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第1話「たまがった」

福岡・天神の屋台大将が、営業を終えたその夜、屋台ごと見知らぬ世界へ。


剣も魔法もありません。


あるのは、炭火と包丁と、長年磨き続けてきた料理の腕だけ。


これは、一杯の料理から始まる、異世界屋台の物語です。

雨だった。


福岡県福岡市天神の夜。


屋台「源ちゃん」の赤提灯が、 濡れた道路にぼんやり揺れている。



---


「ふぅ……」


黒田源太は、暖簾を外しながら腰を叩いた。


今日も無事に営業が終わった。


酔っぱらい。 会社員。 観光客。


色んな客がいた。



---


片付けを終えると、 屋台の隅へ向かう。


小さな道祖神。


毎日、酒を少しだけ供えている。



---


源太:


> 「ここで商売出来るとは、神様のおかげです」





---


軽く頭を下げる。


大袈裟な信仰ではない。


ただの感謝だった。



---


その時。



---


ガタッ……



---


屋台が揺れた。



---


「ん?」



---


小さな横揺れ。


慣れている。


福岡県に住んでいれば、 地震くらい珍しくもない。



---


だが。


次の瞬間。



---


ゴゴゴゴゴ……



---


地面が唸った。



---


「うおっ!?」



---


電柱が揺れる。


ビルの窓が震える。


道路が波打つ。



---


遠くで悲鳴が上がった。



---


源太は咄嗟に屋台を押さえる。



---


「やば……っ!」



---


その瞬間。


近くのビル壁面が崩れた。



---


コンクリート片が、 屋台へ落ちてくる。



---


「くそっ――!」



---


逃げ場はない。



---


次の瞬間。


道祖神が白く光った。



---


雨音が消える。


揺れも消える。


世界が静まり返る。



---


トキ神


> 「いつも供え物ありがとうの」





---


老人みたいな声だった。



---


トキ神:


> 「わしにはこうすることしか出来ん」





---


トキ神:


> 「あとはお前さんの腕次第じゃ」





---


景色が歪む。


身体が浮く。


時間の感覚が消えていく。



---


次に目を開けた時。


石畳の上だった。



---


「……は?」



---


源太はゆっくり起き上がる。


屋台ごと、 そこにあった。



---


石造りの建物。


細い路地。


獣と香辛料が混じったような匂い。



---


遠くで鐘が鳴っている。



---


「どこやここ……」



---


通行人が足を止める。


妙な服の東洋人。


そして見慣れない屋台。


警戒した視線。



---


男が口を開く。



---


> “Ciao.”





---


源太:


> 「……チャオ?」





---


源太:


> 「ここイタリアかいな?」





---


男は首を傾げる。


当然、通じない。



---


静かな夜。



---


ぐぅぅ……



---


「……腹減った」



---


源太は屋台を見た。


材料はまだ少し残っている。



---


冷蔵庫。


……いや、もう保冷庫だ。


電気は来ていない。



---


ガスボンベも、 いつまで持つか分からない。



---


「まぁ、考えてもしゃあなか」



---


源太:


> 「腹減ったけん、とりあえず作るか」





---


炭に火を入れる。


赤く熾る。



---


ジュゥゥ……



---


炭火に脂が落ちる。


肉の焼ける音。


湯気。


香り。



---


源太は黙々と手を動かす。


自分用のまかないだ。



---


串に刺した肉。


玉ねぎ。


キノコ。


軽く塩を振る。



---


煙が夜気に混じる。



---


しばらくして。


ふと視線を感じた。



---


顔を上げる。


さっきの男がいる。


その後ろにも二人。


さらに増えている。



---


全員、 屋台を見ていた。



---


肉の焼ける音だけが響く。



---


男が唾を飲み込む。



---


> “Che buon profumo…”





---


(なんていい香りだ……)



---


源太:


> 「ん?」





---


男は串を指差した。



---


源太:


> 「……食べたかと?」





---


当然、通じない。



---


だが男の腹が鳴った。



---


源太は少し笑う。



---


源太:


> 「まぁよかたい」





---


焼き上がった串を差し出す。



---


源太:


> 「ほら、食べんね」





---


男は恐る恐る受け取った。



---


一口。



---


目を見開く。



---


> “…Buono…”





---


(なんだこれは)


(肉がやわらかい)


(塩だけなのに、香りがある)


(熱いのに、止まらない)



---


夢中で食べ始める。



---


その様子を見て、 周囲の人間まで近づいてきた。



---


異国の夜。


石畳の街。


その真ん中で。


灯りが落ちた赤提灯だけが、 やけに暖かく揺れていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


源太はまだ「外国に来た」と思っていますが、少しずつこの世界の違和感に気づいていきます。


次回から、屋台の匂いに引き寄せられた異世界の人々との出会いが始まります。


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