尋樹(終)
現実世界へ戻って最初に見たものは、いいおっちゃんになった息子の泣きそうな顔だった。どうしたのかと問う前に、息子が落涙した。
「おとんが死んで、まさかおかんまでって考えたら、もう……」
言っている意味がわからず、周りに集まっている親戚に説明を求めると、美桜が「おもち」と言った。
「たおばぁ、おもちで喉詰まらせて救急車で運ばれたんだよ。お葬式終わって家に帰ってから、おじいちゃんが好きだったよねって話しながら食べたでしょ? 歳なんだからやめとけってお父さんが言ったのにさ」
冷や冷やさせないでよね、とため息混じりに言う美桜の髪が黒染めしたままだったから、私はゆっくりと、葬式の日の夜を思い出した。
そうだ。お骨と一緒に帰ってきて、夫におかえりと言った。それから、みんなでおもちを食べて、私は泣かないように頑張りながら食べていたものだから、そのまま喉に……。
「そうかあ。だから明彦さん、出てきちゃったのね」
まだこっちに来るには早いぞ、と言うために。ひょっこり現れて押し戻してくれたのだ。
みんなが、え? という顔をしているのを眺めながら、ベッドに寝かされていた私はくっくと笑った。そして息子に尋ねた。私の小説を、お父さんに渡したことがあるかい? と。
息子は「何でいまそんな話を」とやや機嫌を悪くしたけれど、「あるだけ全部渡したよ」と答えた。
私と夫を結びつけた『悔いの尋樹』は絶版になっていたので、知的ギャルを目指している美桜から借りたそうだ。美桜は古書店で買ったらしい。
私は目を細めた。
――尋樹か夢か、死後の世界か、それはお前が帰ってから決めればいい。
夫の声を思い出しながら、あの世界は尋樹であってほしいと願った。夫のくれた言葉を、私が楽になるための自分勝手な夢だとは思いたくない。夫は私が決めていいと言ったのだ。ならばどんなに現実的でない現象だとしても、私は堂々と言おう。
「尋樹の中にいた。……お父さんと話したよ」
息子がきょとんとして、美桜は「マジで!?」と身を乗り出してくる。どんなところだった、どんな話をしたの、と矢継ぎ早に質問してくるのを義娘が窘める。病院なのだから、静かにしてもらわなければ。
「長いながい日々だった。……幸せなときも、そうでないときも」
一度ゆっくり瞬きをして、私は語る。夫が最期に残してくれた、ささやかな日常と教訓を。それから、あまりにも似合わなかった夫のオオカミ姿を。
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