女王が、孫娘一人のために外交圧力をかけてくるとは!」
アウラは膝を叩いて喜んだ。
「気に入った! 実に面白い!」
「……では、許可を?」
「ああ、許可しよう。それどころか歓迎する」
アウラは策士の顔になった。
エルフ族は、高度な魔法技術を持ちながらも、長年鎖国状態にある。
その王族が自ら「留学」してくるのだ。これは帝国にとって、計り知れない外交的勝利となる。
「ただし、条件がある」
「……何でしょう?」
「特別待遇はするが、学園内では『生徒』として扱わせてもらう。人間の文化、規律……それらを学んでもらうぞ。それが『留学』というものだ」
「構いません。……どうせ人間の学問レベルなど、あの子にとっては児戯に等しいでしょうが、『友達と遊ぶ』のが目的なようですから」
セフィヤは事もなげに言った。
「それと……我が国との『国交樹立』。これを手土産としてもらおうか」
「……ちゃっかりしていますね」
セフィヤは苦笑したが、頷いた。
「良きに計らいましょう。ルナが楽しく通えるなら、多少の知恵(魔法技術)くらいは貸してあげます」
「交渉成立だな!」
アウラとセフィヤ。
人間とエルフ、二人の支配者が握手を交わした。
歴史的瞬間である。
しかし、その動機が「孫が可愛いから」だとは、歴史書には決して記されないだろう。
「あぁ、そうだ」
去り際に、セフィヤは思い出したように言った。
「学園には、私の『目』となる使い魔を置いておきます。もし、ルナがいじめられたり、悲しい思いをしたりしたら……」
「……したら?」
「その時は、更地にするので悪しからず」
セフィヤは極上の笑顔を残し、転移魔法で姿を消した。
残された玉座の間。
アウラは額の汗を拭い、ニヤリと笑った。
「……おいゼルガル」
「は、ハッ!」
「学園長に伝えろ。『エルフの姫が来る。機嫌を損ねたら国が滅ぶから、死ぬ気で警護しろ』とな」
「そ、そんな無茶なぁぁぁ!!」
ゼルガルの絶叫が城に響き渡る。
こうして、リアンの知らぬ間に、ルナミス学園は「世界一危険な火薬庫」を受け入れることが確定してしまったのだった。




