第三十六話 お父さんの作戦
SIDE:ロゼーヌ
急にお父さんに召喚されると、目の前にはルー母さんと全ての腕と足を失っているお父さんが倒れていた。
私たちは、すぐにこれがどういう状況なのか理解できた。
私たちはすぐに隠密のローブを発動し、私はお父さんを結界で守った。
まさか……悪魔がルー母さんの中に入っていたとはね。
いつから……? いや、今はそんなことどうでも良いか。お父さんが生きているのかの確認を優先しないと。
「おい! 隠れてないで出てこい! お前の父親はこの俺が殺してやったぞ! ほら、早くしないと死体も残らないぞ……」
わかりやすい挑発ね。けど、あの状態で生きているとも思えない。
もしかして……本当に殺された?
そんな考えが頭に過った瞬間、隣にいるネリアの魔力が急激に上がるのを感じた。
「お父さんが……お父さんが……」
「ネリア、待って」
今、暴走するのは不味い。
「ユルサナイ」
「ネリア!」
止める間もなく、辺りが炎で包まれた。
「フハハハ! お前が来たか! 数百年前には負けたが、その未熟な魔法で今の俺に勝てると思うな!」
もちろん、ただ見ているわけもなく、すぐさま悪魔に向かっていくネリアの前に結界を張る。
パキン!
「くそ。結界魔法が面倒だな……。先に、エルフの女王を殺すか」
「オネエチャンダケハ……ゼッタイニコロサセナイ!」
私を殺すと聞いたネリアの魔力が先ほどとは比べものにならないほど、また急激に強くなった。
うう……。あまりにも強大な魔力を感じて、私は吐き気がしてきた。
ダメ。耐えるのよ。ここで、ネリアもルー母さんも殺させられない。
「ちっ。こいつの前で二番目に言ってはいけないことを言ってしまった。これは流石に厄介だ。私も本気を出すとしよう」
悪魔がそう言うと、ルー母さんの魔力がネリアに負けないほど膨れ上がった。
うぐ……。耐えるのよ。今、私が気を失ったら、全てが終わってしまう。
なんとか、この状況をどうにかできる彼が来るまで……耐えないと。
「遅れてごめん。これ、どういう状況」
私が必死に意識を保とうとしていると、隣にキールが現れた。
はあ、やっと来た。
「……遅いわよ」
「ご、ごめん」
「とりあえず、お父さんをリーナ母さんのところに飛ばして」
「わ、わかった」
私が指示を出すと、すぐにキールは結界の中にいるお父さんを空間魔法で飛ばしてくれた。
これで……二人を守ることだけに、魔力を集中できる。
「モヤシテヤル……」
「くそ……相変わらずな火力をしているな。これでは、いつになっても攻撃に魔力を避けない」
お父さんをなんとか救出でき、二人を確認すると……巨大な炎の渦がルー母さんを囲み、悪魔は自分が燃えないよう、半径一メートル程度の距離の炎を消すことに集中せざるを得なくなっていた。
これはまずいわね……。思っていたよりも圧倒的な差だわ。
「くそ! このままでは、オリジナルたちの戦いが終わってしまう! くそ! くそ! こうなるんだったら、火力不足だが死なない魔王に寄生しておけば良かった!」
少しずつ炎が自分に近づいて来ているのに悪魔は焦りながら、そんなことを言い始めた。
まったく……さっきまでの余裕はどこに行ってしまったのかしらね。
「キール。あなたは、ネリアをどうにかして。その間、私はどうにか悪魔をこっちに意識を向かせておくから」
「わかった!」
「馬鹿が! お前が一番厄介だったんだよ! 死ね!」
私が現れるなり、悪魔はチャンスが舞い降りてきたとばかりにまた元気を取り戻した。
けど、私の結界が壊れることはなかった。
「あら、その程度の攻撃では私の結界は壊せないわよ?」
「くそ! 炎が邪魔で攻撃に魔力が使えない!」
そう言っている今も、ジリジリと炎が悪魔に近づいていた。
どうやら、そこまで苦労せずに時間が稼げそうね。
そう思いながら、ネリアの方に目を向けた。
「ネリア! 正気に戻れ!」
「モヤシテヤル……モヤシテヤル……」
キールが背中から抱きしめて、大声で話しかけているというのに、ネリアは暴走状態のままだった。
だけど……キールの声を聞いて、ネリアの魔力が確実に弱まっていた。
「ククク。お前らは馬鹿か? 俺に勝てる唯一の手段を弱めてどうする?」
ネリアの魔力が弱まると、悪魔が炎の渦を全て消しさってしまった。
ふう……。ここからが、私の踏ん張りどころね。
大丈夫。もう、悪魔の魔力も随分と少なくなっている。
ガキン! ガキン! ガキン!
「くそ……無駄な抵抗をしやがって」
予想通り、何度も悪魔が腕を振るうが、私の結界は一枚も壊れていなかった。
「いつまでも抵抗するわよ。なんなら、あなたの魔力が尽きるまで付き合うわ」
「ふん。そう言っていられるのも今だけだ。絶対に、お前たちの大切な物を一つも残らず壊してやる」
「そういうことは、その大切な物を一つでも壊せてから言うことね」
どうせ、あなたには何も壊せないんだから。
「そう強がるな。お前の魔力では、もうじき全てを守るのが難しくなってくる。一人でも死ねば、形成は逆転だ」
パリン!
結界が一枚破れてしまった。あと二枚……間に合うかしら?
「強がりなんかじゃないわ。私はここで死ぬつもりで戦っているの。全ての寿命を魔力に変えてでも、全員を守ってみせるわ」
この体にも五十年分の寿命がある。それを使えば、いくらでも耐えられるわ。
「口で言うのは簡単だが……できるものならやってみることだな!」
パリン!
二枚目が割れてしまった。仕方ない……寿命を魔力にしないといけないわね。
「クハハハ! 大丈夫か? あと一枚しかないぞ? これが割れたら、全てがおしまいだな?」
あと一枚となると、悪魔はまた元気を取り戻して私を煽り始めた。
「……ああもう、うるさいわね。ネリア! いつまで寝てるのよ! もう、時間稼ぎは面倒だから早く目を覚ましなさい!」
「クハハハ! 何を言っているんだ! そいつが正気に戻ってしまったら、ますます俺に勝てなくなってしまうぞ?」
「そんなことない……。私は、このスキルに頼らないために、ずっと頑張ってきたんだから」
「……え?」
もう、遅いわよ……。
正気のネリアの声が聞こえてくると、ルー母さんの胸の中心辺りでボッと火が出た。
「燃え尽きなさい」
「ぐぎゃあああああ! あづい……あづい……助けてぐれ……」
悪魔は胸を押さえ、苦しみ始めた。
「さっきまでの威勢はどこにいったのかしら?」
「こうなったら……できる限り破壊して……」
「そうはさせないわ」
悪魔が残り全ての魔力を使って広範囲で破壊魔法を使おうとしたので、数年の寿命を使ってそれを阻止した。
パリン!
「くそ……三十年前と言い、いつまでも私の計画をむちゃくちゃにしやがって……」
結界は壊れてしまったが、悪魔にももう魔力は残っていなかった。
「ふん。この程度でどうにかなってしまうような計画を立てているあなたが悪いのよ」
「くそ……くそ……こうなったら……最後の手段だ」
「あ、待て! 絶対に逃がさないんだから! ……あれ? あ、魔力切れだ……」
ルー母さんから出て行く火の塊に、ネリアが更なる追い打ちをかけようとするも、魔力が切れてそれは叶わなかった。
「私は魔力切れだから追いかけないけど……二人だけでも追いかけた方が良いんじゃない? あの火だるまになった悪魔を見たでしょ? たぶん、あと少しで殺せるよ?」
「そうかもしれないけど、罠かもしれない。あいつも島からは出られないんだから、焦る必要はないわ」
それに、ネリアの炎は消えないから今も悪魔にはダメージを与えられているはずだわ。
「そうだな。ルーさんをリーナさんのところに運ばないといけないし、お義父さんの回復具合も確認しておかないと」
「あれ? お父さん、死んでなかったの?」
「わからない。今、お母さんが全力で治療しているだろうから、たぶん大丈夫だと思うけど……」
あの状態からして、もし生きながらえたとしても……腕と足は帰ってこないわね。
「そうなんだ……。それじゃあ、一旦戻りましょうか」
「なあ。そういえば、どうやって悪魔だけを燃やしたんだ? 俺には、悪魔がどこにかくれているとかわからなかったんだけど?」
お母さんのところに戻ろうとすると、キールがそんなことを聞いてきた。
ああ、そういえばキールは後から来たから、知らないのよね。
「えっと……これおかげなの。ここに飛ばされた時に……手の中にあったの」
そう言いながら、ネリアがキールに右耳につけたイヤリングをキールに見せた。
「それ、何かの魔法アイテムなのか?」
「そう。アンナさんって言って、見えない敵を見つけ出したり、敵の場所を教えてくれたり、戦闘のサポートをしてくれるの。お父さんも小さい頃からお世話になっているらしいわ」
そう。お父さんは、ただ意味もなく私とネリアをあの場に召喚したわけではない。
ネリアにしか、ルー母さんを助けながら悪魔を倒せないと考えて召喚したんだわ。
「なるほど……。それじゃあ、今回はお義父さんの作戦勝ちってわけだな?」
「そうね」
「そうよ。お父さんのおかげだわ!」





