第16章 弱いことは恥じゃない
満月の光が窓から差し込み、静かに眠るカイトのベッドをそっと照らしていた。
――そう見えていた。
闇。
カイトは、壁も床も光もない場所に立っていた。
ただ、黒がどこまでも広がっているだけ。
声を出そうとしても、自分の声はどこか奇妙で、口から出た瞬間に闇へ吸い込まれていく。
「……ここは、どこだ?」
その時――
小さな手が、両側から彼の手を握った。
片方にコハク。
もう片方にリュウ。
二人とも何も言わない。
ただ、彼を暗闇の奥へと引っ張っていく。
その静けさが、どんな悲鳴よりも背筋を凍らせた。
前方に、二つの影が見えた。
地面に横たわり、動かない。
そこへ辿り着く前から、カイトの胃は冷たく縮んでいた。
もう分かっていた。
男性。
女性。
コハクとリュウの両親だった。
たどり着いた瞬間――
二人の子供はカイトの手を離し、駆け出した。
遺体のそばへ崩れ落ちる。
コハクは母親の袖を握りしめた。
リュウは父親の肩に顔を埋めた。
静かに泣くことすらできなかった。
すべてを失い、まだそれをどう抱えればいいのか分からない子供たちの、剥き出しの悲しみだった。
カイトは動きたかった。
何か言いたかった。
だが、身体が言うことを聞かない。
ただそこに立ち尽くし、罪悪感が目の奥で燃えていた。
――僕は、救えなかった。
やがて、遺体がゆっくりと消え始めた。
風にさらわれる蝋燭の火のように。
次第に早く。
そして――
何も残らなくなった。
コハクとリュウが立ち上がる。
リュウが姉の手を取った。
そして、カイトを一度も振り返らないまま、
二人は闇の奥へと歩き出した。
「……待って。」
止まらない。
「待ってくれ!」
その歩き方――
淡々として、虚ろで、もうどこか遠くへ行ってしまったような足取り――
それが、これまで見てきたどんな悪夢よりもカイトを恐怖させた。
彼はその歩き方を知っていた。
今夜よりもずっと昔から、覚えていた。
それは自分自身の歩き方だった。
十二年前。
誰も帰ってこないと、信じるのをやめたあの夜の。
「コハク! リュウ!」
彼は走った。
叫び声が闇を切り裂く。
だが、どちらの子供も振り向かない。
歩みを緩めることすらない。
まるで、その言葉が最初から届いていなかったかのように。
肺が焼けるように痛む。
呼吸が荒く、耳の奥でうるさいほど鳴り響く。
それでも、二人との距離は縮まらなかった。
どれだけ手を伸ばしても、届かない。
闇が、二人を完全に飲み込んだ。
そして――
何もなくなった。
カイトの目が、勢いよく開いた。
全身が汗で濡れていた。
心臓が肋骨を打ち鳴らすように早鐘を打っている。
しばらくの間、彼はただ木目の天井を見つめ、
頭がすでに分かっていることを、身体が理解するのを待っていた。
「……夢か。」
声は掠れていて、自分でさえ信じられなかった。
窓の方を向く。
月はまだそこにあり、
彼が今見たものすべてに対して、静かで無関心だった。
カイトはゆっくり身体を起こした。
部屋の向こうでは、レンが片足をベッドから垂らしたまま横向きに転がり、
かすかにいびきをかいている。
クルミはその隣で丸くなり、ケーキがどうとか寝言を呟いていた。
どちらも、彼が起き上がって襖を開け、夜の中へ抜け出しても目を覚まさなかった。
月明かりの下、廊下がまっすぐに続いていた。
裸足の裏に、木の床がひんやりと伝わる。
カイトは早足で廊下を進んだ。
自分でもまだよく分からない何かに突き動かされて。
ただ、確かめたかった。
夢の中でなく、
自分の目で。
物陰から、桜が彼の姿を見かけた。
「……こんな時間に、どこへ行くのかしら。」
そう呟くと、音も立てずにその後を追った。
月明かりの下、孤児院は静まり返っていた。
カイトは、あまり深く考えずに脇の古木を登り、
二階の高さにある枝に腰を落ち着けた。
窓の向こうでは、五人全員が眠っていた。
コハクの腕が、守るように弟に回されている。
ユキは自分より二回りは大きいぬいぐるみに丸まって抱きついていた。
シンは布団と喧嘩でもしたかのように、斜めに寝そべっている。
穏やかだった。
安全だった。
カイトは、自分でも気づかないうちに止めていた息を吐いた。
そして――ほんの一瞬だけ、本当に微笑んだ。
その時、手の力が緩んだ。
パキッ。
枝が折れた。
「うわっ――」
頭から地面に落ち、しばらくの間、星を見上げたまま動けなかった。
(人はこうやって、子供の様子を見に来ただけで死ぬものなのか……)
影が、彼の上に落ちた。
「……楽しんでるか?」
カイトは呻きながら後頭部をさすった。
真田が、断りもなく彼の前に膝をつき、
面白がっているような、心配しているような、そのどちらとも取れる表情で彼を見つめていた。
「カイト、ここで何をしている?」
「僕はただ――」カイトは顔をしかめながら身を起こす。「子供たちが無事か確かめに来ただけです。」
真田はわずかに目を細めた。
「我が一族が、子供たちを守るには力不足だと言いたいのか?」
「い、いえ! そういう意味じゃありません!」
「では、どういう意味だ?」
カイトは頭を下げた。
夢の中の罪悪感が、まだ胸の中に重く残っていた。
「僕はただ……確かめたかったんです。」
「自分の目で。」
「あの子たちが、本当に無事なのか。」
真田はしばらく何も言わなかった。
やがて、息を吐いて立ち上がる。
「ついて来い。」
カイトは少しためらってから、後に続いた。
真田は、静まり返った孤児院の中を進んだ。
眠る子供たちのそばを通り、床板を軋ませながら、
やがて、居間の隅に置かれた小さな棚の前で足を止めた。
古びた写真帳を取り出し、無言のまま差し出す。
「開いてみろ。」
カイトはそれを丁寧に受け取った。
写真が、ページいっぱいに並んでいた。
庭で笑うコハクとリュウ。
忘れられた夏の午後、跳び上がる瞬間のユキ。
自分の腕とほとんど同じ長さの魚を誇らしげに掲げるシン。
隅で本を抱えて丸くなり、カメラを持つ誰かにかすかに微笑むルイ。
ページをめくるたび――
みんな、幸せそうだった。
カイトは一枚一枚、ゆっくりとめくっていった。
写真を見るたびに、胸の中の何かが少しずつほどけていく。
そして――最後のページに辿り着いた。
子供の落書きだった。
拙い線。
不揃いな色使い。
五人の子供が並んで立ち、
その後ろに、大人が二人。
男性が一人、女性が一人。
その男性の下に、たどたどしい文字で、こう書かれていた。
「カイト」
息が喉に詰まった。
カイトが何か言う前に、真田が写真帳をそっと取り上げた。
「ついて来い。」
「……今度はどこへ?」
真田は答えなかった。
「待たないぞ。」
カイトはため息をつき、慌てて後を追った。
二人は無言のまま歩き、
やがて道は、屋敷の裏にある小さな墓地へと続いていた。
石碑が並び、月の下で静かに佇んでいる。
真田は、その一つの前で足を止めた。
新しい。
最近建てられたものだ。
「これが誰の墓か、分かるか?」
カイトは首を振った。
真田は一枚の写真を手渡した。
コハクとリュウ、そしてその間に立ち、笑い合っている男女。
二度と戻らない、ある平凡な午後の一コマ。
カイトは理解した。
真田は空を見上げた。
声が、少し静かになる。
「若い頃、私はこの一族で最も重要な人物になりたいと思っていた。」
「父のように。」
「鍛錬もした。学びもした。手に入るものはすべて吸収した。」
彼は言葉を切った。
「だが、いざという時――本当に誰かを救わなければならない瞬間――私は何も考えられなかった。」
「身体が凍りついた。」
「そのせいで、友を二人失った。」
「他にも、何人も。」
風が木々の間を静かに通り抜けた。
「あれから、まともに眠れなくなった。まともに食べられなくなった。」
「頭の中にあったのは、ただ一つの言葉だけだった――自分は弱すぎる、と。」
「だから、自分を閉じ込めた。それで楽になると思っていた。」
「だが、そうはならなかった。」
「むしろ悪化した。食事の時以外、部屋からほとんど出なくなった。」
「やがて、父もそれを見過ごせなくなった。」
真田の声が、さらに低くなった。
「ある日、父が部屋に入ってきて、かつては健康だった身体が骸骨のようになっているのを見た。」
「私を見て、怒鳴った――立て、と。」
「私は動かなかった。もう一度怒鳴られた。だから、立った。」
「それから父は、私に何になりたいのかと聞いた。」
「私は答えた――一族で最も重要な人物に、と。」
「父は、違うと言った。お前は、この一族で最も弱い者だ、と。」
カイトの目が見開かれた。
「何かが、自分の中で砕けたような気がした。」真田は言った。
「だが、そのあと父は私を座らせ、これまで聞いたことのないほど落ち着いた声で、こう言った。」
「今でも忘れられない言葉だ。」
真田はカイトを、まっすぐに見つめた。
「友を救えなかったのは、弱すぎたからだと思うな。」
「まだ、強くなりきれていなかっただけだと思え。」
「誰も、生まれつき強い者などいない。強さは、なるものだ。」
「弱いことは恥じゃない。」
「弱いままでいることこそが、恥だ。」
沈黙が二人の間に落ちた。
墓標を揺らす風の音だけが響いていた。
「あの日から、自分が思っていた限界をすべて壊した。」真田は続けた。
「二度とあんなことが起こらないよう、強くなるためなら何でもした。」
彼はカイトへ、完全に向き直った。
「だから、お前にも同じように考えてほしい。」
「大切な人を、誰も二度と失わずに済むほど、強くなれ。」
カイトはすぐには答えなかった。
ただ、真田を見つめ返した。
その瞳の奥に、何かが定まっていく。
安らぎというより――
覚悟だった。
真田は腕時計に目をやった。
「もう遅い。戻って寝ろ。」
カイトは頷き、踵を返した。
数歩歩いたところで足を止め、振り返り、頭を下げる。
「……ありがとうございました。今夜のこと、全部。」
真田は、わずかに笑みをこぼした。
「行け。」
カイトは笑い返し、道の向こうへ姿を消した。
彼の姿が完全に見えなくなった瞬間――
真田の笑みが消えた。
「出てきていいぞ。」
木の陰から、レンがポケットに手を突っ込んだまま姿を現した。
まるで、現行犯そのままの顔で笑っている。
「相変わらず鋭いな、お前。」
「なぜ隠れていた?」
レンは肩をすくめた。
「カイトは俺が寝てると思ってる。」
「ここで急に現れたら、この空気が台無しだろ。」
真田は、誰もいなくなった道を見つめた。
「今年の子は」彼は静かに言った。「何か持っているかもしれん。」
レンの笑みが深まる。
「それは、とっくに知ってる。」
(特に、あの少年はな)
真田は心の中でそう思い、それ以上は何も言わなかった。
カイトが自分の部屋へ戻る頃には、
夜はすっかり穏やかさを取り戻し、
先ほどまでの重さも、少しずつ肩から抜けていった。
その時――
見えた。
廊下の端に、力なく投げ出された手。
カイトは固まった。
「……幽霊!?」
心臓を高鳴らせながらそっと近づき、
ようやく、床に倒れている意識のない人影に気づいた。
「桜さん!?」
数分前――
桜は影の中を静かに進み、慣れた足取りでカイトの後を追っていた。
彼に気づかれないよう、十分な距離を保ちながら。
彼女は、まったく気づいていなかった。
木の棒が後頭部に叩きつけられ、
地面に倒れる前に、意識を失っていた。
その上に立っていたのは――
棒を構えたままのアミだった。
目を細め、夜の屋敷に忍び込んだ危険な侵入者を仕留めたと、すっかり信じ込んでいる。
「……仕留めた。」
カイトは桜のそばに膝をつき、そっと肩を揺すった。
何度か試みた末、ようやく彼女の目が開いた。
困惑した様子で瞬きをしながら、何が起きたのか理解しようとしている。
「……どうしたんですか?」カイトは尋ねた。「なんで床で寝てるんです?」
桜の表情が硬くなる。
恥ずかしさが、あっという間に苛立ちへと変わっていった。
「私の家よ。どこで寝ようが、いつ寝ようが、私の勝手。」
「あなたには関係ない。」
彼女は立ち上がり、服の埃を払うと、その場を去っていった。
――誰に殴られたのか、静かに、しかし猛烈に思い出そうとしながら。
今夜は、答えが見つかることはないだろう。
カイトはその背中を見送り、ひどく困惑した顔で首を振ると、
自分の部屋へと歩き続けた。
できる限り静かに襖を開け、部屋を横切り、
長く疲れきった息を吐きながらベッドに沈み込んだ。
「……これでやっと、ちゃんと眠れる。」
目を閉じる。
ドスッ。
クルミの足が、彼の脇腹に正確に命中し、
そのままベッドから転がり落ちた。
「痛っ――」
カイトは床に倒れたまま、今夜二度目の天井を見上げていた。
「……今の言葉、撤回する。」
彼の上では、まだぐっすり眠ったままのクルミが、
ケーキがどうとか呟きながら寝返りを打ち、
ベッド全体を占領していった。




