6 信じてたのに
ダイアナがエリオットに抱きついてキスをした。
そのとき、世界がガラガラって、壊れた。
エリオットは、彼女をそっと離して、ふたりでどこかへ歩いて行った。
わたしが見てるの、気づいてたよね。
ねえ、どうして? ほんとうに、どうして?
ブラッドがそっと背中を押してくれた。「行こう」って。
心臓が音を立てて跳ねてたけど、「うん」って言って、並んで歩き出した。
ちゃんと歩けてる自分に驚いた。
涙が喉の奥まで来てた。でも我慢した。
くしゃみするふりをして、ハンカチで顔を押さえた。
「大丈夫か? 風邪?」
ブラッドさまの優しい声。
でも今は、優しくされるのがいちばん困る。
「そうかも。うつしちゃ悪いし、ここでいいよ。ありがとうね」
そう言って彼と別れた。次の瞬間、涙が**ぶわぁ**って出た。
つぎつぎと顔から、流れ落ちた。
ああ、もう気づいちゃった。
だって——医務室で「僕が婚約者だよ」って、言ってくれなかった時点で、
気づくべきだった。
ぜんぶ、うそ。
エリオットとの3年間も、ブラッドさまの優しさも、私の記憶喪失も。
これから、どんな顔してエリオットに会えばいいの?
問い詰める? ダイアナと別れさせる?
もう一度、無理やりエリオットを私のものにして、それで、ほんとうに彼の愛が戻るの?
ほんとうにね、三日前までは、
わたし、エリオットに愛されてるって、信じてたのに。
*
夜は泣いて泣いて、朝には顔がパンパンになって、
授業をさぼった。
夕方、寮母さんからブラッドの連絡が届いた。
彼は、風邪だと思って、心配してくれていた。
私が休んだこと、エリオットは――きっと知らない。
一晩中、考えた。
嘘で始まったのなら、
嘘で終わらせよう。
エリオット、あなたの素顔が知りたい。
泣いてばかりじゃ、だめだ。
こういうの、*自業自得*って言うんだっけ。
*
次の日。学園。
ブラッドが駆け寄ってくる。
「もう大丈夫なのか? 顔色悪いけど」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。やっぱり婚約者さまは優しい」
そう言って、彼の腕にそっと触れた。
「教室までエスコートしてくれる?」
「……ああ、もちろん」
教室に入ると、おしゃべりな令嬢たちがやってきた。
「ねぇ、ブラッド様とどういうご関係なの?」
「婚約者よ。とっても優しいの」
「えー、姉から聞いた話だと、ブラッド様って女性嫌いだったんだけど」
「ふふ、わたしは特別みたい。卒業したら結婚するの」
教室中がざわめいていた。
さあ、これで噂は勝手に広がる。
*
すぐに噂が立っても、エリオットはいつもどおりだった。
教室の窓の下
ダイアナと手を繋いで笑ってた。
ときどき、違う女の子たちに囲まれてる。
にこにこして、楽しそうに話してる。
女の子たちは、蜜を求める蜂みたいだった。
あの中に、私もまざってたのかな。
彼の目には誰でも同じで、わたしだけを見てたんじゃなかった。
ブラッドは違った。
同じ顔をしてるのに、まるで夜空の星。
誰が手を伸ばしても、ぜったい届かない。
ひんやりした、青く白い光。
そんな彼を少し困らせるの、楽しそうと思ったの。
記憶を取り戻すって名目で、昔のことをいろいろ聞いてみた。
三年間、わたし達がどう過ごしていたのか、とか。
答えられるわけがないって思った。
なのに彼は、静かに話し始めた。
高級なレストランでのディナーとか、私があげた腕時計のこととか。
「もう、そういう高価な贈り物はいらない」って彼が言った。
「愛情を証明する方法を、君は間違えてる」
「でも……嬉しいと思うでしょう?」
「それも、間違ってたんだ」
すこし間が空いてから、わたしは言った。
「そうね。結婚したら、お父様の店も全部、あなたのものになるんだし」
彼は目を瞑って、小声で言った。
「そういうとこ、嫌いだ。
何でもお金で解決できると思ってる、とこ」
ああ、そうだったんだ。
だから、わたしのこと、好きじゃなかったんだ。
でもね、エリオットが好きなのは、
お金持ちの“わたし”なのよ。
「ねえ、明日、普通のデートしようよ」って言ってみた。
ブラッドは、少しだけ考えてから言った。
「休みの日も勉強した方がいい、テスト近いし」
「うん。でも、可愛いノート欲しくて。お昼食べて、それから勉強って感じで」
彼はあっさり、「それなら、まあいいか」とうなずいた。
それだけで、胸の奥がふわっとあったかくなった。
普通の恋人みたいな時間、過ごしてみたい。
――あなたの嫌いな相手でごめんねって、心の中で言った。
読んで頂いて有難うございました。




