7 貴方とは大違い
翌朝、空は雲ひとつない青。
寮の前までブラッドが迎えに来てくれた。
デートの時、いつもエリオットを迎えに行ってたのとは、ちがう感じ。
なんだか、新鮮だった。
街に出て、文房具屋さんに入った。
ちょっと安めのお店。
「どれがいいの? 早く選びなよ」ってブラッドが言う。
エリオットなら、勝手に選んで「これがいいよ」って言っただろうな。
わたしが迷う時間なんて、彼にはムダだったから。
「どれにしようかな……」ってつぶやいたら、
ブラッドはそれ以上何も言わず、ただ隣に立ってくれていた。
万年筆とか渡したら、きっと嫌がるだろうな。
でも、贈りたい、贈りたいの……これってもう、悪癖かも。
これ以上嫌われたくないから、我慢する。
それからふたりでカフェに入った。
早めのランチは軽く、アイスティーと生ハムのサンドイッチ。
会話は学園の事。
「テスト対策、過去問あるから、譲るよ」
うれしい。ブラッドさま頼もしい。
わたしが払おうとしたけど、さりげなくブラッドが先に出していた。
「ごちそうさま」って言ったら「婚約者だから」って。
午後は図書館。
「ビビアンはどんな本が好き?」
「恋愛小説」
「そっか。寮で読むのに借りたら?」
「うん、そうする」
本棚の前で、ゆっくり3冊選んで、
あとは勉強。
ブラッドに教えてもらったこと、ちゃんと覚えておきたかった。
本当は婚約者じゃないのに、私の嘘に巻き込まれて、ごめんね。
だから、がんばらなきゃって思った。
テストも、それ以外のことも。
ちゃんと、向き合おう。
*****
数日後のランチタイム。
食堂でブラッドと並んでいると、エリオットがやってきた。
「一緒に食べようよ」
「いいえ、私は婚約者さまとふたりがいいの」
エリオットのまんまるな目に、ちょっと笑いそうになる。
「ビビアン……」
「ダイアナさんが待ってるでしょ? ほら、こっち見てる」
「彼女は友達で……」
「キスしてたじゃない。友達って……ねぇ?」
ブラッドの顔を見たら、彼は黙ってうなずいた。
「この前の? あれはダイアナが勝手にキスしてきて、僕は――」
「そんなの、わたしには関係ない。ブラッドが浮気しなければ、それでいいの。浮気したら、婚約解消だから」
「困るよ!」
「どうしてエリオットさまが? へんなの~」
そう言って順番にトレーを受け取る。
そこへ、ダイアナが声をかけてきた。
「記憶喪失って、ぜんぶ忘れたの? マジで?」
「ううん、断片的に。学園生活は始まったばかりだし、彼が優しいから、そんなに困ってないの」
そう言って、ブラッドに微笑みかけると、彼はちょっと困った顔をした。
でも、嫌じゃなさそう。
席に着くと、エリオットが目の前に座った。
当然、ダイアナはその隣に。
「もうすぐテストよね……今日も、また勉強見てくれる?」
ブラッドに訊ねると、エリオットが「仲がいいね」だって。
でも、聞こえないふりをした。
「ねぇ、ブラッド?」
「うん、ああ、いいよ。図書室でね」
エリオットが、むっとした顔で言った。
「まだ思い出せないのか?」
「思い出せなくてもいいの。ブラッドがいてくれるなら」
気遣ってくれるし、勉強も教えてくれる。
――あなたとは、大違いだわ。
*****
両親から、手紙が届いた。
私を心配する、優しい手紙だった。
ブラッドが丁寧に謝罪文を送ったらしくて、それに対する内容。
律儀な人だなと思った。彼らしい。
「学園なんかやめて戻っておいで」って書いてあった。
それが一番の本音。
一人娘のわたしを、大切にしてくれている両親。
エリオットを婿に迎えて、家を継がせて、わたしが幸せになる。
それだけを願ってきた。
でも――
結婚して、彼はダイアナを愛人にするのかな?
そういうの、貴族の間では、あるって聞く。
いやだな、そういうの。
エリオットとの結婚を夢見て、ここまできたのに。
いやだ……
今、ダイアナと別れたら、許せるのかな?
気持ちが揺れた。
もう、双子はわたしの記憶喪失を疑ってなんかいない。
じゃあ、記憶が戻ったら――
エリオットは、なんて言うの?
ブラッドは、どう思うの?
その答えは、数日後。
図書室で返って来た。
きっかけは、食堂での、あの一言。
「……婚約、解消だから」
本気でそう言ったから、エリオットは焦ったのね。
*
いつものように放課後、ノートを開いて、ブラッドを待っていた。
彼は少し遅れてきて、優しい笑顔でわたしの前に座った。
「待たせたね。始めようか」
……違和感。
いつもなら最初に、「体調どう?」って聞いてくれるのに。
後遺症のことも、記憶のことも、まずはそこからなのに。
それにあの癖。眼鏡を指でクイッて上げるの、しなかった。
教え方も、彼はもっともっと丁寧だもん。
目の前の彼、ブラッドさまじゃない。
でも、黙ってた。
だって、答えを知りたかったから。
読んで頂いて有難うございました。