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13 さかな げっとだぜ

外はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨。

当然、園庭での泥遊びは中止になったのだが

今日の保育室には広大な「青い海」が出現していた。


「ほらみんな、これなら雨の日でも釣りが楽しめるぞー!」


ブルーシートを床いっぱいに敷き詰め、

その上に画用紙で作ったカラフルな魚たちをばら撒く。

魚の口元にはそれぞれクリップが留めてあり、

割り箸の先にタコ糸と磁石を結びつけた特製の釣竿で釣り上げるシステムだ。


「ほげ?」


龍がブルーシートの端を不思議そうにつまんでパタパタさせている。

その横では徹が配られた釣竿のタコ糸を引っ張ってみている。

悟も不思議そうに、ごつい指先で磁石をツンツンしていた。


「ルールは簡単! 竿の磁石をお魚のクリップにピタッとくっつけて釣るんだよ。

 優しーく垂らしてね」


俺がお手本として赤いタイを釣り上げてみせると

3人の目が一斉にギラリと反転した。


ーーー


「ほげぇい!」


先陣を切ったのは徹だった。

彼が手首のスナップを利かせた瞬間、

割り箸の竿から伸びたタコ糸が鋭い風切り音を立てた。


シュバッ! カチッ!


「えっ」


目にも留まらぬ速さで投下された磁石が、

一寸の狂いもなく青いサメのクリップを捉える。

徹はサメを瞬時に手元へ手繰り寄せるとそのまま次の獲物へと竿を振った。


シュバババババババッ!!!


カチカチカチカチカチッと部屋中に鳴り響く連続した金属音。

狙いを定めた魚を確実に仕留めていくその様は一本釣りの漁師というよりも、

ワイヤーを操る冷徹な暗殺者のそれだ。

徹の足元にはあっという間に紙の魚の山が築き上げられていく。


一方、その隣でじっとブルーシートの海の底を睨みつけていた悟は

徹の乱獲によって魚が減っていくのが気に入らなかったらしい。

悟は釣竿を床に放り出すとブルーシートの端を両手でガシッと掴んだ。


「ほげ、ほげぇーい!!」


ザザザザザザザァッ……ッ!!!


「ちょっと待って悟くん!? 何そのスケールの大きな不正行為!」


磁石で地道に釣るのがじれったくなった悟は、

圧倒的な腕力でブルーシートごと「地引き網」を開始したのだ。

床に敷かれた巨大なシートが一気に手前へと手繰り寄せられる。

津波に流されるかのように悟の元へと強制送還されていく魚たち。


「ああっ、ストップ!!海の生態系が崩壊する! 」


ーーー


カオスと化した室内。

そんな喧騒を余所目に龍はどっかりとあぐらをかいて座り込んでいた。

大波(シートの津波)にも動じず、ただひたすらに一本の竿を構え静止している。


まるで水面に潜む伝説の巨大魚を待つ老練なハンターの風格。

龍はゆっくりと竿を動かし、磁石のついた先端をある「大物」へと近づけた。


カチッ。


「……ん?」


俺の腰あたりで奇妙な金属音がした。

見ると、龍の磁石が俺のズボンのベルトバックルに見事な精度で吸着していた。


「あ、龍くん。先生は魚じゃ――」


「ほげぇぇぇぇい!!!」


刹那、龍の太い腕がググッと後ろへ引かれた。

割り箸がミシッと悲鳴を上げる。

しかし、そこに乗っている背筋力は間違いなく本物だ。

耐えられないほどの力が俺の腰を襲い、俺はたまらず倒れこむ。


「うわわわっ! 引っ張るな、持っていかれる!!」


ずるずると床を滑る俺の足。

それを見た徹と悟が、龍の「大物ヒット」の歓声を聞きつけ

一斉に目を輝かせてハイハイで突進してきた。


「ほげー!」

「ほげっ、ほげ!」

「こら、加勢しなくていい! チームプレイを発揮するな!」


願いも虚しく、徹と悟が龍の腰にガシッと抱きつき、

3人による怒涛の釣り、というより「引き摺り」が始まった。

大男たちが全力で俺を釣り上げようと後方へ体重をかける。


ズザザザザザザザッ!!!


「ギブギブギブ! ベルトがちぎれる! 胃袋が圧迫されて出る!!」


俺の叫び声も彼らの大漁の喜び(ほげほげ大合唱)にかき消される。

結局、俺の体はブルーシートの海を完全に横断し、

3人の肉体マウンティングの渦へと見事にランディングされたのだった。


ーーー


【園長からの連絡帳メモ】

守先生。雨の日の室内レクリエーション、大変盛り上がったようですね。

窓の外から様子を覗かせていただきましたが、守先生がブルーシートの上を

信じられないスピードで引きずられていく姿は素晴らしい躍動感がありました。

なお、徹くんが釣り上げた紙の魚のなかに何故か

「本物の1万円札(園長の私物)」が1枚混ざっておりました。

彼がどの水域からそれを一本釣りしてきたのか非常に気になるところです(^-^)


ーーー


「ほげー♪ ほげ、ほげぇ」


床に倒れた俺の周りで3人が釣った魚(俺と紙の魚)を囲み、

本当に嬉しそうに顔を見合わせている。

龍は俺の頭を大きな手でよしよしと撫で回し、

徹は自分のサメを俺の胸元にぽんと置き、

悟はおしゃぶりを咥え直して満足げに鼻を鳴らした。


全身の関節が引きちぎれそうに痛むが、

この達成感に満ちた無邪気な笑顔を見せられては怒る気も失せてしまう。


「はいはい、大漁だったね。じゃあ、釣ったお魚さんたちをお片付けするよー」

「ほげーーー!!!」


今日も全力で「釣られ」た俺の保育士ライフ。

雨雲を吹き飛ばすほどの賑やかな声が今日も部屋いっぱいに響き渡るのだった。


続く

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