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1 ほげほげの やくざ

「ほげぇ? ほぎゃ、ほげ……!」

「はいはい、ヨシヨシ。もうすぐお昼寝の時間だからねー」


俺、(まもる)。25歳。


子供が好きで保育士の免許を取った。いつか可愛い園児たちと

お歌を歌ったり折り紙をしたりする平穏な日常を夢見ていた……が。


――どうしてこうなった。


目の前で、身長180センチ、体重90キロ、背中に立派な登り龍を背負った大男が

パンパース一枚で「ほげぇ」とヨダレを垂らしている。


彼の名は(りゅう)。元・関西最恐組織の若頭だ。

数ヶ月前、巷を騒がせる謎のダークヒーローに完膚なきまでに叩きのめされ

自我を消し飛ばされた結果、言語能力がすべて「ホゲ」に退化した。


実際年齢35歳。現在の精神年齢、推定1歳半。


そして、ここ『はらっぱ保育園』は

そんな彼らを引き取った世界で僅かの「元ヤクザ専門保育園」である。


ーーー


「ほげ! ほげっ、ほげー!」

「こらっ! 徹くん、

 お友達のバズ・ライトイヤーをドスみたいに構えるんじゃない!」


もう一人の園児、32歳・元武闘派幹部の(てつ)

プラスチック製のおもちゃを逆手で構え、鋭い眼光で部屋の隅を睨みつけている。


自我を失い、完全に無邪気な幼児へと退行した彼らだが、

肉体に染み付いた「極道の戦闘本能」だけは時折、

無意識にバグを起こして表出する。


「ほげー!!」


あいつをタマにとる!と言わんばかりの勢いで突進してくる徹。


「危ないって!」


俺はフライングボディープレス気味に徹を抱きとめ、おもちゃを取り上げた。

一般の保育士なら即労災ものの激務。

だが、ここで俺が諦めたら彼らは行くあてをなくして路頭に迷うか、

あるいはもっと恐ろしい闇に葬られる。


「はい、徹くん。おもちゃは優しく使いましょうね。メッ、だよ?」

「ほげぇ……」


叱られると、徹は途端にシュンとして大きな体をごろりと丸めた。

涙目で人差し指をくわえる姿は

外見さえ無視すればただの寂しがり屋な赤ちゃんそのものだ。

無様といえば最高に無様だが、

この純粋な瞳を見ているとどうしても放っておけない。


ーーー


正午。地獄の給食の時間がやってきた。

今日のメニューはみんな大好きアンパンマンのチキンライス。


「ほげ! ほげー!!」


先ほどの若頭・龍がスプーンを両手に持ってテーブルをガンガン叩く。

早くよこせという催促だ。


「龍くん、コラッ。お行儀悪いでしょ。ちゃんと『いただきます』は?」

「ほげ?」


龍は首を傾げ、ごつい手を胸の前で合わせようとするが、

筋肉が邪魔をしてうまく合わない。


「ほげ、ほげぇ……(できない……)」


情けない顔でウルウルし始めたので、俺が手を添えて一緒に合わせてあげる。


「はい、いただきまーす」

「ほげー!」


スプーンを使って不器用にご飯を口に運ぶ龍。

しかし、口の周りがケチャップだらけだ。

まるで血飛沫を浴びた狂犬のようだが、

本人は「ほげ♪ ほげ♪」とご機嫌で体を揺らしている。


「あーあ、顔も服もベタベタ。もう、しょうがないなぁ」


俺は濡れティッシュを取り出し、

かつて触れるだけで周囲を恐怖させた男の顔を優しく拭いてやる。

龍は気持ちよさそうに目を細め、俺の服の裾をギュッと握りしめてきた。


ーーー


【園長からの連絡帳メモ】

守先生、いつもお疲れ様です。

通りすがりの方から

「保育園の裏から『ほげぇー!』というドスの利いた雄叫びが聞こえた」

とのいつもの電話がありました。

園庭でお歌を歌う時には音量に気をつけてくださいね(^-^)


ーーー


お昼寝の時間。

部屋を薄暗くすると、大男が並んで布団に潜り込む。


寝息のボリュームがトラックのアイドリング並みにうるさいのが玉にキズだが、

おしゃぶりをくわえたり、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめたりして

すやすやと眠っている。


自我を失い、全てを奪われ、無邪気な子供に戻ってしまった彼ら。

世間は彼らを「自業自得の無様な末路」と笑うかもしれない。


だけど、俺の前で見せるこの笑顔や、純粋な「ほげ」の響きに嘘偽りはない。


「……よし、みんなよく眠ってるな」


俺は一人、静かになった保育室で連絡帳に

「今日も完食できました」と書き込む。


肩はバキバキ、腰はガタガタ、毎日が命がけの抗争だ。

それでも、彼らの「ほげ(先生だいすき)」が聞こえる限り――

俺の奮闘は明日も続くのだ。



続く

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