走馬灯
僕はこれまで、空から落ちるなんて経験をしたことがない。
スカイダイビングなんてもってのほか、バンジージャンプだってやったことがない。
テレビでやっている映像を見るたびに、「怖くないのかな」とぼんやり思うくらいだった。
怖いに決まってんだろ。
今ならば大きな声で自信をもってそう言える。
巨大樹を長時間登って地面を見下ろしたらちびりそうなくらいの高さまでやってきた。
そこからさらに、巨大な空飛ぶモンスターである八目大黒カラスに掴まれ、空の旅だ。
その途中で地面に向かっての急速落下。
スカイダイビングみたいにパラシュートなんて無いし、バンジージャンプのようにロープで固定されているわけじゃない。
しかも、運が悪いことに僕の体はまだ八目大黒カラスの脚で掴まれたままだ。
僕を掴んだモンスターが、今度はスーちゃんに捕らえられ、そのまま一直線に落下していく異常事態。
高速で地面へと近づき続けるため、風圧で顔の筋肉が押されてきっと変顔になっていることだろう。
そうじゃなかったら、今頃は泣き叫んでいたに違いない。
死ぬ。
さっきまではクソカラスの雛にでも生きたまま食べられるんじゃないかと恐怖していたが、今度は物理的に死ぬ未来がありありと見えた。
きっとこのまま地面に激突して僕は死ぬ。
生きたまま食べられるよりは苦しまずに死ねそうだけど、刻一刻と死が近づいてくるとわかるこの状況は、生きた心地がしない。
ああ、なんかいろんなことを思い出してきた。
ごめんね、お母さん。
今から思い返せば僕は反抗期ってやつだったのかもしれない。
僕のことであれこれ言うお母さんをうっとおしく感じて、声を荒げたり、家の壁を殴ったりしたことを思い出した。
なにをそんなに怒っていたんだろうか。
モンスターにつかまれながら地面に激突して死ぬ運命に比べたら、ひどく些細なことで感情をコントロールできずに情緒不安定な状態になっていたように思う。
ズドン!!
そんなふうに昔のことがいろいろ頭に浮かんでは消えている間に、僕は八目大黒カラスとともに地面へと激突した。
さすがのスーちゃんも空を飛ぶことはできなかったようだ。
いくら巨大なスライムになって形を変えられるとは言えども、スライムはあくまでもスライムでしかないということだろう。
ああ、終わった。
今度こそ、本当に死ぬ。
僕はここで死ぬんだ。
「……あれ? 生きてる?」
だが、僕の人生にはエンドロールはまだ流れてこなかった。
お母さんへの懺悔の後、学校での出来事やこれまでに見たショート動画での役に立ちそうで立たない豆知識みたいなどうでもいいことまでさまざまなことが頭に浮かんでは消えていく。
そしてそれらがなにも思い浮かばなくなっても、僕にはまだ意識があった。
てっきり、もう自分は死んでしまったものだと思い、圧倒的に凝縮された時間の中での思い出タイムに浸っていたのに。
やがてそれにも飽きてきて、試しに体を動かしてみると――動けた。
痛みがない。
骨も折れていない。
それどころか――ピンピンしている。
「……あれ? クソカラスはどこいったの?」
そして、この段階になってようやく気が付く。
ダンジョンにできた大きな穴。
僕を掴んだ八目大黒カラスとともに地面へと高所から落下してできた穴の中で僕は体を動かし、周囲を見る。
不思議なことにそこにはあの漆黒の巨大カラスである八目大黒カラスの姿はどこにも見当たらなかった。
なんでだ?
一緒に墜落して、運よく僕だけが生き残ったとしても――あいつの姿が消える理由がわからない。
不思議に思いながらも周囲に視線を向け続け、そしてふと足元を見てそれに気が付いた。
僕の足元には立派な嘴と漆黒の羽、そして巨大な魔石が落ちていた。
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