表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/25

19 か ぱにっく

「……ちっ」


縁側から差し込む日差しの中で悟が急に大きな耳をピクッと動かした。

おしゃぶりを咥えたまま固まり、視線で空中の一点を追っている。


彼の190センチの巨躯に流れる野生のセンサーが捉えたのは、

夏特有のわずか数ミリの刺客――1匹の蚊だった。


ぷ〜ん。


高音の羽音がのどかな保育室に小さく響く。

その羽音はお手玉を積んで遊んでいた徹のすぐ鼻先を掠め、

悟の太い前腕へと着陸した。


チクリ。


「ほ……?」


悟が自分の腕を見下ろす。

次の瞬間、刺された箇所がみるみるうちに赤くぷっくりと膨らみ始めた。

遅れてやってくる強烈な「かゆみ」。


「ほげッ!???」


悟の顔色が劇的に変わった。

己の皮膚に突如出現した「謎の赤いお山」と、内側から沸き立つ不快な刺激。

自我を失った脳にとって、それは不可解な毒攻撃を受けたも同然だったらしい。


爪を立ててガリガリと掻きむしり、さらに皮膚を真っ赤に腫れあがらせる悟。


「ほげーっ! ほげ、ほげぇぇぇ!!」


恐怖と混乱のあまり、悟はおしゃぶりを吐き出してのたうち回った。


「あーっ! 悟くん待って! 掻いちゃダメ!!」


俺が飛んで行った時にはすでに事態は二次災害へ突入していた。

事の元凶である蚊が、今度は徹のおでこへとターゲットを変更したのだ。


ぷ〜ん。


「ほげい!?」


おでこに違和感を覚えた徹が己の額をガリッと掻く。

一瞬でぷっくり膨らむ赤い丸。


暗殺者の存在を悟った徹の眼光が冷酷なまでに鋭く細まった。

彼はゆっくりと立ち上がると、空中に漂う微小な影に照準を合わせる。


シュバッ!!


空気を切り裂く手刀。

だが相手は虫だ。

徹の平手打ちは虚しく空を切り、生じた風圧が蚊をふわりと上空へ押し上げた。


「ほー、げぇぇぇ!!!」


刺された怒りで覚醒した悟が巨大な両手を

絵本に出てくるシンバルのように「パンッ!!」と頭上で打ち鳴らした。


爆音。


気圧の急激な変化により保育室のカーテンがバサバサッと激しくなびく。

1匹の虫を仕留めるために部屋の中で真空状態を作り出そうとする大男たち。


「やめて! 部屋の中で衝撃波を出さないで! 蚊なら俺が叩くから!!」


俺は蚊を叩くためのスリッパと救急箱を抱えて二人の間に割って入った。


ーーー


「はい、二人とも動かない! 掻くと余計にかゆくなるからね!」


俺が叫ぶと、額と腕を赤く腫らした二人が、

恨めしそうな目でそれぞれの傷口を指差してきた。


「ほげ……(痛いというか痒い)」

「ほげぇ(これ取って)」


泣きそうな顔で訴えてくる二人を畳に座らせ、

俺は救急箱からアンパンマンの貼るかゆみ止めシールを取り出した。


「はい、冷たくて気持ちいいパッチ貼るよ。ぺったん」


悟の太い腕に小さなアンパンマンの丸いシールを貼る。

続いて、徹の真っ赤なおでこの真ん中にもぺたりとアンパンマンを貼り付けた。


「……ほげ?」


貼った瞬間、メントールのひんやりとした涼感が広がり、

かゆみがスッと引いていく。

悟が目を丸くし、己の腕のアンパンマンを不思議そうにつんつんと突ついた。


おでこにアンパンマンを降臨させた徹もそっと指先でシールに触れ、

かゆみが消えたことを確認すると、一気に破顔した。


「ほげ♪」

「ほげーい!」


さっきまでの世界滅亡レベルのパニックが嘘のように、

二人で顔を見合わせてシールを自慢し合っている。

単純極まりないが、それが最高にありがたい。


ふと部屋の隅を見ると、龍がパンパースをガサガサ鳴らしながら、

蚊取り豚の鼻の穴に指を近づけて「ほげ~」と煙を眺めていた。

相変わらずマイペースの極みだ。


「はぁ……たかが蚊一匹で、なんでこんな命がけの緊急作戦になるんだか」


俺は蚊取りスプレーを空中にひと吹きし、ようやく胸を撫でおろした。


ーーー


【園長からの連絡帳メモ】

守先生。虫刺されの緊急対応、お疲れ様でした。

悟くんの衝撃波で廊下の絵の額縁が傾いておりましたが大事に至らず何よりです。

なお、おでこにアンパンマンシールを貼った徹くんが園庭のフェンス際まで行き、

通りすがりの子どもたちにドヤ顔で「ほげ♪」とアピールしておりました。

子どもたちが「あのおじさん、アンパンマンの新しい仲間かな……」と

コソコソ噂しておりましたので、夢を壊さないよう温かく見守っておきました(^-^)


ーーー


「さ、かゆいの治ったなら、みんなでおやつのゼリー食べようか!」

「「「ほげーーー!!!」」」


大男たちが嬉しそうにおやつテーブルへと群がっていく。

刺された痕に貼られたアンパンマンシールが夏の陽射しを受けて、

妙に誇らしげにキラリと光っていた。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ