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21 かいじん たおす

日曜の朝、

保育室のテレビでヒーロー番組が流れている。

画面の中で赤いヒーローが必殺技を放ち、爆発をバックに決めポーズを取る。


テレビの前に並んで正座している大男たちの目が爛々と輝いていた。

悟はおしゃぶりをポロリと落としたまま画面に釘付け。

徹はクマのぬいぐるみを投げ捨て、正義の変身ポーズを目で追っている。

龍は興奮のあまり、ひよこ柄スモックの裾を両手で力任せに引っ張り

バリバリと悲鳴をあげさせつつ、のめり込んでいた。


「ほげぇぇぇーっ!!!」


番組が終わった瞬間、悟が叫び声を上げて立ち上がった。

つられて龍と徹も弾かれたように立ち上がる。


(あ、これ絶対に感化されたやつだ……)


俺の予感は的中した。

龍が胸をぐっと張り、拳を突き出して赤のヒーローの決めポーズを真似る。

徹はかつてのナイフ技を彷彿とさせるキレッキレの素振りで、

青のヒーローの変身ポーズを完璧に再現。

悟は巨体を活かし、両手を広げてイエローのド派手なポーズをとった。


ここまでは微笑ましい光景だった。

問題は、ここからだ。


「ほげ?」


悟が龍を見た。龍も徹を見た。

全員が己こそが「主役のヒーロー」だと信じて疑わない瞳をしている。

そして、ヒーローごっこを成立させるために絶対に必要な

「ある人物」の不在に気づいたらしい。


——そう、「敵の怪人」がいないのだ。


3人が同時に首をねじり、じっと俺の方を振り返った。


「……え? なにその目。俺は怪人じゃないよ? 保育士だよ?」


後ずさりする俺に対し、

3人は示し合わせたかのようにじりじりと距離を詰めてくる。

悟がニヤリと口角を上げ、不穏な「ほげっ」を漏らした。

彼らの頭の中で、エプロン姿の俺は

完全に世界征服を企む悪の総統として認識されたらしい。


「待て待て待て! タイム! 先生は怪人役なんて——」


「ほーげー!!」


先陣を切ったのは、青のヒーロー・徹だった。

かつて「神速」と恐れられたフットワークで畳を蹴り上げ、

目にも留まらぬ速さで俺の死角へと回り込む。


「ほぎゃあっ!」


バシッ! バシッ!


必殺チョップが俺の脇腹にクリーンヒット。

痛い! 単なる手刀なのに肋骨が軋む!


「つ、強い……! だが悪は負けん……!」

一応ノリで怪人っぽく倒れてやろうとした瞬間、上空の日光が遮られた。


「ほげぇい!!!」


赤のヒーロー・龍が、体重90キロの巨体を丸めて豪快に躍り出たのだ。

繰り出されたのはあまりにも重加減を間違えたヒップアタック。


ドスッッ!!


「ぐほぁっ!?」


みぞおちに直撃。俺の視界に一瞬、綺麗な星が飛んだ。

息が吸えない。肺から全酸素が押し出された。


だが、地獄のコンボはこれで終わらなかった。


「ほ……げぇぇぇぇ……っ!!」


満を持して前に出た悟が、

おしゃぶりを強烈に吸引しながら両腕をぐるぐると回している。

あれは番組のラストで放たれる超必殺バズーカのタメ動作だ。


「悟くん、それだけは駄目、物理的に死——」

「ほげえええええええい!!!」


ドゴォン!!


必殺の「バズーカ(190センチの全速力タックル)」が、

すでに倒れかけていた俺の胴体を正面から撃ち抜いた。

保育室の畳が波打ち、

俺の体はそのまま部屋の隅のクッションコーナーまで吹っ飛んで撃沈した。


「がはっ……! や、やられた〜……世界は……お前たちのものだ……」


俺が白目を剥いて倒れ込みピクピクと手を痙攣させて悪役の最期を演じきると

3人は顔を見合わせ、破顔した。


「「「ほげーーー!!!」」」


見事な連携で悪を滅ぼした3人のヒーローは、

お互いにハイタッチを交わし、歓喜の勝ち名乗りを上げた。


——数分後。


すっかりヒーローごっこを満喫して満足した3人は、

倒れたまま動けない俺の周りにぞろぞろと集まってきた。


龍が俺の顔の横に自分の頭を擦りつけてくる。

徹が俺の手にそっと自分のクマのぬいぐるみを握らせてくる。

悟がおしゃぶりを咥え直して、俺の腹の上にどすんと乗っかって甘え始めた。


「ほげ……♪」

「ほげー……」


正義の味方たちは悪党を倒した安心感からか、

俺にぴったりと密着したまま早くもスヤスヤと寝息を立て始めている。


重い。全身が痛い。明日起き上がれるかも分からない。

それでも、俺の髪に触れた龍の温かい手のひらを感じながら、

俺は天井を見上げて力なく笑った。


悪役を引き受けるのも、案外悪い気分じゃない。


ーーー


【園長からの連絡帳メモ】

守先生。ヒーローごっこの悪役お疲れ様でした。

壁を突き破るほどのダイナミックな打撃音が聞こえてきたので、

一瞬だけ本物の怪人が保育園を襲撃しに来たのかと冷や汗が出ました。

なお、明日使えるシップ薬を箱ごと職員室に用意しておきましたので、

全身に貼って出勤してくださいね。

見事な散り際でしたよ(^-^)


ーーー


3人の巨大な寝息に挟まれながら、俺は湿布の香りを幻視する。

明日もきっと新しいごっこ遊びの被害者になるのだろうが、

この小さな(見た目は巨大だが)ヒーローたちのためなら、

いくらでもやられ役になってやるつもりだ。


続く

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