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EP 10

深夜の闇に紛れ、リアン(5歳)は一人、決意を秘めて歩いていた。

飢餓という「戦争の根源」を断つには、個人の力では限界がある。

(……1人じゃ無理がある。俺にはアイデアと商品はあるが、流通網コネがない。俺の手足となり、泥をかぶり、それでも利益という名の『飴』をやれば尻尾を振って飛びつく、優秀な番犬が必要だ)

リアンが足を止めたのは、ルナハンの商店街の一角。

まだ明かりが灯る『ゴルド商会ルナハン支店』の前だった。

支店長室。

恰幅の良い猫獣人の商人、ニャングルは、算盤を弾きながら上機嫌で金貨を数えていた。

「ふんふん〜♪ 今日も人形様マグナギアのお陰で稼がさせて貰いましたわ。歩く金鉱脈やでぇ」

その時だった。

音もなく窓が開き、小さな影が侵入した。

キリキリッ……

シャラン……

「ひっ!?」

ニャングルが振り返ると、そこには信じられない光景があった。

机の上に立った『弓丸』が、切っ先鋭い矢をニャングルの眉間に向けている。

そして、その横では『騎士丸』が冷たい輝きを放つ剣を抜き、喉元に突きつけていた。

「に、人形様ぁ!? ……それに、そっちは……り、リアン坊ちゃま!?」

闇の中から、腕を組んだリアンが姿を現す。その瞳は、5歳児のものではなく、冷徹なビジネスマンのそれだった。

「よぉ、ニャングルさん。……あんたと『取り引き』に来た」

「と、取り引き? こんな夜更けに、物騒な玩具を向けてですかい?」

ニャングルは脂汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべた。

「単刀直入に言おう。……俺と組めば、あんたは出世して、金儲けが出来て、やがてはこの『ゴルド商会』の会長にだってなれるだろう」

「会長!? 坊ちゃん、何を急に……」

天下のゴルド商会のトップになれる。

商人の夢だが、それを語るのが幼児では冗談にしか聞こえない。

だが、リアンは懐から「ある物」を取り出した。

湯気を立てる、熱々の『焼き芋』だ。

ネット通販の『スーパー焼き芋(紅はるか)』である。

「食べてみなよ」

リアンが放り投げる。

ニャングルは慌ててキャッチした。熱い。そして、甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

「……頂きます」

ニャングルは半信半疑で、皮を割って中身を口に運んだ。

その瞬間、彼の細い目がカッと見開かれた。

「こ、こりゃ……!!」

ねっとりとした食感。砂糖を煮詰めたような濃厚な甘み。

今まで食べてきた、パサパサの芋とは次元が違う。

「美味い! 美味いでっせ! なんやこれ! 菓子より甘い!」

「これは『サツマイモ』と言ってな。味だけじゃない……痩せた土地でも育てられる『スーパーフード』だ」

リアンは淡々と、しかし力強く説明した。

「日照りに強く、水が少なくても育つ。実だけじゃない、葉っぱや茎も人間が食べられるし、残りは家畜の飼料にもなる。……今回の戦争の原因は何だったか、知ってるな?」

「……飢餓、ですな」

ニャングルの顔つきが変わった。商人の勘が告げている。これは「金」になるどころの話ではない。「世界」を変える商材だと。

「そ、そりゃ凄い! これがあれば、戦争なんて起きまへん! ……リアン坊ちゃん、あんた一体何者なんや!?」

「ただの『ユニークスキル持ち』さ」

リアンはふっと笑い、踵を返した。

「どうする? ニャングルさん。俺と手を組む気はないか? ……無いなら、俺は去る。ここでの話も、5歳児と話した夢物語だ。誰も信用しないだろうしな」

リアンが窓枠に足をかける。

逃してなるものか。

ニャングルは椅子を蹴倒して叫んだ。

「ま、待っておくんなまし! リアン坊ちゃま!!」

ニャングルはその場に平伏した。

「ワテかて商人や! 男や! ……こんな美味い話を棒に振る事は出来まへん! あんたと、いや、リアン様と地獄の底まで手を組みましょ!」

リアンは足を止め、振り返った。

計算通りだ。

「よし。……契約成立だ」

リアンは新たなサツマイモをもう一本、机に置いた。

「種芋と、育て方を教える。ただし、俺の名前は出すな。……これは、ある日、あんたが庭で見つけて、偶然出来た物だとするんだ」

「へ? 手柄をワテに?」

「俺は目立ちたくない。矢面に立つのはあんただ。その代わり、利益と名声はくれてやる」

「……へへっ。とんだ古狸のようなお子様や」

ニャングルはニヤリと笑い、熱々の焼き芋を握りしめた。

この夜、世界を救う「芋革命」の密約が結ばれた。

それは後に、大陸中の食卓を変え、ゴルド商会を世界一の企業へと押し上げる第一歩となるのだった。


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