表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

第12話:隠された香調合

 南医寮の奥。

 香薬を保管する石棚の扉が、音もなく閉じられるのを、芙蓉は棚の影から息を殺して見ていた。


 


 (やはり、来た……)


 


 静かに歩み去るのは、藍青だった。

 彼女の手には、帳簿に記されていない調合箱がひとつ。


 


 ──それは、数日前に宴で焚かれた香と酷似した匂いを放っていた。


 


 芙蓉は無意識に指先を口元に添え、呼吸を整える。


 


 (宴の夜、香が変わったのは、偶然なんかじゃない)




 翌朝、芙蓉は蓮生と共に南医寮の香薬棚を訪れていた。


 


 「この棚、帳簿には“禁調香”と記されています。普段は施錠されているはずなのに、鍵は……」


 


 芙蓉が棚を指さすと、蓮生は黙って鍵穴を覗き込み、微かに眉をひそめた。


 


 「削り痕。細工されたな」


 


 「やはり。しかも使われた香は“蓮沈香”が主成分。通常なら精神を鎮める香……でも、ある配合を加えると──」


 


 「錯覚と痙攣を引き起こす、か」


 


 蓮生の言葉に、芙蓉は小さく頷いた。


 


 (宴の夜、あの香に触れた女官が取り乱して倒れたのも、そういうこと……)


 


 「つまり、あれは偶然の事故じゃない。誰かが意図的に“発作”を引き起こさせた」


 


 「狙いは?」


 


 「……混乱。証言の曖昧化。もしくは、もっと別の──」


 


 そのとき、外で騒がしい声が響いた。


 



 「藍青が、捕まった?」


 


 夕刻、蓮生が持ち込んだ報告は予想より早かった。


 


 「香薬の不正調合が発覚し、女官長の命で拘束されたらしい。だが──」


 


 「肝心の調合記録は見つかっていない、ですね」


 


 蓮生は無言で頷いた。


 


 芙蓉は机上に並べた文を見つめた。


 


 (記録は消されている。でも、香りは残る)


 


 香は嘘をつかない。

 だからこそ、芙蓉はわずかな残香と調合痕から、配合を一つずつ再構築していた。


 


 ──蓮沈香、玉桂、星華草、そして……


 


 「あった。『青藤花』。これが決め手だ」


 


 「青藤花? あの、毒性の強い香材か?」


 


 「ええ。少量なら意識を曇らせるが、多ければ痙攣と昏倒を招く。宴の“発作事件”は、これが主因でしょう」


 


 蓮生は目を細めた。


 


 「……つまり、藍青は、誰かの命令でそれを調合した」


 


 「いいえ。私は、藍青さんは“罪を着せられた”と思います」


 


 芙蓉の声には確信があった。


 


 「彼女が扱っていた香に、不自然な分量の“星華草”があった。これは青藤花の苦味を隠すための素材……でも、その比率が乱れていた。香師の藍青さんが、そんなミスをするとは思えません」


 


 「では、誰が香をすり替えたと?」


 


 芙蓉は静かに視線を伏せた。


 


 「宴の“直前”に、香を届けたのは──副香宦・薫煌くんこう

 彼は妃付きの香宦でありながら、宴の記録には名前が載っていませんでした」


 


 蓮生が瞠目する。


 


 「名を隠した? なぜ……」


 


 「それを探るには、直接本人に問いましょう」


 


 芙蓉は、静かに立ち上がった。





 その夜。

 薄暗い香庫の奥で、芙蓉は再び、影に身を潜めていた。


 


 (香をすり替えた者が、もう一度動くはず)


 


 すると、扉が軋む音がした。


 


 そして、男の手が伸び、香材の箱を──


 


 「そこまでです」


 


 芙蓉の声が、闇を裂いた。


 


 振り返った男の顔は、紛れもなく──薫煌だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ