EP 29
別腹という名の絶望(デザート部隊前に出ろ!)
タン塩がレモンの海に沈み、飲茶が開始一秒で吸い尽くされ、餃子の自爆がビールの消費を加速させ、カレーとカルビの質量・炎上攻撃すらも無残に打ち砕かれた。
魔王リアン率いるSクラスのバケモノたちと、神界の駄女神たち。
合計九人の『暴食の魔王軍』の進撃は、焼肉バイキング『タロキン』の理をすべて破壊し、焦土(空の皿の山)だけを生み出し続けていた。
「ハァ……ハァ……ッ」
豚の騎士トンデモナイトは、ショーケースの中で肩で息をしていた。
時計の針は残酷にも進み、タロキンの制限時間90分に対し、残り時間はついに『20分』を切ろうとしていた。
「もう……もうダメですの……。我々のお肉の仲間たちが、あんなにも食い尽くされて……」
ハラミ姫が、美しくサシの入った両手で顔を覆い、絶望の涙を流している。
「姫様……まだです。まだ、時間は残されています」
トンデモナイトは、血の滲むような思いで立ち上がった。
「奴らとて生物。あれだけの質量と脂を胃袋に詰め込めば、消化器官は悲鳴を上げ、脳は限界を告げているはず。……ならば、最後にその『脳の満腹中枢』へ、強制的な終了信号を送り込めばよいのです!」
トンデモナイトの視線が、タロキンの奥深く――彩り豊かなフルーツや生クリームに彩られた、平和と糖分の聖域、『デザートコーナー』へと向けられた。
「デザート部隊! 前に出ろ!」
トンデモナイトの悲壮な号令が響く。
「はっ! お任せを、トンデモナイト殿!」
デザートの冷温ショーケースから、勇ましい声と共に飛び出してきたのは、純白の生クリームの鎧を纏った『ショートケーキ将軍』、カラメルソースの盾を構えた『カスタードプリン騎士』、そして絶対零度の冷気を纏う『バニラアイス魔道士』たちであった。
「我らが身に宿す極限の『糖分』。これを奴らの体内に直接叩き込めば、急激な血糖値のスパイクを引き起こし、脳に強烈な『満腹』の信号を送り込むことができます!」
ショートケーキ将軍が、イチゴの兜を揺らしながら胸を張った。
「いかなる底なしの胃袋を持っていようと、脳が『これ以上は食えない』と判断すれば、奴らの暴食は止まる! 我らの甘き犠牲で、ハラミ姫をお守りしましょう!」
「頼む……! デザート部隊! お前たちの糖分で、奴らの脳を麻痺させ、完全なる眠り(昏睡)へと落とし込んでくれ!」
トンデモナイトの祈りを背に受け、色鮮やかなデザート部隊が、決死の覚悟でテーブル席(最前線)へと突撃を開始した。
* * *
「ふぅ……。流石に、お肉もだいぶお腹に入ってきましたわね」
テーブル席では、ルチアナがジョッキを置き、少しだけ息をついていた。
「ええ。わたくしも、レンタカー代の元は取れた気がしますわ。少し胃が重たくなってきましたの」
カグヤも扇子で口元を隠し、ペースが落ち始めている。
(よし! 奴らの手が止まっている!)
遠くから見守るトンデモナイトが拳を握る。
(今だ、デザート部隊! 満腹になりかけている奴らの胃袋に、トドメの糖分(質量)を叩き込むのだ!)
「突撃ィィィッ!! 味わうがいい、我らの致死量の甘味を!」
ショートケーキ将軍を先頭に、デザート部隊がテーブルへと雪崩れ込んだ。
だが。
その甘き決死隊の前に、一人の少女が立ちはだかった。
「……あ、デザートだぁ」
初心者マークのジャージを着た、見習い女神のリリスである。
彼女は、ここまでひたすら黙々と肉を焼き、米を食い、ただひたすらにカロリーを摂取し続けていた『無口な暴食獣』であった。
「わぁい! お肉の後の甘いものは、最高ですぅ!」
リリスの瞳が、キラキラと輝き始めた。
「フッ、小娘が! すでに限界まで肉を詰め込んだその胃袋で、我らの重厚な生クリームとスポンジを受け止めきれると思っているのか!」
ショートケーキ将軍が、自らの身を犠牲にしてリリスの口元へと飛び込もうとした。
「喰らえ! 満腹中枢破壊攻撃!」
「いただきまぁす!」
パクッ。
「…………え?」
ショートケーキ将軍の意識が、一瞬で途切れた。
重厚な生クリームの重みも、スポンジの質量も、リリスの表情に一切の苦痛を与えなかった。むしろ、彼女の顔には至福の笑みが広がり、さらなる食欲のオーラが立ち昇ったのだ。
「むぐむぐ……ん〜っ、美味しいですぅ! お肉で脂っこくなったお口が、ケーキの甘さで完全にリセットされました!」
リリスは、両手にフォークとスプーンを構え、輝く笑顔で恐るべき真理を口にした。
「甘いものは、『別腹』ですぅ!!」
――ベツバラ。
その言葉が響いた瞬間、ショーケースの中で見守っていたトンデモナイトの身体に、雷に打たれたような衝撃が走った。
「べ……つばら……だと!?」
トンデモナイトの豚の顔が、恐怖に引き攣る。
「バ、バカな……! 胃袋は一つのはず! 物理的な容積の限界があるはずだ! なのに、甘いものを見た瞬間、奴らの体内に『新たな異次元の胃袋(別腹)』が生成されたというのか!?」
そう。それこそが、人体に潜む最悪のバグ。
脳が糖分を欲した時、すでに満杯の胃袋が強引に内容物を腸へと押し出し、デザートのための新たなスペースを物理的に作り出すという、恐るべき生理現象である。
「五円! 御縁! ハイッ!!」
リリスの言葉に呼応するように、お賽銭箱型掃除機を引きずったリーザが、血走った目でデザートコーナーに乱入してきた。
「よく見れば、このタロキンのデザート類、原価(単価)が非常に高いケーキやフルーツばかりではありませんの! 限界まで元を取るためには、この原価率の高い甘味を吸い尽くすしかありませんわね!」
リーザが、掃除機のノズルを最大出力に切り替える。
「や、やめろォォォッ! 吸い込まれるぅぅッ!」
「助けて、将軍! 私のカラメルソースが剥がれていくぅッ!」
カスタードプリン騎士とバニラアイス魔道士が、絶望の悲鳴を上げる。
「ええい、負けるな! 糖分の力で奴らの脳を――」
ショートケーキ将軍の残党が必死に抵抗しようとするが、もはや無意味だった。
「リリスちゃん、このプリンも美味しいよぉ!」
「わぁい! どんどん持っきちゃいますぅ!」
リリスは、懐から取り出した『エンジェルすまーとふぉん』の画面を操作し、魔法アプリによる『時間停止』を発動。
目にも止まらぬ神速のフォーク捌きで、テーブルの上のデザートを端から端までブラックホールのごとく胃袋へ飲み込んでいく。
その横では、リーザがお賽銭箱でアイスクリームのケースごと吸引するという蛮行に及んでいた。
「あぁぁぁぁぁぁっ……! デザート部隊が……我らの最後の希望が、ただの『お口直し』として消費されていく……ッ!」
トンデモナイトは、両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
質量兵器も、糖分による脳へのハッキングも、すべてが『別腹』という理不尽な概念の前に粉砕されたのだ。
タロキン王国最強の切り札であったデザート部隊は、わずか数分で、冷酷なまでに全滅した。
『ピピピピッ! 残り時間、5分です! ラストオーダーのお時間となります!』
店内に、無慈悲なアナウンスが響き渡る。
「……残り、5分」
トンデモナイトが、虚ろな目で立ち上がった。
デザートによるお口直し(リセット)を終えた魔王軍。彼らの血走った目は、再び『肉』のコーナー――すなわち、ショーケースの最深部へと向けられていた。
「おいリアン、甘いもん食ったら、またしょっぱい肉が食いたくなってきたぞ!」
「あぁ。じゃあ、〆にあの分厚いハラミと、大盛りの白飯でも食うか」
リアンの白銀のトングが、ゆっくりと、そして確実に。
ショーケースの最上段にいるハラミ姫と、その隣で震える若き戦士『ご飯(白米)』へと向けられた。
「ヒィィィッ……!」
「もうダメだぁ……っ! 食べられちゃうよぉ……!」
ハラミ姫とご飯が、絶望に身を寄せ合う。
「……させん」
トンデモナイトが、静かに、だがかつてないほどの決意を込めて剣を抜いた。
「我らタロキン王国の心臓(ハラミ姫とご飯)には、指一本触れさせん……ッ!」
魔王軍の暴食の黙示録、ついに最終局面。
誇り高き豚の騎士の、最後の、そして最も熱き死闘が、今まさに始まろうとしていた。
『別腹という名の絶望(デザート部隊前に出ろ!)』をお読みいただきありがとうございます!
糖分による脳のハッキング(満腹信号の強制送信)という高度な作戦に出たトンデモナイトたちでしたが……。
残念ながら、女子(女神)たちには「別腹」という人体の最強バグが存在しました(笑)。
リリスの神速のフォークと、リーザのお賽銭箱吸引の前に、原価の高いケーキやアイスたちはただの「お口直し」として一瞬で消え去る運命に。
そして、甘いものを食べたら……そう、再びしょっぱい肉が食べたくなるのがバイキングの真理!
残り時間5分、ついにリアンのトングがハラミ姫とご飯くんに迫ります。
次回は、この章の最大のクライマックス!
若き戦士『ご飯』を庇うため、トンデモナイトが己の命と肉汁を懸けた最強の盾となります! 涙なしには見られない(?)、師弟の絆のオマージュが炸裂します!
「別腹はチートだろww」「デザート部隊の無力さよ」「次回の展開が熱すぎる予感」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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