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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第九章 冬の月
202/208

第202話 親愛なる最悪な午後 後編

 母親は幼い息子の可愛さ賢さを、知人や友人に褒め称えられた。母親はちっとも世辞とは思わず、まったくその通りだと幼い息子を褒めた。幼い息子は、母親は正しいと知っていたので、まったくその通りだと思って育った。


 母親がそんなだったのは、父親が初子の娘を溺愛した反動かもしれないが、しかし嘘つきだった試しは一度もない。実家である家業に興味がないと口にして、その通りに一切関わらず、婿養子の父親にすべてを任せた。娘はそんな母親を、気楽の国で生まれたと揶揄していた。


 父親は根っからの職人で、金勘定より金槌を握る方が好きらしい。娘には甘すぎるぐらい甘いが、息子にはそれなりに厳しかった。だが理不尽を言うことはない。息子に家業を継がせたときは相当嬉しかったのか、三日間徹夜で剣を十本も作っていた。


 冷静に考えてもごく普通の家族だ。アールステット子爵の生い立ちをなんとなく悟り、ロズウェルは自分自身について馬車の中で思い返していた。


(あいつの家は爺さんがクズで、父親が事なかれ主義で、本人は思考を停止させてる感じだね)


 それならそれでずっと領地に籠もっていればいいものを、どんな秘密があるか知らないが、迷惑この上ない。これから先、毎日あの男と顔を合わせるのかと思うとロズウェルの気持ちは少々暗くなった。


(いっそ皇帝陛下にあいつの生い立ちを言っちゃうか?)


 思いついてからそれは妙案だと一人悦に入って、窓の外へと目を向けた。

 街は至って平穏そうに見える。三日前に魔物が襲ってきたとは思えない落ち着きぶりだ。荷馬車があちこちに止まって、夜店の準備を始めている。外出禁止令が解かれたので、ここぞとばかり商売を再開したようだ。馬車には仕事帰りらしい男たちがたむろして、なにかを買っている。車内に流れてくる臭いから、たぶんオスクだろう。白芋に薄切りのウサギ肉を巻き、塩と香辛料をまぶしたそれは、ロズウェルの好物でもあった。


(お腹空いたな……)


 グゥッと鳴った腹を押さえる。家は数ブロック先だった。



 数分後、ロズウェルは家の前に到着し、うまやに行く御者と馬車を見送った。

 今日は絶対に早く寝よう。そう心に決めて扉を開くと、姉が一階のリビングからエントランスへとちょうど入ってきてきたところだった。相変わらず薄汚い麻のシャツと、同じく麻製の青いズボンという出で立ちである。帝都中を探しても、こんな格好をしているのは姉ぐらいだろう。


「おかえり」

「どこか行くの?」

「ええ、仕事場に」

「今からかよ」

「貴方のお陰で、軍部からの修理依頼が増えまくってね。父さんに夕食のパンを届けに行くの。途中でオスクでも買うつもりだけど、夜店は出てた?」

「北通りの角にいたよ。あ、帰りにボクの分も……」

「今夜は私も手伝うから、いつになるか分からないわよ」


 ちぇっと小さく舌打ちをして姉の横を通りすぎようとした。すると階段の奥にある扉が目に入って、「母さんは?」と珍しく尋ねてしまった。たぶん馬車の中で家族について考えてしまったからだろう。そんな弟に、姉は少々首を傾げて不思議そうな顔を作った。


「いつもの如く、よ」

「そっか」

「珍しいわね、貴方が母さんのことを気にするなんて」

「いや、別に他意はないよ」


 それ以上言うことがなくなって、姉弟で口を噤む。なんとも微妙な空気が一瞬その場を支配した。しかし別に母がなにか深刻な問題を抱えているわけではない。ただ八日ほど自室に籠もっているだけだ。理由は絵を描いているから。だが画家というわけでもなかった。

 もともと絵を描くのが好きだったという母は、数年前にその情熱が悪化して、今のように時々寝食すら忘れるほど夢中になってしまう。もちろん売るほどの才能はないが、友人知人の中に時折欲しいという者が現れるので、描いてはただでくれるのが最大の喜びのようだった。


「ハーレンも大変だなぁ……」


 ハーレンとはクライス家で飼っている猫の名前である。母は八日ほど前に友人から猫の絵が欲しいと言われて、ハーレンを自室に監禁して描いていた。


「昨日見たら、なんかちょっと太ってたわ」

「餌で釣ってるんだね……」

「たぶん」


 あと何日猫を太らせるつもりなのかちょっと気になったものの、それ以上は本当になにも言うことが見つからずに、ロズウェルはやおら階段の方へと歩き出した。

 最初の段に片足を乗せた時、背後にいる姉の声が聞こえてきた。


「ねえ、自分の部屋に戻るの?」

「そうだけど。なんで?」

「別に。聞いてみただけ」


 姉の右眉の端がピクンと上がるのは、なにか思うことがある時である。しかしこの時は素敵な家族という幻想がロズウェルを支配して、全く気にも留めなかった。

 二階に上がり、いくつかの部屋を過ぎて自室の前まで来る。普段から施錠などしていない扉を何の気なしに開け、中が明るいことに違和感を覚えて立ち止まった直後、扉の裏からヒョイと(おとこ)の娘が顔を出したものだから、ロズウェルは体を反転させ姉に向かって怒鳴り声を上げた。


「イザーヤ! また入れやがったな!」

「夕食が二人分用意してあるから、ドルテくんと仲良く食べて!」


 朗らかな声が聞こえ、続いて玄関扉が閉まる音がいつもの倍近く大きく聞こえてきた。


「あいつ……」


 愚痴を吐き出そうとした瞬間、襟首が有り得ない力で引っ張られた。


「ちょっ! やめろ! ドルテ!」

「入れやがったってどういうことよ! 人を虫みたいに!」


 自分の十倍ぐらいあるのではないかと思われる相手に敵うわけがない。引き寄せられた上に顔まで近づけられ、ウッと唸って慌てて顔を背けた。

 いつもの如くの厚化粧だ。それなのに顎には青ひげが残っているから、真っ赤な口紅が血のように見える。目の上の青いラインはさしずめ殴られた跡だ。しかもピンクのドレスを適当に着ているから、普段よりもさらに魔物に近いなにかになっていた。


「ホント、冷たい男ね。友達が無事に戻ってきたのを喜べないの!」

「陛下から無事だと聞いていた時に喜んだよ」

「今喜びなさいよ! 再会の喜びに歓喜しなさいよ! 涙しなさいよ! それにね、まだ無事じゃないんだから!」

「わ、分かったから唾を飛ばすな。放せ」


 ようやく解放されてフッと肩から力が抜けるも、退路である扉が魔物の手によって閉ざされてふたたび肩に力が入る。それに魔物が最後に付け足した言葉も気になった。


「無事じゃない……?」

「そうよ、無事じゃないわよ!」

「どういうこと?」


 ドルテはすぐにそれに答えず、高いヒールの靴を響かせて奥のに歩いて、そこにあった椅子にどっかりと腰を下ろした。せめて足を閉じろよと思ったのは、すね毛が少し見えてしまうからだ。


「言っておくけど、ここに来たのはあんたに文句を言う為じゃない」

「じゃ、なに?」


 乱れた襟首を整えつつ、ロズウェルは安全な距離を保って憤慨している様子の友人を横目で眺めた。


「陛下からはどこまで聞いたの?」

「でっかくてごっついのが魔物に睨まれてギャーギャー騒いでいたが、ブルー将軍が魔物を追い払ったので、きっと軍に保護されて帰ってくるだろうって」

「保護!? ああ、あれが保護っていうならそうかもね」

「違うのか?」

「違うわよ! 確かに先に陛下が帝都に戻られて、エルフ将軍が魔物を追い払ったのまでは正解だけど」


 ドルテの話では、その後半日ほどブルー将軍が後処理を行っていたそうだ。散り散りになった荷馬車と隠れていた者たちをひととこに集め、新たなる敵が来ないかずっと警戒してくれたらしい。もっともその説明にはドルテも手伝わされたという不平も含まれていた。


「他にもラシアールがいたって聞いたけど。シュランプの孫とか」

「いたけど、あいつらなにもしないどころかいつの間にか消えてたわよ」

「ちなみに隠れていた者たちというのは?」

「御者が三人、衛兵が十人、私も含めてだけど」

「本当に小部隊だったみたいだな」


 ロズウェルの言葉にドルテはなにか言いかけたが、気が変わったのか一度口と閉ざしてさらに説明を続けた。

 半日後、皇帝から遣わされた陸軍がやってきて、ブルー将軍はそこでお役御免になり、ドルテたちは保護と言うより捕虜のような扱いで、半日かけて帝都に連れ戻されたそうだった。


「もうね、酷いのよ。丸一日閉じ込められて、なぜあの部隊の護衛をすることになったのかとか、いつ帝都を出発したのかとか、なにか他に目的があったんじゃないかとか、根掘り葉掘り」

「まあ、それは当然と言えば当然……」

「そんなこと、私達に聞くならギルドのだれかに聞けば良いじゃない。ましてあの人がどこに行ったなんて、知るわけがない」

「あの人?」


 すると、ドルテは口をとがらせ吐き捨てるように言った。


「ニコ・バレクよ!」

「ああ、今回の首謀者とか言われている……」

「あいつがなにを企んでいたかなんて私達に分かるわけないでしょ。濡れ衣よ。ま、でも軍部にはネチネチと追求されただけで良かったけど。問題はそのあと」

「まだあるのか」


 ようやく解放されて家に帰ると、玄関先に怪しげな男が立っていたそうだ。


「目付きが酷い奴。本人はギルドの者だって言ってたけど、絶対違うって思ったわ。あんたも知ってるだろうけど、ギルドの仕事でどこかに行く時、所属と名前を相手に伝えるように言われてるわよね」

「だね」


 半年前のギルド改革でそうすることが決定されたらしく、以後その指示は受けていた。特にロズウェルのような幹部組と、ドルテのような衛兵は絶対命令となっている。しかし一般市民はそんな命令があることなど知らないだろう。


「これ絶対に怪しいって思ったわ。だけど店や家族に迷惑が掛けられないと思って、とにかく素直にそいつに付いていったの」

「いい加減女言葉止めろよ、気味が悪いから」


 もちろんドルテはそんな苦情など聞く耳持たないで話を続ける。


「案の定、そいつはギルド本部には向かわなかったわ。うちの店から本部に行くには途中で西北通りを曲がらなきゃいけないのをあんたも知ってるしょ? それなのに、そいつは真っ直ぐ突き進んだわけよ」

「つまり丘の方へ?」

「そういうこと。だからこれは絶対マズいと思って……」


 言いあぐねた友人に、なにか悪い予感がした。

 すると予感通り、ドルテは素晴らしい武勇伝を語ってくれた。


「ちょうど人通りが途切れた時、そいつの顔を一発殴りつけてやったわ」

「うへっ」

「相手が怯んだ隙に逃げたんだけど、追いかけてくると思ってね。でも全然追ってこないから、ちょっと拍子抜けして……」

「そりゃ、魔獣に襲われた方が逃げるさ」

「こっちは眠かったし疲れてたしお腹も空いてたし、ムカついてたからしかたがないわ。それどころか逆にどこのどいつか突き止めてやろうって思ったぐらいなんだから」


 らしいと言えばらしいが、そんなことをして最終的に自分が面倒に巻き込まれるのでないかと、ロズウェルの懸念はだんだんそちらの方へ傾いていった。


「そんなすぐに見つかった? だって一回逃げたんだろ?」

「臭いがプンプンしてたから分かったわ」

「臭い?」

「一緒に歩いてる時から、“あ、こいつ、東地区の人間だ”ってね。あんたも分かるでしょ、あそこにいる連中の独特の臭いっていうか、雰囲気っていうか」

「つまり貴族だったってことか?」

「たぶん側近かお抱えの近衛兵」

「ああ……」


 嫌な予感はますます増えるばかり。願わくは、ドルテがそれ以上なにもしてませんように。


「東地区を少しうろつき回っていたら、すぐに見つけたわ」

「そんな格好であそこをウロウロして、怪しすぎるだろ」

「なに言ってるの。私まだ衛兵の制服着てたし。で、見つけたのは噴水がある公園の近く。あの近くに大きな屋敷がいくつかあるわよね? その中の一つに入っていくのが見えた。それを確認できたからもういいかと思って、急いで家に帰ってから着替えて、そのままここに来たってわけよ」


 あん周辺で大きな屋敷といえばミューンビラー邸しかない。つまりあのでっかいネズミは赦免になったのに満足せず、また何か企んでいるのだろうか?


(もういい加減諦めてよ……)


 帝国は貴族たちのものではない。もちろんギルドのものでも軍部のものでもラシアールのものでもなく、今や皇帝のものなのだ。これ以上逆らったら、いくら手ぬるい皇帝でも本気で叩き潰すだろう。今までだって英雄と謳われたアーリングを自らの手で仕留め、実父であるイワノフ公爵も暗殺したのではという噂すらあるのだから。


「ほら、何をぼんやりしてるのよ。早く陛下のところに行って、この可哀想な小兎が窮地に陥ってるって言ってきなさいよ!」

「小兎? どこに?」

「そう言うと思ったわ。なら、軍部にも口を割らなかったとっておきの情報を教えましょうか?」


 真っ赤な唇がニヤリと歪むから、ロズウェルは本気で見の危険を感じた。これならアールスレットに唇を奪われる方がいくらかマシ……。


(いやいやいやいや、なに言ってんのボクは。あっちの方がずっと危険だろ。今でこそこんな姿になったけど、ドルテは一応幼馴染だ、一応)


「ちょっと! 聞いてるの!?」

「聞いてるよ」


 どうせ大した話ではないだろうと、ロズウェルは片耳に指を突っ込んで、あからさまに疑いの視線をドルテに投げかけた。


「あの男のことだけどね……」

「あの男?」

「ニコ・バレクよ」

「あ、そっち」

「どっちだと思ったのよ!?」

「いや、別に」


 でっかい小兎型の魔物を捕獲しようとした勇者の方だとは言わなかった。


「あの男、倉庫群に来たときから一度も馬車を降りなかったんだけど、私達への指示はずっと車内からして」

「だれかに姿が見られるのが嫌だったんじゃないの?」

「多分そうね。でも、一緒に誰か乗ってたと言ったら?」

「だれかってだれ?」


 するとドルテは思わせぶりな間をたっぷり取って、ついでに血色の唇ももう少し歪めて、少々得意げな表情でこう囁いた。


「セシャール人よ」

「セシャール!?」

「しっ、声が大きい。いい、よく聞いて。ちょうど私が出発の準備ができたと言いにあの男の馬車に近づいた時よ。あの男のとは別の声が中から聞こえてきたの」

「それがセシャール人だってなぜ分かった?」

「うちの店は仕立て屋の他に布屋もしているから、それを買い付けにセシャールから結構来てたのよ。もちろんあの戦乱前だけど。セシャールは麻も綿もあまり収穫できないし、寒すぎるからね。布地はソフィニアから多くを輸入してるのよ」

「そんなことボクだって知ってるさ」


 得意げに語るドルテにイラッとして、ロズウェルはやや顎を上げて相手を睨んだ。


「なら分かるわよね。なんでセシャール人だって分かったか」

「ええと……」

「言葉よ。発音がセシャール訛りだったの」

「咄嗟に思いつかなかっただけだ。おまえが急かすから」

「へぇ。まあいいわ。でもこれで理解できたでしょ?」

「なにが?」

「つまりニコ・バレクはその男とセシャールに逃げたの」


 声が大きいと注意したくせに、自分は得意げに言い放つものだから、ロズウェルは少々呆れて相手の顔を見返した。


「なによ! もっと驚きなさいな!」

「おまえ、捕獲されてたから知らないかもれいないけどさ、バレクがセシャールに逃げたっていうのは、もう調査済みだから」

「でもセシャール人と一緒だったって情報は初めてよね」

「そりゃそうだけど、でもだからと言って……」


 言いかけてから、頭に閃光のようなものが走った。

 初めはただ光っただけ。しかし徐々にその意味が見えてきて、もしかしてと思ったのを見計らったかのように、ドルテは熊の如く立ち上がってずんずん歩いてきた。


「なんか分かったみたいね」

「気のせいだ」

「あんたと何年腐れ縁してると思ってるの。その頭だけが取り柄なんだから、早く言いなさいって」

「だけじゃないから。いっぱいありすぎて困るほどあるから」

「いいから言え!」


 サッと飛び退き、伸びてきた手を躱す。さすがに二度目は有り得ない。


「逃げるな!」

「なんで急に男言葉に戻るんだよ! ちょっと思いついただけで確信はないんだから、言わないぞ! それに気づかない方が幸せってことだってあるんだからな!」


 その一瞬で脳裏に浮かんで消えたのはアールステットの顔。


(あいつ、幸せなのかな?)


 今まで他人の幸せなど一切気にしたことがなかったのに、なぜそんなふうに思ったのかロズウェル自身もよく分からなかった。


「言わないつもりなら、代わりにすぐに皇帝陛下に報告に行け!」

「なんでいつもいつも命令……」

「命令しないと、昔から動かない奴だっただろ。いいから早く行けよ。じゃないとここに住み着くぞ」

「わ、分かったよ、行けばいいんだろ!」


 ドルテの右足が膝から上がっていくのを見て、ロズウェルは過去に何度も食らった回し蹴りを予見し、半分ヤケクソ気味にそう叫んで部屋から飛び出した。


「夕食は残さず食べておきますわ!」


 天敵ドルテに勝てない自分が情けない。眉目秀麗、頭脳明晰のこのボクをあそこまで軽く扱うのはあいつだけだ。絶対にいつか痛い目に遭わせてやると心に誓ってエントランスまで下りてきたロズウェルは、さてどこに隠れようかと足を止めた。

 宮殿なんか行くもんか。そろそろ皇帝の夕食の時間で、そんな時に行ったって追い出されるだけだ。


「母さんの部屋に隠れようかなぁ……」


 しかしテレピン油の匂いで侵されたあの部屋に空腹のまま行ったら、胃液を吐くような気がした。


「うーん、イザーヤがいる仕事場もイマイチ。あとはどこか……」


 その時、右側になにか気配を感じて、ロズウェルはなにげなく顔を動かす。

 果たして、そこにちょこんと座っていたのは、金色の短い毛と青い瞳を持つパラディス産の猫ハーレンだ。ソフィニアでは珍しい種類で、この辺りにいる猫より一回り小さいが気性はやや激しい。母以外は懐かないので、ロズウェル自身は子猫の頃に数回抱いただけだった。


「お前、やっぱりちょっと太ったぞ」


 とは言っても、もともと細い体型だったので、家族以外は気づかない程度だ。


「前から思ってたけど、お前、皇帝陛下にちょっと似てるよなぁ……」


 賢しそうな瞳の猫は、不機嫌な目付きでロズウェルを睨んでいた。


「うーん」


 自分と同じぐらい頭がいいだろうという者が、ドルテの情報を聞いてどんな結論を導き出すんだろうか。急にそれが気になってきた。しかもセシャールが絡んでいるかもしれないと、一刻も早く知らせた方がいいのかもしれない。


「やっぱ行った方がいいかな? 途中でオスクを買って、もし追い返されても、オスクを買いに行ったついでと思えば……」


 そんなことを考えつつ玄関扉を開ける。日が少し暮れてきて、ロズウェルの最悪な午後が終わろうとしていた。



★ ☆ ★


挿絵(By みてみん)

イリス・アールステット子爵(作画:鷹澤水希様)

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