EP 6
エルフの女王、ハイエルフである女王が動く
ルナミス帝国の西方、人の立ち入りを拒む深く濃い森の奥。
天を突くほどの巨木――『世界樹』の根元に、エルフたちの都はある。
その中心にある宮殿『白亜の聖堂』。
静謐な空気が流れる玉座の間で、エルフ族を統べる女王セフィヤは、書物を読みながら優雅な午後を過ごしていた。
「ふむ……。今年の精霊の機嫌は良さそうですね。森の木々も健やかだこと」
セフィヤは見た目こそ20代の美女だが、実年齢は数百歳を超える伝説のハイエルフだ。
その威厳と魔力は、一睨みでドラゴンすら退散させると言われている。
その静寂を、一発の「砲弾」が打ち砕いた。
ドォォォォン!!
「お、お祖母ちゃぁぁぁぁん!!」
聖堂の扉が物理的に吹き飛び、小さな影が音速で突っ込んできた。
孫娘のルナである。
「ル、ルナ!? どうしました、そんなに慌てて! 怪我でもしましたか!?」
セフィヤは書物を放り投げ、慌てて玉座から駆け下りた。
目に入れても痛くない、最愛の孫娘。
そのルナが、顔をくしゃくしゃにして泣いているのだ。
「うぅ……ぐすっ……! リアンが! リアンがいなくなっちゃうのぉ!」
「リアン? ……あぁ、貴方がよく遊びに行っている、人間の男の子ですね?」
セフィヤは眉をひそめた。
孫娘が人間の子供(しかも男)に入れ込んでいるのは知っていたが、まさか泣かされるとは。
「その小僧がどうしました? 貴方を虐めましたか? ……よし、お祖母ちゃんが今すぐその街を消し炭にしてあげましょう」
セフィヤの背後に、本気の殺意を纏った極大魔法陣が展開される。
孫への愛が重すぎて、思考が過激派だ。
「ちがう!」
ルナは首をブンブン振った。
「リアンは悪くないの! 『ガッコー』に行くんだって! ていとの『ルナミス学園』ってとこ!」
「学園? ……ああ、人間にはそのような制度がありましたね」
セフィヤは魔法陣を解除した。
「それで? 友達が遠くへ行くのは寂しいですが、エルフと人間は生きる時間が違います。良い機会です、もう人間のことなど忘れて、森で修業を……」
「ルナも行く!!」
ルナが叫んだ。
「ルナもその学園に行く! リアンと一緒に勉強するの!」
「な……っ!?」
セフィヤは絶句した。
エルフ族、特に王族であるハイエルフが、人間の学校に通うなど前代未聞だ。
「なりません! 人間の都など、空気が汚れています! それに、人間たちは野蛮で狡猾です。可愛いルナが攫われたり、騙されたりしたらどうするのです!」
「やだ! 行くの!」
「ダメです! こればかりは譲れません!」
セフィヤは威厳を持って叱りつけた。女王としての正しい判断だ。
しかし、ルナには最強の切り札があった。
ルナは涙を溜めた瞳で、上目遣いにセフィヤを見上げた。
「……お祖母ちゃん」
「うっ……」
「ルナのお願い……きいてくれないの……?」
「そ、それは……」
「リアンと一緒じゃなきゃ……ルナ、ご飯たべない」
「なっ!?」
「森から出てって、家出する」
「ル、ルナ!?」
「お祖母ちゃんのこと……きらいになる」
ズキューーーン!!
セフィヤの心臓に、致命的な一撃が突き刺さった。
「きらい」。
そのたった三文字が、大陸最強の魔法使いの精神を崩壊させた。
「あ、あわ……あわわわ……!」
セフィヤは膝から崩れ落ちた。
世界が闇に包まれるような絶望感。孫に嫌われるくらいなら、世界が滅んだほうがマシだ。
「ま、待ちなさいルナ! 『きらい』だけは! それだけはご勘弁を!」
「じゃあ、学校行っていい?」
ルナは涙を一瞬で引っ込め、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「……はぁ」
セフィヤは深い、深い溜息をついた。
もはや、選択肢はない。
「……分かりました。貴方のワガママには勝てませんね」
「ほんと!? やったぁ! お祖母ちゃん大好きー!!」
ルナが飛びついてくる。
「大好き」と言われた瞬間、セフィヤの顔がデレデレに溶けた。
「よしよし、いい子ですねぇ。……ですが、ただ『行く』と言っても、人間側が受け入れないでしょう」
セフィヤは立ち上がり、女王の顔に戻った。
瞳に冷徹な光が宿る。
「エルフの姫を受け入れる器が、あの学園にあるかどうか……。それに、人間ごときの法律で、我が孫を縛らせるわけにはいきません」
「どうするの?」
「交渉です」
セフィヤは指を鳴らした。
空間が歪み、煌びやかな礼装が現れ、彼女の体を包む。
「ルナミス帝国の皇帝……アウラでしたか。彼に直接、話をつけに行きます」
「お祖母ちゃん、すごーい!」
「ふふふ。任せなさい。……もし断るようなら、帝都ごと森に沈めて、新しい校舎を建てさせますから」
「わーい!」
笑えない冗談(本気)を口にしながら、セフィヤは杖を手にした。
孫娘のためなら国家間の外交問題すらねじ伏せる。
最強の「モンスターペアレント(祖母)」が、今、ルナミス城へと進撃を開始しようとしていた。




